同じ時間勉強してもやっぱ差ってでるもん?
偏差値70近い中高一貫通ってるやつらと
偏差値40くらいのバカ高校通ってるやつらが同じスタートラインから勉強はじめて
同じ勉強時間やらせたら差は出るの?
同じスタートラインってのがありえない。
>>3
例えばどちらも絶対やってないようなドイツ語を勉強させるとか
やる気だよね。
同じ時間勉強してもやっぱ差ってでるもん?
偏差値70近い中高一貫通ってるやつらと
偏差値40くらいのバカ高校通ってるやつらが同じスタートラインから勉強はじめて
同じ勉強時間やらせたら差は出るの?
同じスタートラインってのがありえない。
>>3
例えばどちらも絶対やってないようなドイツ語を勉強させるとか
やる気だよね。
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同じスタートラインにいないわけだから偏差値の違う高校があるわけだからな
やる気スイッチ押してやるから服脱げよ
絵と同じく、勉強にも才能があると思われ
100人に1時間勉強させて皆同じ点数だったら奇跡だろ
とりあえず
中高一環なら
中学入ってからいきなり遊び出して
ほぼ勉強しないで高校にあがるやつもでてくる
そう考えれば同じようなスタートラインで戦うことも考えられる
>>12
お前の中ではな
>>12
それだったら偏差値の違う高校で比べる意味が全くなくね?
>>19
地頭
っていうのがどこまで勉強に意味をなすのかなと思って
>>23
中学受験の時に頑張っただけの奴が100%地頭良いとは思えん
それだったら無差別に公立小学生100人集めてどれだけ短い期間でドイツ語覚えさせれるかのほうが解りやすい
関心の違いじゃない?
「俺には出来ない」という思い込みがある分だけ不利になる
結局のところ遺伝だろ。
赤ちゃんが歩けるようになったり、話せるようになるのにも個人差あるんだから勉強にもあって当たり前
40と70は差があり過ぎるからな
逆転はないだろう
>>25
いくら勉強をしても偏差値50を超えられないような人間っているものなのか?
個人差こればかりはいかんともし難い
だからこそ他人のことを羨むヒマがあったら
自分の手札をいかに有効活用するかを考えないとダメ街道まっしぐら
マジレスすると得意かどうかなんて二次的なもの
大事なのは意欲があるかどうか
興味や目標があって勉強に対して意欲のあるやつが勉強が得意と呼ばれる
俺がどんな努力をしたところで100m走のタイムでボルトを超えることはできないだろ
身体能力には明確な得意不得意があるんだ
頭にだってあるって考えた方が自然だ
性格の違いじゃない?
>>1の言う差を比べるのが試験を実施することで測るなら
その試験に対していくつかの範囲に絞って勉強する奴とか
全体を満遍なく勉強する奴とかそもそもやらない奴とか
戦略を立てて過去問分析して挑むデータ派の奴とか
それによってその試験とタイプが合うか合わないか
遺伝とか言ってるやつはアホじゃねそんなん無いとみなせる誤差だろ
根拠は無いけど、遺伝的に勉強が出来るやつの根拠の方が分からん
生まれてきた環境の違いってならまだしも
マジレスきめえな
まあ知らんけど俺は数学は小学生の算数からずっとよくわかってなかった
結局大学もそれで私文に変えたし、得意不得意はあるだろうな
根本的な土台というか地頭の優劣は確実にあるだろうね
さらにそこから「努力の才能」の有無で分かれるという感じか?
>>49
努力に才能の有無なんて無いと思うのは俺だけ?
努力出来るやつは、99%どっかできっかけを経てる
例えば、昔親に褒められた経験が残ってて、親に褒められたくて
努力してる間にいつの間にか努力することが楽しく感じるとか
茂木健一郎のステマじゃないけど、あの人曰く
デキる人の共通点は、努力するとドーパミンが出て強化サイクルができる
>>60
その最後の一行を「努力の才能」と呼ぶんだと思うが
>>64
「普段から努力してる間に」努力するとドーパミンが出て強化サイクルができて
その結果デキる人間になるんだから才能ではないだろ
>>68
言いたいことはわかるけど「強化サイクル」がよくわかんない
>>64
違う違う
デキる人はきっかけを掴んでそのサイクルを構築するって言ってたんだよ
努力の才能が本当にあるとすれば初めから努力するのが好きな人だろう
つまり優越感に浸りたいだけのためにやる人。そういう環境で育ったってのも
あるかもしれんが才能もあるのかなって思っちゃう
>>70
負のサイクルの逆の意味じゃないの
>>70
上手く伝わらないかもしれないけど
きっかけがある
快感感じる
その快感をもう一度感じたい
だから努力する
快感感じる
…
って感じ
結果がすべて
結果がなければ努力に一切の価値はない
受験数学なんてよっぽど高度なの除いてパターン暗記じゃないですか
>>78
どうなんだろうね
パターン暗記してる間に論理的思考が養われて
本当の意味での「数学ができる」状態に近づく
って言ったほうが正確な希ガス
>>81
なんか練習して自転車乗れるようになったーって感じだよな
>>86
あーそうなのかもな
ま、自転車は 乗れるようになる ってゴールがあるけど
数学とか学問に終わりは無いからな そこだけ相違点
>>90
色んな自転車に乗れるようになるのが色んなパターンを解けるようにするってことじゃないか?
