テクノロジー業界の半導体不足について考えてみた!

先日、新しいPCを購入しました。秋葉原にある某PCショップが展開するショップブランドのゲーミングPCだったのですが、欲しいスペックにBTOでカスタマイズしたところ総額で50万円にもなってしまい、目が飛び出そうになりました(結局それでも買った)。

とんでもない価格になっているのは内蔵ストレージ(SSD)を大量に積んでいるためで、一般的な構成価格で言えば35万円程度なのですが、それでも過去に例を見ないほど部品価格が高騰している印象です。昨年の秋頃であれば、30万円以下で組めていたような構成でしょう。

最も価格高騰を感じさせるのはGPU(グラフィックボードもしくはグラボ)です。TVや新聞でも「マイニング」という言葉を目にすることが増えたかと思いますが、仮想通貨の人気がマイニング需要を爆発させ、市場からグラボが枯渇したのです。

しかしながら、これはグラボに限った話ではありません。CPUやチップセット、メモリーなど、あらゆる半導体部品が枯渇や供給不足の危機に直面しているのです。そしてその影響はPC業界のみならず、自動車業界やスマートフォン(スマホ)業界にも暗い影を落とし続けています。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は半導体業界を覆う慢性的な供給不足とPC市場やスマホ市場などへの影響について考察します。

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筆者は超小型のキューブPCでハイエンドゲーミング環境を作るのが好きな変人である


■風が吹くとグラボが無くなる
まずは冒頭で紹介したグラボの枯渇について、もう少し詳細に解説しましょう。

事の発端は、2020年11月頃から始まった仮想通貨の高騰です。それまでも何度か価格の乱高下を繰り返し、仮想通貨長者を生み出すなどして話題となっていたビットコインなどの仮想通貨が、昨年11月を境に突然価格が急上昇し始めたのです。

その背景にはコロナ禍による投資マネーのダブつきがあります。浮いた資金の投資先として目をつけられた仮想通貨はそのまま価格の上昇を続け、2月22日には1BTCが約600万円にも達しました。2020年10月時点から計算すれば、わずか3ヶ月で時価が5倍以上に膨れ上がった計算になります。そしてこの流れは他の仮想通貨でも同様でした。

その後は乱高下を繰り返しつつも価格は緩やかに上昇し、現在は世界の情勢不安などから若干の下げ時期に入っていますが、それでも半年前より数倍の価値を維持しています。

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完全にバブル状態となっており、いつ弾けてもおかしくない状況だ(bitflyerより引用


この加熱しすぎた仮想通貨ブームが、グラボの枯渇を引き起こしました。仮想通貨のマイニング(取引を承認する作業)には、膨大な演算能力が必要です。その演算のためにグラフィックボードが必要とされ、世界中のマイナー(マイニングを行う人々)によって買い占められたのです。

その需要増は、恐らく一般の人々が想像しているものを遥かに超えるレベルです。世界では「マイニング工場」と呼ばれる場所まで作られ、何百~何千というマイニング専用マシンによって仮想通貨の承認作業と報酬の授受が行われています。

これによって、世界中のPC市場からあらゆるグラボが枯渇し、最新モデルのみならず、数世代前の型落ち品や、中古のグラボまでが大高騰する事態となりました。

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「価格.com」で検索してもハイエンドグラボはほぼ全てが全ショップで売り切れており、価格が付けられない超異常事態だ


■半導体業界を襲った七転八倒
枯渇しているのはグラボだけではありません。CPUやチップセット市場に目を向けてみれば、PC向けもスマホ向けも各社が在庫と契約の争奪戦を繰り広げている状況です。

CPUが慢性的な供給不足に陥った背景は、GPUよりも若干複雑です。そもそもの発端は、Intelが製造プロセスの微細化に失敗し、4~5年も技術的な遅れを取ったことから「需要の大渋滞」を引き起こしてしまったことです。

CPUやチップセットの製造需要は、その製造プロセスによっていくつかの層に分けられています。最新の製造プロセスはPC用CPU向けとして、1世代前の製造プロセスは組み込み機器用チップセット向けとして、などです。

ところが、Intel CPUの製造プロセスが微細化されない状況が数年に渡って続いたために同じ製造プロセスの製造ラインへ需要が集中し、各業界や産業による「製造ラインの奪い合い」が始まってしまったのです。

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製造プロセス微細化の停滞が世界中の産業に大ダメージを与えてしまった


この半導体の供給不足状態は2~3年前より始まっており、出口の見えない状況にIntelなども増産や生産ラインの増加(工場の新設)などで応急処置的に対処してきましたが、ここに追い打ちをかけるようなトラブルが相次ぎます。

