男子新体操に挑む高校生たちの姿を描いたアニメ『バクテン!!』の先を描いた『映画 バクテン!!』が2022年7月2日(土)に公開されました。本作の監督・黒柳トシマサさんに制作のアレコレ、さらに作品から離れて監督自身のアレコレと、細かい話をうかがってきました。

『映画 バクテン!!』公式サイト

https://bakuten-movie.com/

GIGAZINE(以下、G):

本日はよろしくお願いします。監督は1980年生まれだということで年代が近いので、お話いただく話題は大体わかるんじゃないかと思います。

黒柳トシマサ監督(以下、黒柳):

こちらこそよろしくお願いします。でも、1980年生まれなんですけど、趣味は70年代なんです(笑)

(一同笑)

G:

『映画 バクテン!!』では、男子新体操に関わった高校生たちがどうなるのかということを徹底的に描いています。この劇場版のストーリー構想は、企画時点から決まっていたものなのですか?

黒柳:

本当に最初のころはテレビシリーズだけの話だったんですけれど、わりと早い段階から「映画もやろう」ということになりまして、テレビと映画を引っくるめてストーリー展開をすることになりました。

G:

それは、どのぐらいのタイミングだったのですか?

黒柳:

構成をやっているぐらいの段階でした。全体的にどこまで描くかという構成をしているとき、プロデューサーから「映画もひっくるめて考えてください」と言われて、「あっ……それは大変だな」と思った記憶があります(笑)

G:

「ゼクシズラジオ 第9回」を聞いたところによると、『バクテン!!』の企画メモを上げたのが2017年10月3日だったとのことなのですが、これが『バクテン!!』という企画が完成した日なのでしょうか。

【ゼクラジ】第9回(ゲスト:根元歳三さん) - YouTube

黒柳:

そうですね、企画をやり始めたころ……?ちょっと待ってくださいね。

ゼクシズ 新宅潔プロデューサー(以下、新宅):

たぶん大会を見終わった後ですね。

黒柳:

ある程度は作り込まれていて、完成とまではいってないけれど最後の流れまではできているというところですね。

G:

なるほど。ラジオを聞いていて面白いと思ったのは、取材先の高校生達がみんな「見ますね!」と言ってくれたけれど、放送時にはもう高校生ではなくなっているということで考えるものがあったというところなのですが、実際に高校生を取材して印象的だったことはありましたか?

黒柳:

お互いに初対面だったので、すべてわかり合えたかはわからないですけれど、普段から、お客さんが来たらきちっとしなさいということをちゃんと教えられているんだなと思いました。

G:

すごく礼儀正しい?

黒柳:

礼儀正しいですし、でも、はにかんだ顔には幼さもあったりして。寮を見せてもらったらアニメージュが置いてあったりしたので「アニメ好きなの?僕が作ったアニメも見てよ」なんて話をしたりしました(笑)

G:

作中に出てくる寮は、取材内容がかなり反映されている感じですか?

黒柳:

実際、取材させていただいた寮の内側の雰囲気を作りつつ……現実はもうちょっといろいろなものも散らばっていましたけれど(笑)、ちょっときれいな感じで作らせてもらいました。

G:

第1話冒頭の演技がぶっ通しで展開されるシーンは、監督自身が実際に男子新体操を見たときに感じた衝撃をそのまま視聴者に感じてもらわなければ意味がないと気合いを入れた、という話がゼクシズラジオで出ていました。劇場版でもここぞという演技シーンが出てきて、改めて第1話と見比べるとすべてのキャラクターがちゃんと上手になっていました。

黒柳:

その点については僕がというよりも、実際に作っていった新体操試技監督の光田史亮さん、3DCGの武右ェ門さん、作画は松本翔吾くんが中心となってやってくれたのですが、何回も同じ演技を描くことになるので、前回よりもうちょっとよくしなくちゃ、と。

G:

ああー、なるほど。

黒柳:

