経済小説『ハゲタカ』で作家デビューした真山仁氏。16年目にして初のノンフィクション『ロッキード』(文藝春秋)を書き上げた。その狙いはどこにあるのか。真山氏に作品に込めた思いや、小説家を目指した理由を聞いた――。(第3回/全3回)
撮影=プレジデントオンライン編集部
『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■デビュー16年目にして初のノンフィクション

--なぜ、今回は小説ではなく、ノンフィクションという手法で、ロッキード事件を描こうと思ったのでしょうか。

これまでも現実の出来事を小説の舞台にしてきました。ただ、ロッキード事件の複雑さ、未解決の部分を小説化してしまうと、逆に本質が見えにくくなってしまうのではないかと思いました。また、事件を深掘りして行くには、どうしても田中角栄ら関係者の人生や個性をきちんと調べて、明らかにしていく必要があると考えたのです。

取材自体は、小説を書くためにも行ってきたので、さほど苦にはなりませんでした。問題は執筆です。小説は取材したり、資料で調べたりした内容を咀嚼し、私なりの言葉で表現していく。取材した人たちが語った言葉やファクトに、必ずしもこだわる必要はありません。比喩的な表現になりますが、事実から飛躍し、物語にしていく作業が小説家に求められる力なのです。

しかしノンフィクションは、ファクトや証言者の言葉をひたすら積み重ねて書いていきます。たとえば、2つの出来事がつながっているとします。小説なら証拠がなくても、想像力を駆使して、2つをつないでしまえる。どうつなぐかが小説家の腕の見せどころと言えるかもしれません。

一方、ノンフィクションでは、証言やファクトで、2つの出来事のつながりの根拠を誰もが納得いく形で示さなければならない。はじめてノンフィクションを執筆して感じたのは、飛ぶことが仕事の小説家が、地面をひたすら歩き続けているようなもどかしさ、といえばいいか。その点は苦労しました。

■小学6年生の頃に抱いた小説家になる夢

--真山さんはいつ頃から小説家を志したのですか?

志したのは高校生の時ですが、漠然と考え始めたのは小学生6年生の頃です。親の話や、ニュースを見聞きするうち、世の中にはロッキード事件に代表されるような筋が通らない事件や、出来事が多すぎると感じるようになりました。

学校の学級会にも納得できなかった。同級生たちは、先生に忖度(そんたく)するような発言ばかりだし、話し合いも予定調和のように感じていました。だから、いつも終盤になると手をあげて、別の意見を訴えると次第に賛同者が増えていき、決定をひっくり返しました。毎度のことだったので、私が手をあげると教室は「また、はじまった」という雰囲気になっていました。

あまのじゃくな性格なので、みんなと同じ見方や考え方をしたくなくて、別の視点から物事を見るようにしていたのかもしれません。体育の授業でサッカーをしても、小学生の頃はボールに群がりがちですが、私は離れた場所にいて、ボールが出てくるのを待っていた。みんなが行くなら自分は行かないという、逆張りの性格だったんです。

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『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

同級生からは、弁が立つから政治家に向いているんじゃないかとも言われました。でも「政治家の家系じゃないし、派閥をつくるにしても20年も30年もかかるから政治家にはならない」と反論していました。

■「小説家になって世の中を変えたい」

--(苦笑)早熟な少年だったんですね。

大人は、生意気な子供だと思っていたでしょうね。

そのうち、自分が生まれた証しを社会に残したい、ひとりで社会を変えられる方法は何かと考えるようになりました。そして、小説なら、それが可能かもしれないと気付いたのです。

当時、私はポプラ社が出していた怪盗ルパンシリーズを愛読していました。20世紀初頭にフランス人作家が書いた物語を数十年後、フランスから遠く離れた日本の少年が読んでいる。しかも、そこから派生したルパン三世というキャラクターも人気だった。小説には、スゴい力があるんだな、と気付いたのです。

小説家になって世の中を変える、と親に宣言したのですがまともに取り合ってもらえませんでした。

高校生になると、小説家になりたいという考えは強くなりました。そのころ私は、フレデリック・フォーサイスやブライアン・フリーマントルなど、新聞記者上がりのイギリス人作家の小説を好んで読んでいました。日本で言えば、山崎豊子さんも新聞記者から作家になっていた。

取材した社会問題を小説という形で、世の中に問う。これはひとりで社会を変えられる仕事だと確信し、小説家になるために、まずは新聞記者になろうと考えたのです。

■論文のテーマは「小説で政権をひっくり返す」

--大学では小説について学んでいたのですか?

