タレントのデヴィ夫人が、読売テレビのバラエティ番組『八方・陣内・方正の黄金列伝!』(23日16:25〜 ※関西ローカル)に出演する。

デヴィ夫人=読売テレビ提供

東京・麻布の大工の子として生まれ育ったデヴィ夫人。家庭は裕福ではなく、定時制の高校に通いながら保険会社に就職し、土日には喫茶店でアルバイトと、働きづめで家計を支えていた。

貧困生活からの脱却を夢見る夫人は17歳のとき、赤坂の超高級クラブで働くチャンスを得る。大卒者の月給が約1万円という時代に、一晩で同額を稼いだというその店は、成功した外国人たちのサロンとなっていた。そして19歳のとき、インドネシア建国の父・スカルノ大統領運命の出会いが訪れる。友人と待ち合わせをしていた場所に、たまたま大統領一行が現れ見初められたというが、その驚きの一部始終を打ち明ける。

3カ月の文通を経てインドネシアへと移住し、その後正式に大統領の第3夫人となったが、幸せもつかの間、日本に残してきた母と弟が相次いで亡くなるという出来事が。当時の壮絶な状況を自身の口で語る。また、番組は当時読売テレビがインドネシアで取材した夫人のVTRを発見。その映像を公開する。

26歳、1965年には軍事クーデターでスカルノ大統領が失脚。大統領の子を身ごもっていた夫人は危険を避けて日本へ帰国した。出産後、フランスに亡命すると、育児と並行しつつ社交界で大活躍。アラン・ドロンやリンゴ・スターといった世界的スターとの交友録が明かされる。

華やかな世界の中で幸せ度は上昇していくが、30歳のとき、スカルノ大統領が死去。またしても悲しみのどん底へ突き落されることになる。当時の様子を娘・カリナさんが振り返る。

その後、50代で写真集を出版。これが話題となり、世界的セレブとして日本のバラエティでの露出が増えていく。さらに、テレビ番組出演の後押しとなったのが友人・美川憲一の存在だったという。美川本人がVTRでその裏側と秘蔵エピソードを語る。

81歳となった今でも、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)を筆頭に、芸人ばりのロケに挑んでいる夫人。いまや盟友ともいえる出川哲朗が、夫人のプロ意識の高さを証言する。

「81歳であのロケは大変じゃないですか?」と心配する陣内智則に対し、「いまや人生100年時代。私は108歳まで生きるつもりで何事にもチャレンジします!」と堂々宣言する。