それに、みんなだんだんと男子新体操になじんでいきますから、「もっとこうしたらいいんじゃないか」と、みんなで案を出し合った結果だと思います。アオ高のみんながうまくなっていくのと同時に、スタッフも上手になっていったと。

G:

だんだん修練を積んでいったような。

黒柳:

だと思います。あと、どんどん演技をよくしていかなければいけないけれど、ネタは尽きていきますから、なんとか絞り出すぞという必死さも出ていますね(笑)

G:

ゼクシズラジオの中では、次の企画の案として「男子新体操」が出て、実際に見に行って「どうやらこれをやるらしい」と決まったときに、監督は『少年ハリウッド』のときの経験から「これはヤバい」と感じたという話が出ていました。新宅プロデューサーに直接言うことはなかったですか?

黒柳:

言わなかったですね。新宅さんも『少年ハリウッド』を一緒にやった人だから、大変さは知っているはずなんです(笑)。知っているはずなのに「やる」って言うから「あ、やるんだな」と。

G:

(笑)

黒柳:

それもありましたし、『少年ハリウッド』で実際にアイドルの子たちを映し出そうと、当時の自分の中では精一杯やったんですけれど、もっといけたんじゃないかなというくすぶりも持っていたんです。だから、やるのであれば『少ハリ』を超えていくような映像を作ってみようか、というのもどこかで思っていました。

G:

テレビシリーズ全12話を改めて通し見して、これをテレビ放送に合わせてやるのは大変だったのではないかと感じましたが、『映画 バクテン!!』では、さらに絵のレベルが1段階上がったように思いました。映画に向けてさらに気合いを入れた結果なのでしょうか、それとも、積み重ねた結果なのでしょうか。

黒柳:

テレビも映画もスタッフは基本的に同じだったので、やっている僕たちからすると、テレビと映画でそんなに気持ちが違うということはなく、「映画だから頑張ろう」ではなく地続きで、いつも通り頑張ろうと。

G:

なるほど、地続きだったんですね。

黒柳:

休みもなく(笑)

G:

休みなし!(笑)

黒柳:

テレビシリーズの作業を終えた翌週からは映画制作に入っていましたから、本当にスタッフのみんなが頑張ってくれました。

G:

亘理の性格は初期からかなり変わっているという話が出ていました。

黒柳:

これは脚本の根元歳三さんの案で。もっと素直なキャラクターにしようという話だったんですけれど、根元さんから「任侠モノが好きとか、そういう感じの趣味はどうですか?」とかの提案があってからだったと思います(笑)

G:

監督はTwitterも積極的に使っておられて、その中で、作品ごとに書いている「演出ノート」があるというツイートを見かけました。「主にその作品を作る意図、構想を自分宛に書いたもの」とのことですが、『バクテン!!』ではどのようなことを書いたのですか?

黒柳:

『バクテン!!』の場合、まず男子新体操は自分がまったく知らないスポーツだったので、まず新体操そのものの勉強ノートですね。男子新体操の本を何冊か読みながら、こういったところが大事なんだなとメモしていきました。そして、男子新体操を『バクテン!!』という作品で描くにあたって、何を伝える作品なのか、何を描く作品なのかを羅列していきました。

G:

なるほど。本を読んで、『バクテン!!』で男子新体操を描くならこういう点がポイントになるんだと監督が学びを得たのは、どういったところでしたか?