小説の力で社会や政治を変えたかったので、進学した同志社大では政治学の講義ばかり受けていました。なかでもいまも記憶に残っているのは、イギリス政治の講義です。先生は、日本で二大政党制は成立しない、と断言していました。民主主義が成熟していない日本ではムリだろう、と。

--慧眼ですね。日本では二大政党制を目指し、1996年に小選挙区比例代表制が取り入れられましたが、いまだ実現していません。

講義も面白かったですが、政治学にかかわるならどんな研究をしてもいいという。その先生なら私の野望を理解してくれるだろう、と「小説で政権をひっくり返す」というテーマで論文を書きました。

--楽しそうな論文ですね(笑)。

『ロッキード』を出した小説家の真山仁さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

自民党をどう倒すか。私なりに説得力があると思われる論文を書いたのですが「想像力と発想はいいけど、根拠に乏しく、妄想の域を出ていない」と60点の評価でした。

同志社大で、ひとつの出会いがありました。『ロッキード』でも取材させていただいた広瀬道貞さんです。テレビ朝日の社長や会長を歴任した広瀬さんは、当時、朝日新聞記者で、「補助金と政権党」という講義を受け持っていました。

30年ぶりに会って話を聞くと広瀬さんは「福島の災害復興だって、田中角栄のような人物がいれば、最優先すべきものを判断して、現場にもっとカネを入れて集中的な事業を展開していたと思うなぁ」とおっしゃっていた。

実は30年前、広瀬さんは、角栄に対しては非常に批判的だった。私が「昔はあんなに角栄を嫌っていたじゃないですか」と聞くと広瀬さんは「角栄のスゴさが分からなかった記者時代は未熟だった」と答えた。

■夢は変わらず、死ぬまで小説を書き続けたい

--「小説で世の中を変える」という夢はいまもお持ちなんですか?

もちろんです。去年ドラマ化された『オペレーションZ』は特にその思いが強かった。

--国債が暴落し、国家予算を半減する必要に迫られて、社会保障をすべてカットするという物語でしたね。

連載の時から書き方に迷いがあり、単行本化の際大幅に加筆修正しました。試行錯誤する過程で気付いたんです。声高に訴えても読者には届かない、と。

真山 仁『ロッキード』(文藝春秋)

先日、スパイ小説で有名なイギリス人作家のジョン・ル・カレが亡くなりました。彼はとても難解な小説を書くので有名だった。1冊、読破しただけで自慢できるほど難しかったのです。

でも70代に入り、どんどん物語がわかりやすくなっていった。物語でグローバリゼーションのおかしさを指摘し、若者に期待するようになった。驚いたのは、高齢にもかかわらず、恋愛を含めた若者たちの姿をとても巧みに描くこと。私は、ル・カレは晩年になり、読者に物語を届けようとしはじめたと感じました。

私もテーマを大上段に振りかざすのではなく、ル・カレのように、もっとソフトにわかりやすく、面白い物語を届けたいと考えるようになりました。物語がたくさんの読者に届けば、小説で社会を変えられる。私は、そんな思いで、小説を死ぬまで書き続けていきたいと考えています。

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真山 仁(まやま・じん)
小説家
1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業後、新聞社に入社。フリーライターを経て2004年『ハゲタカ』(ダイヤモンド社)でデビュー。以後、現代社会の歪みに鋭く切り込むエンタテインメント小説を精力的に発表し続けている。近著に『標的』(文春文庫)、『シンドローム』(講談社文庫)、『トリガー』(KADOKAWA)、『神域』(毎日新聞出版)などがある。『ロッキード』(文藝春秋)は初の本格的ノンフィクション作品。
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(小説家 真山 仁 聞き手・構成=山川徹)