2021年2月にはアメリカ・テキサス州を大寒波が襲い、停電や給水停止の影響で韓国のサムスン、ドイツのInfineon Technologies、オランダのNXP Semiconductorsなどの半導体工場がまとめて稼働停止を余儀なくされました。

また3月には日本のルネサスエレクトロニクスの那珂工場が火災事故を起こし、さらに4月に入って生産再開後にも発煙騒ぎを起こすなど、少々信じがたいトラブルが続きました。

半導体業界の災難はこれだけに収まりません。4月14日には台湾・TSMCの工場が停電を起こし、1000万~2500万ドル規模の損害を出す事故を起こしています。

世界中で同時多発的に起きた一連のトラブルは、ただでさえ逼迫している半導体需要をさらに追い込み、完全に想定外の供給枯渇状態に陥りつつあります。

これらに加え、PS5やXboxシリーズといった新型家庭用ゲーム機需要の高まりやスマホ需要の増加が、半導体不足をじわじわと締め上げている状態です。需要は増える一方なのにトラブルと技術的問題から生産が増えない(それどころか減産の危機)。それが現在の半導体業界の窮状なのです。

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世界中で大炎上状態だ(物理的にも)


この半導体不足の渦中に存在する企業の1つがクアルコムです。同社はスマホ向けのSoC(チップセット)を製造・供給していますが、その生産が追いつかず、サムスンやシャオミといったスマホベンダーが生産数を調整せざるを得なくなっています。

どれだけ逼迫しているのかは、クアルコムのクリスティアーノ・アモン次期最高経営責任者(CEO)による「ファーウェイに対する米国の制裁が半導体の世界的な供給不足の緩和につながる能性がある」(2021年2月12日 Bloomberg)との見解からも察することができます。

TSMCの製造ラインを奪い合う関係のライバル企業が国家間の経済摩擦によって締め出されたことを歓迎する発言は、いささかビジネスマナーとして褒められたものではありませんが、一方ではこの制裁によってファーウェイ製のチップセットを使用できないスマホベンダーがクアルコム製SoCを採用するようになり、需要が集中し過ぎて供給不足を加速しているのではないかという見方もあります。

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企業間の競争に国家が絡むことを歓迎するかのような論調はあまり宜しくない


■「今は時期が悪いおじさん」の苦悶
では、この全世界的・全業界的な半導体不足の状況はいつまで続くのでしょうか。IntelやTSMCの見解では、今後数年、あるいは2023年という数字が出てきています。

業界他社の見解も併せ、少なくともあと2~3年はこのような状況が続くと考えるのが妥当であり、最悪の半導体不足の出口は全く見えていないものと考えて良いでしょう。

CPUやチップセットといった部品は、PCやスマホにだけ使用されるわけではありません。世界的に見れば自動車向け組み込み機器などはかなりのシェアを誇っており、自動車業界各社でも半導体不足を受けた生産調整を行わざるを得ない状況に陥っています。

とくに自動車業界では「ジャスト・イン・タイム」と呼ばれる、「必要な部品を必要なタイミングで必要なだけ調達する」という生産方式を採用する企業が多く、そのために2021年に続いた半導体各社の事故やトラブルによって、PC業界やスマホ業界よりも大きなダメージを被ったとも伝えられています。

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北米の大寒波やルネサスエレクトロニクスの火災事故は自動車業界を直撃した


PC業界の末端である自作PC界隈では、「いつ頃がPCパーツの買い時なのか」という自作PC初心者の質問に対し、「今は時期が悪い」と返答する人を揶揄して「今は時期が悪いおじさん」などと呼んだりしますが、現在ほど「今は時期が悪い」と言いたくなる時期は過去になかったように思います。

筆者はこれまで使用してきたPCが限界に来ていたことや(8年も使用した)、今後も数年は半導体不足の解消に目処が立たないことから、「今は時期が悪い」と分かっていながら泣く泣くPCを購入しましたが、余程切羽詰まった状況でもない限り、今PCを買い換えることは他人には絶対オススメしません。

スマホ市場を見ても、今後販売価格の上昇や製品ラインナップの縮小が予想されます。サムスンはテキサスにある半導体工場の稼働を今夏にも正常化すると伝えていますが、自社による生産分のみが供給できても他社製部品の供給が追いつかなくては製品が作れません。また、他社への供給も潤沢に行われなければ業界全体としては何も変わらない状況が続きます。

果たしてPCやスマホが再び買い時となるのは何時なのでしょうか。自他ともに認める「今は時期が悪いおじさん」である筆者は、「新しいガジェットが欲しい……しかし今は……今は時期が……」と頭を抱えて悶絶する日々です。

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時期が悪いなりに購入できただけでも幸運だったのかもしれない(と、自分に言い聞かせる毎日)


記事執筆:秋吉 健


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