「Appleはサービス重視になってきている」と言われている。
そんなAppleが今秋にも、新たなサービス「Apple One」をスタートする。これはどのようなものになるのだろうか? ここでは過去のAppleのサービスとも比較しつつ、分析してみたいと思う。
20年にわたる「Appleのサービス」の歴史
Appleはサービスへの比重が高まったと言われている。確かに売り上げの中での「サービス」関連項目の割合は高くなっているのだが、筆者はAppleが「サービス重視になった」という強い印象は持っていない。
すごく単純にいえば、ユーザーとの関わり方が変わっただけだ。
過去、Appleの提供するサービスは「ハードウェアの価値を高めるためのもの」だった。それは2000年に「iTools」がスタートしたときからあまり変わっていない。iToolesはMac向けにメールやホームページ作成、クラウドストレージなどを提供する無料サービスで、「Macを買えばよく使うサービスもついてきて、買ったその日から活用できる」というものだった。その後同サービスは2002年に「.Mac」、2008年に「MobileMe」と改称され、2011年に今の「iCloud」になる。
コンテンツにしても、2003年にアメリカで「iTunes Music Store」が音楽配信ストアとして始まったときには、「買った曲をダウンロードして聴く」サービスという位置付けであり、持ち出すにはCD-Rに書き出すか、iPodなどの音楽プレイヤーに転送して聴くもの、という位置付けだった。あくまで中心にはMac(PC)があり、そこに付加価値を与えるためのものが周辺機器であるiPodのような役割。そしてネットワークサービスは、機器を十分に活かすために必要なもの、という考え方だ。
Appleのコンテンツビジネス施策は音楽からはじまり、映像に広がって大成功を収めた。世の中にまだなかった「スマホアプリ」が音楽以上の大成功を収めているのは、ご存知の通りである。ストアとハードウェアを一体化し、「機器の魅力を高めるためのストア」として打ち出すのが、2000年代以降20年続くAppleの「成功原理」である、と言っていい。ただし、電子書籍やニュースはよく言って「そこそこ」。これは外部にAmazonやうw部ニュースなど、もっと強い一般的なサービスが存在していたからだろう。
Mac中心から「クラウド中心」の時代に
一方、その20年の間にコンピュータの世界は変わった。
最初は「Mac(PC)があって、そこでインターネットを時々使う」ものであったが、「音楽プレイヤーなどの周辺機器を持ち歩き、Macはデータを集約するハブの役目を果たす」ものになり、さらには「iPhoneからMacまで、様々なデバイスを様々な場所・タイミングで使うので、データはみなクラウドにある」時代へと変わった。自分の手元にある機器が重要な時代から、クラウド側にあってどんなデバイスからでも同じ情報が使えることがあたりまえになっている。
そんな時代に合わせて、iCloudは「Apple製品に関するアカウントとデータを統合的に扱うサービス」へと性質を変えた。.MacやMobileMeの時代は安定性がイマイチといわれていたが、今のiCloudはずいぶんと快適になった。iCloudがないと始まらないのだから、安定性に対するニーズのレベルが変わっているということなのだろう。
コンテンツの世界はさらに変わった。Appleのようなプラットフォーマーがストアとして機能する例もあるが、それはむしろアプリも含めた「1レイヤー」に過ぎなくなっている。Netflixなど「サブスクリプション」によるコンテンツ事業者が増えてきたことがその理由だ。「どのデバイスから、いつでもどこでも」を突き詰めた結果でもあるのだが。
デバイスの価値を一気通貫で高めたいAppleとしては、「サービスは外部でどうぞ」という形だと物足りない。というわけで、それまではやっていなかった「ゲームのサブスクリプション」や「映像のサブスクリプション」も手がけるようになっている。どれも自社ハードでの体験を軸にしたもので、あくまで「自社ハードの差別化」が目的ではあるが、テレビに対してApple TV系サービスアプリを提供するなど、「自社に閉じる」形だけにこだわらなくなった。テレビのように、自社が生産しない、販売しない機器の領域でもコンテンツの価値が高まってきたためだろう。
「パック売り」だけでなく単品も併存、「2種類以上契約してる」ファンをApple Oneへ誘導
という前提を理解したうえで、Apple Oneの話に戻りたい。(前置きが長い)