>>95
色んな自転車…だと・・・??
kwsk
>>98
一つ一つの問題パターンがそれぞれ自転車に対応しているということです
変な自転車に乗ろうとしたときに前自転車に乗れたときの方法記憶があるのでゼロからのスタートでなく上達が早い
数学もそんな感じです
努力の本当の定義は
結果を出した人間が過程で行っていたこと
失敗した人間に努力は存在しない
>>80
その定義は決め付けではなく?
俺は、願望を行動に移すとき、その行動の量と質だと思うけど違う?
>>85
その量と質を評価するのはすべて結果だろ
結果さえ出せばあらゆる過程が努力として肯定され
逆なら一切の過程が努力と認められない
>>87
認めるか認めないかってのは個人の考え次第
その努力の定義が、
万人から見て、「お前はよく頑張ったよ!!!!!」
って同情なしに言われることなのであればそうかもな
結果っていうのはガウス記号みたいなものだ
1.1と1.9はガウス記号によってどちらも1に帰着してしまう
その差である0.8の分が全く無意味だと言えるか?
確かに0.8が0.8だけ機能するのは難しいかもしれないが、
1.1の人よりもアドバンテージやポテンシャルは見込めると思う
>>87
俺は努力と結果は分けて考えてるけどな
例えば、同じ結果を出しても、その過程が苦にならない人と嫌でも頑張った人がいたら
結果だけ見たやつはおそらく嫌なことを克服した人を評価すると思う。
逆に、マラソンの練習を誰よりも頑張ってたとして、本番が雨で中止になっても練習してた量は皆評価すると思う
偏差値60以上は結果を出すための努力が出来る人
偏差値50以上は努力が出来る人
それ以下は努力が出来ない人
高校のとき国語だけ偏差値30台だった
経験と根気、分かるまでひたすら足掻き続けられるかどうか
初見で微積の仕組みを完璧に覚えていきなり円の一部分の面積を微小面積から求められる奴なんて居ない
こんなの考えつかねーよ!っていう問題も、二回目からは楽勝じゃんってなる
結局は継続する力がある奴。
頭いいやつが勉強出来るかっていとそうでもないかも知れないが、
頭悪い奴が勉強出来るかっていうとそんなことは言われない。
なぜなら勉強出来る奴に対して頭悪いっていうのはただの僻みと捉えられるから。その帰結として一般に勉強が出来る=頭いいとなる。
地頭って言葉を作った奴は大罪人だと思うよ。
よく中学受験は地頭とかいうけど、やっぱり開成に入る奴は早い段階から塾に行ってる。
塾に行ってた期間が短い奴なんかも本が好きだったりして国語で稼いでいいとこいく。
で、国語が出来るのは本を読んでたからであって、本を読まずに野球してたら果たして国語が出来たのか?
そうして中学からエリートになった奴は勉強のやり方を早いうちから知ってるわけで、勉強の得意不得意を測れるのか?と思ったね。
>>130
それはつまり勉強法を知ってる=勉強が得意なんじゃないか
あと塾行ってるやつは全員勉強が好きで得意みたいな書き方してるけど
確かに勉強が好きなやつは勉強法も理解してるんだろうが、
無理矢理塾に通わされて延々と問題を与えられてそれを解いてるだけのようなやつは
勉強法はわかっていないにも関わらず結果として良い中学や高校に入ることはできるぞ
あんまり関係ないが
とりあえず得意不得意の定義はよ
勉強方法を知ってるってことはおそらく勉強時間の積み重ねがあったわけで、
そしたらその差は得意不得意じゃなくて時間の差と言えると思うんだけどね
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コメント1げっとおおおおおおお≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡c⌒っ゚Д゚)っ ズサーッ!!
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