黒柳:

たとえば、本では「同時性」となっているんですが、みんながそろって動くところに競技の美しさがある、というようなところですね。よく話をするんですけれど、個性がみんな違って、それぞれに何かしらの才能があり、それを延ばしていくという今の時代に、男子新体操は「6人が同じである」というところが競技の重要なポイントになっているというのは、ちょっと変わっている点だと思うんです。個性の時代に協調性を見いだすわけですから。

G:

確かに。

黒柳:

それってどういうことなんだろうというのも興味の1つなんです。実際に見てみると、6人みんな一緒かというと、それぞれ人間も個性も違うんですが、違うみんなが楽しみながら同じことをやろうとする、その協調性がいいんだと。さんざん個性を求められた世代からすると、次の目標が見えてくることもあるんじゃないかなと。

G:

監督はこれまで手がけてきた作品でも日常芝居を重視するという話を目にしましたが、本作での日常芝居というのは、寮の生活などの部分だと考えればよいのでしょうか。

黒柳:

試技、いわゆる大会とかで3分間ぶっ通しで演技をしているシーン以外はすべて日常シーンだと思っています。だから、練習をしている姿も、僕にとっては日常です。

G:

黒柳監督はアニメーターとして絵も描くし、演出もしていますが、『バクテン!!』において、男子高校生らしさを出すために気をつけるのはどういった点なのでしょうか。

黒柳:

うーん……難しいところですけど、ちょっと動きが速いところとかですかね(笑)

G:

動きが速い(笑)

黒柳:

リアルな動きをつけるとき自分を参考にすることがありますけれど、僕も40ですから、高校生は25年ぐらい若いですからね(笑)、25年は若い動きをしています。あと、新体操をやっているからこその柔らかさがありますし。僕たちより可動域が広いですから。

G:

これも監督のツイートで、作品と直接関係するかはわからないのですが、「今の自分にしてやれることは今の自分でしかない」というような内容のものがありましたが……。

黒柳:

これは(笑)、きっとお酒を飲んでたんですねえ(笑)

G:

(笑)

黒柳:

2021年6月だと、最終回あたりを作っているころの気持ちが出ているんだと思います。第11話で翔太郎は大会に出るか出ないかというところで「出る」と決めるんですけれど、今の自分が過去に戻ることは絶対にできないわけです。現在という時間軸の延長線上にしか未来は存在しないと考えるのであれば、今この瞬間も何かしら楽しみつつ頑張ることでしか、僕らの未来は開けないじゃないかと。そういうことを『バクテン!!』の最後に言いたかったんですよと、突如言い出したんでしょうね(笑)

G:

『映画 バクテン!!』完成にあたっては、通しでチェックしていたらついつい泣いちゃったというツイートがありました。確かに泣けるシーンが多々ある作品ですが、監督を泣かせてしまったのはどういった部分ですか?

黒柳:

記事向けの答えではないんですけれど、単純に、うちのスタッフ、よう頑張ってくれたなぁ、と……(笑)

G:

あっ、シーンとかではなく、スタッフのことを思ってだった(笑)

黒柳:

こんなに大変なものをよく頑張ったと。

G:

監督としては胸に来るものがありましたか。

黒柳:

そうですね、アオ高のみんなとかが頑張る姿が、僕が普段現場で見ている仲間たちの頑張っている姿に重なりますから。

G:

なるほど……ちなみにその涙は、どのあたりで来てしまったのですか?

黒柳:

一応、チェックは仕事ですから(笑)、あまり早い段階で来ちゃってるというのはアレなんで、やはり最後の方でしたね。「ここまで来たな……」と思って。

G:

念のため伺いたいのですが、監督はわりと涙もろいほうだったりするのでしょうか?

黒柳:

どうでしょう……いつもプロデューサーの新宅さんには泣かされまくってますけど(笑)

新宅:

(笑)

G:

その延長線上の涙の可能性もありますか(笑)

黒柳:

「自分もよく頑張ったな」って(笑)

G:

黒柳監督はブログも結構細かく書いておられて、2007年、もうアニメ業界に入っておられるかと思いますが「学生の時の方が何かしら作っていた」なんて書かれていたこともありました。

黒柳:

これも酔ってますねえ(笑)

G:

この何かしら作っていた学生のころというのは、大学生ぐらいのころですか。

黒柳:

高校から大学生ぐらいですね。中学3年の時にアニメーションをやってみたいと思って、でもそう思いつつもあまり見ていなかったので、高校のときに見ながらいろいろと考えて、大学時代は漫研で絵を描いたりしていました。

G:

アニメーションをやってみたいと思ったきっかけは何だったんですか?

