テラヘルツ波とは何か? どれほどの特性を持ち、どこまで研究がすすめられているのだろうか。テラヘルツとは現在も開発がすすめられている5Gの「ミリ波」よりも更に高い周波数帯の電波のこと。「ミリ波」の10倍もの広いリソース帯域を持ち、目標の通信速度は100Gbps〜1Tbpsと、可能性としてはそれこそ桁違いだ。一方で「減衰」が大きく通信エリアが限定的、研究開発のための素材調達や膨大なコストが壁となっているなど、たくさんの課題が大きく立ちはだかっている。それでもソフトバンクは未開拓のテラヘルツ波の領域に踏み込んでいく。
ロボスタは、ソフトバンクが都内に開設している研究ラボで「テラヘルツ」の実験を取材する機会を得た。この記事ではテラヘルツの概要、課題、電波暗室内でのテラヘルツ通信によるデモの様子などをレポートしよう
これら湧川氏の言葉に表されているように、ソフトバンクは次世代の通信にはテラヘルツと光の無線技術に挑み、注力していくことを明確にした。
●ソフトバンクのラボでテラヘルツを体験
では、テラヘルツはどれほどの特性を持ち、どこまで研究がすすめられているのだろうか。
矢吹氏は「テラヘルツにはいくつかの課題がある。周波数が高すぎて、テラヘルツを創り出すことが(今の技術では)困難、光の観点からはテラヘルツの発光体がない、現時点では高額なコストがかかる」などと説明。
4Gや5Gで既に実現されているビームフォーミングやMassive MIMO技術についても課題があるという。デジタルビームフォーミングやマルチユーザーMIMOでは多くのアンテナ素子を使って通信をおこなうが、ミリ波の場合のアンテナ素子は2mm四方のサイズでとても小さく、基地局にたくさんのアンテナ素子を並べることが可能だが、テラヘルツではひとつの素子が500円玉程度のサイズになり、かつ数10万円ととても高額になるため、現状ではとても現実ではない状況だという。
さらに直進性が極めて高いビーム状の電波のため、固定しての実験が主で移動通信には向かないと言わざるを得ない状況だ。
しかし、ソフトバンクはそれでも「テラヘルツには100GHz幅を超える超巨大な周波数帯が実現できる(超高速・大容量)」というメリットを掲げ、モバイル通信への可能性を探る。
●「回転アンテナ」の研究
こうした現状を背景に、ソフトバンクのラボの電波暗室では、テラヘルツを発受信する実験機器が準備されていた。
ソフトバンクが注力している技術のひとつが「回転アンテナ」の研究だ。無線信号をテラヘルツに変換した後、ビーム状に発信されるが指向性が極めて高いので、受信アンテナと位置を合わせる必要がある。そこで発信してビームを反射させ、向きを調整するのが「回転アンテナ」の役割だ。
パラボラアンテナの原理を応用。縦(上)方向に発信したビーム状の電波を横方向に反射させる。3Dプリンタで作成した反射板を使用しているが、この角度や向きを変えることで、ビームの方向を調整することができる。
また、360度アンテナを回転させることで、ビームを360度発信し、これにより受信する端末の位置を限定せずに周囲のデバイスと通信できる「通信エリア」可を実現するしくみとなっている(わかりやすいように受信に限定して表現しているが、実際の通信時には端末側からも発信するようになる)。
●回転アンテナを使用したテラヘルツの伝搬特性のデモ
下の写真が無線信号の発信機。ここからテラヘルツ電波がホームアンテナから発信し、回転する反射板に反射して電波は360度に送信される。今回、送信している電波は300GHz。
約1.5mの距離に置かれている受信器がテラヘルツ波を受信する。
デモが始まると、送信機から発信されたテラヘルツ波が受信機側で受けている様子がわかる。
受信器側ではテラヘルツ波を低い信号に変換して表示されている(受信していることがわかる)
更に、送信機と受信器の間に手をかざすと、それだけでテラヘルツ波が遮られて受信機には通信が途絶えることが実演された(テラヘルツは遮られると減衰が激しい)。
●テラヘルツの通信機能の映像再生のデモ
もうひとつ公開されたのが「テラヘルツの通信機能のデモ」だ。送信側では映像データをテラヘルツ波に変換してビーム状で送信、受信側ではそれを受けて映像を表示するシンプルな構成の通信デモだ(変換にはOFDM信号を使用。通信速度は約30Mbps)。
映像データは順調に再生されていたが、送受信機の間に手をかざすと、通信が遮断され、映像は停止してしまう。
超高速・大容量の可能性を持ちながらも、障害物に弱いテラヘルツ。その特性がよく解るデモとなっていた。しかし、実用化のためにはこの特性を確認するだけでは意味がない。この課題にチャレンジしていく必要がある。
固定式のみと思われていたテラヘルツ通信からモバイル通信への応用へ、ソフトバンクの「動くテラヘルツ」の挑戦はまだ始まったばかりだ。
(神崎 洋治)