Apple One自体はまだスタートしていない。だが、取材によってある程度サービスの位置付けが見えててきた。Apple Oneは、Appleが提供するサービスを「セット」にして割引くというものだ。日本の場合、「Apple Music」「Apple TV+」「Apple Arcade」に、iCloudのストレージ50GB分がついて月額1100円と設定されている。
▲Apple Oneの料金。個人プランの場合、単品でそれぞれを契約するより1210円安くなる。
現在それぞれを単品で契約すると、
Apple Music: 980円
Apple TV+: 600円
Apple Arcade: 600円
iCloud storage(50GB):130円
なので、トータル「2310円」。都合1210円お得、ということになる。
この仕組みを見て、「全部をまとめることで収益拡大を狙う」と考えるかもしれない。だが、どうもそれとはちょっと違うようだ。というのは、単品のサービスがなくなるわけでも、推奨されなくなるわけでもないからである。サービスの立て付けとして、音楽や映像などをそれぞれ使おうとした時にはまず「単品サービス」がおすすめされ、複数を使う人にはApple Oneが提示される、という順番になっているのだ。
ストレージについては、単品契約している容量にApple One分が追加され、「単品契約をApple Oneが上書きする」わけではないという。例えば、すでに毎月2TBのiCloudストレージを契約している人がApple Oneを契約した場合には、合計で「2050GB」のストレージ容量になるわけだ。
単品サービスでの情報はそのままAppleに残され、Apple Oneを解約するとふたたび「Apple One契約前の状態」に戻る。すなわち細かいことだが、Apple One加入前にそれぞれのサービスが「無料期間」であった場合、その無料期間はなくならず、Apple One解約時にはふたたび「元の無料期間に戻る」という仕組みになっている。
こうした形であるので、「とにかくApple Oneへと顧客を誘導する」というよりは、まずは従来通り単品でのサービスをアピールしつつ、「複数のサービスに入っているAppleユーザーを、よりお得なApple Oneでつなぎとめる」形なのだろう、と想定できる。なぜなら、Apple Oneは「2つ以上のAppleのサービスに加入している人にはお得になる」料金体系だからだ。
「ハードを魅力的に見せるためにサービスを割引く」道具としてApple Oneを活用?
一方で、Apple Oneを積極的に活用するのではないか……と想定される場面もある。それは、携帯電話事業者と連携する場合や、Apple自身の新製品を拡販する場合だ。
イギリスの携帯電話事業者のEEは9月23日、Apple MusicにApple TV+、 Apple Arcadeをセットにした携帯電話プランを発表している。こうした形態であれば、複数のサービスを細々とつけるより、最初から1パッケージの方がやりやすい。Appleが携帯電話事業者と連携してサービスを拡販する場合には、「Apple One」でパックにし、さらにディスカウントをかける方がわかりやすいのは言うまでもない。
▲イギリスのEEは、Apple MusicにApple TV+、 Apple Arcadeをセットにした通信プランを発表。
日本でもKDDIがApple Musicを6か月使い放題にするプランを提供しているが、同じように、「iPhoneの契約者にApple Oneを半年なり1年なり提供する」というパターンはあり得る。
▲KDDIはApple Musicの6か月無料利用権を契約者に提供している。これをApple Oneに拡大する可能性はある、と筆者は読んでいる。
「サービス収入増加だけが目的ではないのでは」と冒頭で書いたのは、こうした利用法が考えられるためだ。実際、Apple TV+が昨年立ち上がった時には、Apple製品に1年分の無償期間をつけることでアピールしていた。今後、Apple Oneがそうした存在になる可能性もある。
日本ではサービスと端末の分離がすすんでいるが、「サービスの側を割り引いてApple製品を魅力的なものにする」形ならあり得る。そして、そういうやり方でハードウェアを売れるのはAppleだけ。そういう意味では、やっぱりAppleにとって、サービスとは「自社の製品を輝かせるための存在」なのである。
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