黒柳:

『耳をすませば』です。1980年生まれなので、ちょうど中学3年の時に劇場公開のタイミングだったんです。そのころ、僕自身は高校へはあまり行く気がなくて「なんかなぁ……」と夏休みを過ごしていたら、ちょうど学校で100円か200円安くなるチケットを配っていて。

G:

ああー、そういうのありましたね。

黒柳:

それを機に見に行ってみたら、作品の中で雫も聖司も、同じようにバイオリン作るとか小説書くとかで悩んでいて、よくよく考えてみたら、自分はいろいろ思いつつも何も知らないじゃないかって。もっといろんなことをわかってから小説を書こうと雫は考えたわけですが、それと同じように、自分ももうちょっと勉強しようと思って高校に行くことにしたんです。

G:

おおー。

黒柳:

そう考えると、1本の作品によって自分の人生ってすごく影響を受けているなと。同じように、人生の岐路に立つ人に影響を与えるような作品を作りたいなと思ったのが、アニメーションを選んだきっかけです。

G:

学生時代からコンテやマンガを描いていたということですが、どういったものを描いていたんですか?

黒柳:

それはもう、ジブリにかぶれたようなものを(笑)

G:

ジブリにかぶれたような(笑)

黒柳:

ちょっとでもいい人になろうとするような(笑)。当時、好きなマンガが鶴田謙二さんとか、どちらかというと青年誌系統のマンガでした。

G:

ああー。

黒柳:

なんとなく自分の生活の中にあるぽっとした寂しさだとか、楽しいだけじゃない部分を表現するような感じで描けないものかなと思いながら、そこにファンタジーを入れつつ描いてみるということをやっていました。

G:

当時描いていたその作品は完成したのですか?

黒柳:

大学の部内誌とかに向けたもので、14ページぐらいの短い作品だったので、完成はしました。

G:

このブログを書いたのと同じ2007年、「原画を描いていると、もっとうまくならなきゃと思ってどっか行く時間があったら鉛筆握らないと、と常々思うのだけれど、演出をやってみて思うのはもっといろんなことを知らないとな〜ということ」とも書かれています。なにか演出で、感じるところがあったのでしょうか。

黒柳:

「どこまでいっても自分は何も知らないな〜」と思ったんです。

G:

演出をしていると、そういうのを痛感してしまうものなのですか?

黒柳:

引き出しの狭さというか、中に何もないなと。たとえばデビュー作だった『みなみけ』は自分の高校の時はどうだったかなと、経験で描けたんです。でも、『舟を編む』にしても『バクテン!!』の男子新体操にしても、そこから10年以上仕事をしていても初めて知ることばかりなんです。でも、僕は単に学ぶだけじゃなく、作品として世に出さなければならないわけですが、単に知識があるだけでは作品にならないんです。たとえば男子新体操なら、どういったストーリーをのせることができれば、より多くの人に楽しんでもらえるだろうかと。その部分は、どれだけやっても勉強が足りないなと思うところですね。

G:

その『みなみけ』でコンテを担当した話数が完成したときのブログもあって、「自分の力不足がホントに不甲斐なくて」と書かれていました。

黒柳:

「カットを書いてくれたみんなの事を思い出してホントにホントに感謝して」とかいうのは、今も変わってないですね。スタッフが頑張ってくれたなと思いながら作品を見ているのも、今と一緒だし。

G:

「当り散らしたり傷つけてしまって」という記述もあって、かなり大変なコンテ作業だったようなことがうかがえます

黒柳:

作っている時って、自分を追い込むんです。コンテも「本当にコンテは面白いのか?」と、ずっと自分に問いかけている状態になって。そんなときにふわっとよくわからないことを話かけられると「はぁ?」ってなっちゃったんでしょうね。今はさすがにないですけれど(笑)

G:

なんか言われるとカチンときてしまうような?

