・Bの治療を選ぶと、効果は60%。副作用が強く出る割合が50%。
国立がん研究センター中央病院の後藤悌(ごとう・やすし)医師は、次のように述べます。
「AとBを比べると、効果も副作用が強く出る割合も、それぞれ20ポイントの差があります。微妙な差の場合は、それぞれの人の生活の価値観がとても大事になってきます。とくにリスクのとらえ方は人によって千差万別なのです」
自分の生き方、価値観を深く見つめてみることが大事だと後藤医師は指摘します。
「ちょっとした副作用なら乗り越えて、少しでも効果が見込める治療を選びたいという人もいます。あるいは、副作用がつらいと生活に差し障るから、効果が少し減ってもつらくない治療がいいという人もいます。悩んでなかなか治療を選べない患者さんに対しては、『最終的には生き方次第です。どちらを選んだ場合にも、私は応援します』とお伝えしています」
言葉の意味がわかっていないと治療法を選べない
今は診療の場で、カタカナやアルファベットの専門用語が飛び交うようになりました。そもそも医療には私たちが普段見慣れない指標がいくつも存在しており、見知らぬ指標で数字を突きつけられても、患者の頭の中は混乱しがちです。
電通ジャパンネットワーク執行役員の北風祐子さんは、5年前に乳がんと診断され、治療の選択に悩みました。
北風さんは病期を示す「ステージ」は、非浸潤(がん細胞が乳管の外に広がっていない)の早期がん「ステージ0」と術後に確定しました。また、術後の病理診断で、がんの“顔つき”(悪性度)を示す「グレード」という用語で数字も示されました。その結果は、グレード3。増殖は早いタイプではありました。
「カタカナの意味をちゃんと理解しているのは大前提。診察のときに先生がいう言葉の意味が理解できていないと会話も成り立たないし、何より自分の治療法を選べません」
北風さんは、全摘すれば部分摘出よりも局所再発率が下がるというエビデンスをもとに、病変がある側の全摘手術を選びました。
一方で、術後にホルモン剤治療を5年以上続ける予防治療を受けるかどうかを判断する際は、医師からさまざまな情報を提供してもらい、自分の検査結果と照らし、ホルモン剤治療を受けない選択をしました。
「最近は、患者自身が情報を知ったうえで治療を決める『インフォームド・チョイス』が推奨されていますが、その選択は、当事者にとっては重いもの。それぞれの選択肢には一長一短があり、自分で決めるのはなかなか難しいものです」
医師と患者のギャップを埋める「メモの取り方」の工夫
治療方針を決める際、持っている情報の量に圧倒的な差がある医師と患者のギャップを埋めるために、どんな工夫があるとよいのでしょうか。
北風さんは、メモの取り方の工夫を挙げます。忙しい大病院の場合、診察で自分だけがあまりにも長い時間を取るのは気が引けるため、短い時間でメモを取るための準備をして診察に臨んだといいます。
「診察時に医師から数字を聞いてメモをしても、それが何の数字だったのかが後でわからなくならないように、私はあらかじめ質問メモに数字を書き込む空欄をつくっておきました。
とくに手術の方法を決めるうえで知りたかったのは、部分摘出をしたときの局所再発(病気があった乳房内での再発)の確率と、全摘手術と部分摘出した場合の生存率の違い。紙に書いた質問を診療時に尋ね、医師から回答があった数字をその空欄に書き込むだけでよいようにしておいたのです」
がん医療が精密になり情報が増えても、情報の洪水に溺れることのないよう、患者なりにできる工夫がある――。いくつもの治療選択をくぐり抜けるがん経験者の声には、多くの学びがあります。
(古川 雅子 : ジャーナリスト)