世界に誇るべき日本車を残したい
初代モデルのユーノス・
ロードスター(以下
ロードスター)がデビューを果たしたのは1989年のこと。欧米ではMX-5MIATAという名称で発売された。全長4mを切るコンパクトなボディサイズに、パワフルではないが吹け上がりの良い1.6リッターエンジンと、小気味よいシフトフィールをもつ5段マニュアルトランスミッションの組み合わせは、当時280馬力車が全盛となりつつあった日本のスポーツカーマーケットに対して、文字通り一石を投じるインパクトを有していた。初期型
ロードスターの累計販売台数は世界で43万台以上。数々の英国製
ロードスターや、イタリア製のバルケッタに勝るとも劣らない造形や走行感覚が、今また見直されつつある。
【完成した1.6リッターと内装を仕上げ中の1.8リッター】(写真5点)
製造元の
マツダが本格的なレストアサービスを提供するようになったことは、日本車を愛するファンにとっては朗報であった。もちろん
ロードスター愛好家は世界中に存在し、彼らもそれぞれ独自の方法で、永く
ロードスターを乗り続けることに心血を注いでいる。その多くは、走りの楽しさを追求したカスタムやチューニングを施すタイプ。そんな中、オリジナルにこだわる手法で、あらためて
ロードスターの再生に力を入れ始めた人物がいる。
それは、田中佑介氏である。神戸でユーロポートというショップを営み、主にプレミアカーの販売を手掛けている。自動車ビジネス界においてはやや異色な存在で、著名なクリエイターを友人にもち、自身でも世界のユニークなコンテンツを経験しては、それを仕事にフィードバックしている。毎年数多くのプレミア新車を特別にオーダーして楽しむのも「真の価値を知るため」とのこと。学生時代を北米カリフォルニア州で過ごしたので英語が堪能なのも、彼の強みかもしれない。
田中氏が
ロードスターに興味をもったのは、とある知人の、若い中東富裕層のコメントであった。「日本車で、今欲しいのは初期のMIATAかな。あんな楽しそうなスポーツカーはない」必ずしも高額かつ希少な車ではなくても、永く魅力をもち続ける車は存在する。さらにいえば誰もが知っている、たとえばトヨタ2000GT のような特別な車ではなくても、大衆車レベルながら、品の良いポテンシャルを身に着けた日本車があることを、あらためて思い知らされたという。海外での評価の高さは、もっと日本でも誇るべきものなのだと。
ただし、リアルに
ロードスターの本領を楽しむには、まだ田中氏は若すぎた。そこでまず、なるべく程度の良い
ロードスターを全国から探してみることにした。魅力あふれる小型スポーツカーの”味わい”を自身で感じ取るためだ。トータルのクオリティを高めていくために、できればまず10台を集めて並べたいと考えている。2020年5月の取材時には既に5台がストックされていた。1.6リッターのNA6CE 型はVスペシャルほか4台、他にNA8Cシリーズ1型のVスペシャルがあり、すべて完全なオリジナルに戻すべく整備を行っている。
程度の優れた個体を集めることは、実は容易なことではないという。個人からの買い付けも考えているが、低走行でオリジナル度が高い車のオークション取引では、結果的に「相場を勝手に引き上げてしまいました(笑)」という事象さえ起こっているという。
輸入車に比べて、パーツ注文時のレスポンスが早いことは圧倒的にうれしい。たとえば、よくある
ロードスターのドレスアップで、フロントのナンバープレートを左横にずらした改造を見掛けるが、これも純正パーツのプレートホルダーを新品で取り寄せて元の状態に戻す。幌ももちろん純正新品が手に入るが、リアウインドウだけは「もっと傷が付きにくい、クオリティの高いものがないか」、工夫をしたいと考えている。ただし、既に手に入らないパーツも、もちろんある。たとえばカセットテープに対応した純正の2DIN オーディオだ。ナビ付きの汎用オーディオ製品に代えられていることが多いそうだが、これも中古パーツを探し出してストックしていく。またVスペシャルに装着されていた、スピーカー付きヘッドレストを覚えている方はいるだろうか。このスピーカーの純正パーツはすでに欠品。さすがに状態の良いオリジナル品は残っていないので、これだけは程度の良い換装品を探しているというこだわりようだ。
すべてをオリジナルに戻したい
すでに仕上がっていた1.6リッターのVスペシャルに試乗した。ボディはていねいに磨くと艶が戻ってきたので全塗装はしていない。この車は北海道から買い付けたとのこと。相当大事に乗られていた形跡があり、インテリアやエクステリアを含め、ほぼ完全なオリジナル状態が保たれている。オドメーターはまだ1.5万km台。アイドリングは低く安定し、純正マフラーからは澄んだサウンドが響いていた。1速にシフトして走り始める。手首の動きだけでシフト操作ができる5 段MTには、まだ新車のようなしっかり感が残っていた。一般道を中心に30 分ほど走ってみたが、
ロードスターの面白さを十分に感じ取ることができた。前後のサスペンションにダブルウィッシュボーン式をおごられた本格スポーツカーのポテンシャルは健在。排気量1.6リッターの本来の性能を楽しむには、高回転をキープしながら軽いワインディングを駆け抜けるほうが適しているのだろうが、実際にそこまで走り込まなくても、その走りの良さをイメージできる完調ぶりであった。
工場に戻って、次は1.8リッターのVスペシャルに乗り換える。こちらは機関系の整備は終わっているが、ステアリングホイール他、まだオリジナルに戻せていないところがいくつかある。先ほどの1.6リッターモデルと同じ”ネオグリーン”というボディ色は、今も十分に魅力的だ。そして排気量の違いは、走りに如実に表れる。B6-ZE型1597cc 直4DOHCエンジンは最高出力120ps/6500rpm 、最大トルク14.0kgf・m/ 5500rpm。それに対してBP-ZE型1839ccは最高出力130ps/6500rpm 、最大トルク16.0kgf・m/4,500rpmを発揮。この2.0kgf・mのトルクの違いは非常に大きい。1.8リッターは低い回転域からの加速でも、グイグイとボディを引っ張っていってくれるが、1.6リッターでは常に高めの回転数を意識しながらシフトチェンジを工夫する必要がある。では1.6リッターは非力なだけのダメなエンジンなのか。それは否である。スポーツカーとしての味わいという点において、やはり現代でも初期型1.6リッターを好むエンスージアストが相当いるのでは。そう感じたほど。
ユーロポートのオリジナル再生術は、メーカーの仕事に対抗するつもりはないという。それより、こういった日本が誇る名車をしっかりと仕上げ、できればいつか海外でも再度こういった車の存在を披露することで、日本の自動車文化レベルの高さをアピールしたいと考えているという。また「レストアは時間が掛かるのが当たり前」そんな風潮を払拭して、クラシックカーにも、もっと多くの方が興味をもつようになってほしいとも田中氏は考えている。「できれば預かってから1カ月で納車できるようにしたい」それを叶えるため、整備スタッフと一緒に試行錯誤を繰り返し、日々熟練度を上げている。