黒柳:

絵コンテのことに関してだけではなく、その他のことを言われても…………もう、絵コンテを描いているときに話しかける方も悪いんですよ!(笑)

G:

(笑)

黒柳:

今はだいたいみんなわかってきて、「コンテを描いているときの黒柳には近づかないようにしよう」ってなってます(笑)

G:

ピリピリしちゃうものなんですね。

黒柳:

一番自分が緊張していますから。当時は「絵コンテが面白くないと作品は面白くならない」と思っていましたから。

G:

おお……。

黒柳:

その後、演出経験を重ねることで「そんなこともないな、やりようはあるな」とわかっていったんですけれど。当時、絵コンテを描くということについて、憧れの仕事でもあったので自分自身が興奮していて「見てもらえるぞ」と、そういうピリピリがあったんでしょうね。

G:

監督のツイートを見ていると『バクテン!!』のコンテのことも書かれていますが、『バクテン!!』のコンテ作業をするにあたっての思いはどうでしたか?

黒柳:

「面白い作品にしなくっちゃ……!」という思いでしたが、今回はとにかく、明るく前向きな作品にしたいと決めて取り組んでいて、監督がピリついて怖い現場ではいけないと思ったので、明るくにこやかに描いていました。

G:

(笑) 監督が最初に心がけた「明るく前向きな」は、どういった方向だったのですか?

黒柳:

たとえば、僕は司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』も好きなんですが、作中に、坂の上に一朶の白い雲があるなら、それを見ながら坂を上っていけばいいじゃんという、楽天主義の見方があって、そういうのが、キャラクターのみんなの中にあればいいなと。

G:

ふむふむ。

黒柳:

この先、試技シーンをはじめ、日常芝居にしてもそれ以外のシーンにしても「ここまで要求されるのか」というつらいところがあるかもしれないけれど、やればいい映像になるんだから頑張っていこうよと、そういう前向きな気持ちでした。……大丈夫ですか?ゼクラジみたいな空気になってないですか?(笑)

G:

いえいえ、本作を見たときに、これは黒柳監督がやってきたことの集大成のような感じがして、このあたりも聞いておかなければいけないなと思っていたので。

黒柳:

それでいうとまさに『バクテン!!』は僕が演出をやり始めて、「こういう方向の作品をやりたい」ということは考えてやってきているわけですけれど、この十数年の自分の演出としてのスタート地点からの集大成を1つ形にしたいという意気込みは自分の中にありました。

G:

アニメ業界に入るにあたって、業界のことをまったく知らなかったとのことで、ブログでは、大学の卒業式にOBの星野仙一さんが来て言った「迷ったら前へ」という言葉と、最後に付け足された「ダメだったら戻ればいいんだし(笑)」という言葉に勇気づけられたという話が書かれていました。

黒柳:

大学でみんなが就職し始めたころに、僕は夜間の専門学校に行って、ようやく就活が始まったという感じだったんです。あの頃に思ったのは、時間が過ぎれば過ぎるほど、可能性は消えていくんだなということでした。僕はアニメーターになろうと思っていたわけですけれど、その間にみんなは就職をしていて、どんどん別の道に行く可能性が閉ざされていくんです。こっちは中学の時からアニメーターになろうとは思っていましたけど、他の道が閉ざされていくと、やっぱり不安になるんです。本当に食べていけるんだろうか、とか。

G:

なるほど。

黒柳:

しかも業界の事なんてまったく知らず、専門学校で教わることにも限りがあって、就職に関してはアニメスタジオの連絡先を教えてあげるから自分たちでがんばりなさいと。

G:

それは不安ですね。

黒柳:

でも、もうこうなったらやるしかないなと突き進んだとき、星野さんの「迷ったら前へ」「ダメなら戻ればいい」という言葉があったので、すごく楽になりました。今でもそうです。「進めるときは前に進む」「大失敗したらなかったことにして戻れないかな?」って。ときどき、取り返しがつかなくて大変ですけど(笑)

G:

『バクテン!!』の制作でもそういった、「迷うけれど、前へ進むしかない!」という場面はあったのでしょうか。

黒柳:

それはもう最初の部分ですね、「男子新体操を描くぞ」と決めたところです(笑)

G:

一番最初(笑)

黒柳:

ストーリー的には、志田先生が「男子新体操を広げていこうと思う」と選択したのと同じような気持ちです。本当に志田先生がうまくいくかどうかわからないし、男子新体操そのものが広がるかどうかもわからないけれど、とにかく今は前に進もうと思うんだという気持ちは志田先生に重ねています。

G:

2008年のブログには「読者だったり観客だったりが見たいものを作るというのは作り手が他者のことをものすごく思いやることだと思うから」とあって、自分も「もう少し優しい人になろうと思う」と書かれていました。

黒柳:

当時、演出家の仲間同士でよく会って、どんなアニメがいいと侃々諤々(かんかんがくがく)やっていたんです。藤原佳幸監督とかいっぱい、まだ話数演出とかやっていたころで、朝まで、あの作品はああだこうだと話し合って、「自分はどんな作品を目指すんだろうか」とずっと考えていたような時期です。演出にはなったものの、まだ監督にはなれるかどうかはわからないという、ペーペーの時代ですね。いざ監督になったら僕はどんなものを作るだろうかと模索する中で、仕事をしているときつい言葉が出てしまうこともあって、それを「優しくなろう」と戒めている感じですね。おそらく。

G:

このときの思いというのは、今も同じですか?目指したものを作れている実感みたいなものはありますか?

黒柳:

同じ事を考えているなとは思いますけど、やっぱりまだ届いていないですね。

G:

それは、何かが足りないのか、届かないものなのか、あるいはわからないのか、どういう感じなのでしょうか。

黒柳:

自分が「届いた」という感覚を知らないというか。いずれは達成感を持ちたいとも思いますけれど、それはもう「これでアニメを辞めてもいい」という瞬間じゃないかと思うんです。

G:

ああー、もう満足して終わってしまうような。

黒柳:

そんな気がします。あるいは、そういうものを経験しても「さあ、次へ行こう」となるのかもしれないですが、いかんせん、まだ感じられていないものですから。作品が完成しても「まだ、こうできたんじゃないか」と考えてしまって。作品がダメだったということではなくて、あくまで自分の中での反省なんですけれど。

G:

こういう点は次に生かそうという反省ですね。たとえば、方向性がまったく違う作品でも、うまくその反省点は生かされるものですか?

黒柳:

そうですね……自分は作品数としてはあまり仕事をする方ではないですから、仕事を引き受ける時点で、何かしらの要素を入れられるならやろうと考えます。原画みたいな仕事はホイホイとやっているんですけれど(笑)

G:

Twitterのプロフィールで、「監督」より前に「演出家」が来ていますが、「演出家というのはこういう仕事をやるものだ」や「演出家かくあるべし」という特別な思いはありますか?

黒柳:

「作品を面白くするのは演出、画面を良くするのは作画監督、だから作品がつまらなかったら全部演出のせい」ですね。

G:

ああー……それを聞くと、絵コンテを描くときのプレッシャーはすごそうですね。

黒柳:

特にコンテを描いているときはまだスタッフが入っていなくて、コンテが完成してから原画や動画、撮影のみんなが入ってくるので、コンテの間は1人な感じがするんですよね。だから、一番自分を試されているような感じがします。コンテを見て、その仕事をやるかやらないかを決めるというケースもありますし。

G:

黒柳監督はかなり絵を描かれるタイプだと思いますが、昔から描いていたのですか?

黒柳:

アニメを意識して描くようになったのは高校ぐらいからで、最初は模写でした。近藤勝也さんの『海がきこえる』の挿絵が上手だなぁと思って好きだったので、よく模写していました。

G:

ブログやTwitter、ラジオなどから、監督はすごく本を読んでいるイメージです。興味を持ったものを読んでいるのはわかりますが、なにか共通の傾向はあるのでしょうか。

黒柳:

根本的には近代文学の太宰治や芥川龍之介が好きです。あとそれとは別に大学の時、基本的に司馬遼太郎、森鴎外を研究するゼミだったというのもありつつ、本屋さんをうろうろして、なんとなく読んでみようと思った本を1冊読んでみて、面白ければその作家の本をまとめて読むという感じです。

G:

その大学時代には「死生観」の論文を書いたという話があり、「未来の為の自分じゃなくて、今の為の自分という考えで僕はやっていきたいと思います」と2010年にブログに書かれていました。

黒柳:

ゼミのみんなで書いた共同論文で、江戸時代、明治時代、戦時中、現代の4つの時代における死生観の変化についてのものでした。死生観そのものを大きく見たとき、いわゆる「死」を考えれば考えるほど「生」を考えざるを得ないなと。きっとそのとき、コンテにそういった要素を入れなければいけないような、キャラクターが生きるか死ぬかというようなコンテだったんでしょうね。そこに、自分で意味づけを入れたのだろうと思います。

G:

『映画 バクテン!!』を見るにあたって、こういうことを感じてくれたらいいな、持って帰ってくれたらいいなということはありますか?

黒柳:

アオ高の男子新体操の仲間たちの日々が描かれた作品で、彼らにとっての男子新体操のつながりというのは、僕にとってはアニメーションでした。アニメーションのおかげで仲間たちと出会って、作品を作り出すことができました。きっと、『映画 バクテン!!』を見てくれる人にとっても大事なものがあると思います。それをなるべく大事に、そして毎日を大切に、未来へ。今の好きなものがある自分を大事にしつつ、出会った人たちも大事にしていっていただけるとうれしいなと思います。

G:

ありがとうございました。

『映画 バクテン!!」は2022年7月2日(土)から劇場公開中。TVアニメ全12話を約20分に凝縮したダイジェスト映像がYouTubeで公開されているので、これを見てから映画を見れば、さらに楽しめるはずです。

TVアニメ「バクテン!!」ダイジェスト版映像|『映画 バクテン!!』2022年7月2日(土)公開 - YouTube

©映画バクテン製作委員会

◆『映画 バクテン!!』作品情報

・キャスト

双葉翔太郎:土屋神葉

美里良夜:石川界人

七ヶ浜政宗:小野大輔

築館敬助:近藤隆

女川ながよし:下野紘

亘理光太郎:神谷浩史

月雪ましろ:村瀬歩

高瀬亨:小西克幸

陸奥洋二郎:鈴村健一

大湊秀夫:杉田智和

竜ヶ森恭一:斉藤壮馬

吾妻俊介:山下大輝

栗駒あさを:佐倉綾音

志田周作:櫻井孝宏

双葉亜由美:上田麗奈

馬淵修司:松田健一郎

・スタッフ

原作:四ッ木えんぴつ

監督:黒柳トシマサ

新体操試技監督:光田史亮

脚本:根元歳三

キャラクターデザイン原案:ろびこ

キャラクターデザイン・総作画監督:柴田由香

プロップデザイン・総作画監督:中西彩

色彩設計:千葉絵美

美術監督:平間由香・小倉宏昌

美術設定:緒川マミオ

3DCG:武右ェ門

CGI監督:篠田周二

撮影監督:本台貴宏・伊藤遼

編集:平木大輔

音響監督:長崎行男

音楽:林ゆうき

新体操ユニフォームデザイン:株式会社ササキスポーツ

監修:青森山田高校男子新体操部

アニメーション制作:ZEXCS

チーフプロデューサー:高瀬透子

プロデューサー:森彬俊・岩崎紀子・新宅潔

配給:アニプレックス