必死に抵抗し、顔とか体が傷だらけとなったAさん

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は日本中で400万人を超えている。そして精神病床への入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床あり、世界の5分の1を占めるとされる(数字は2017年時点)。人口当たりで見ても世界でダントツに多いことを背景として、現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している。日本の精神医療の抱える現実をレポートする連載の第4回。

いきなり見知らぬ男たちに連れて行かれた

「本当に怖かったですよ。それこそ普通に誘拐じゃないですか。まるでSF小説のような出来事が、まさか現在の日本であるとは信じられませんでした」


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都内在住の元大学教員Aさん(52歳男性)は、今でもそのときのショックが忘れられない。2012年12月、たまたま実家に泊まった翌朝8時過ぎ、階下が騒がしく目を覚まして寝間着のまま階段を降りかけると、駆け上がってきた見知らぬ男2人に、両脇と足を押さえられ、家から無理やり連れ出されそうになった。

恐怖からAさんは柱や玄関の開口部を手でつかんで必死に抵抗したが、もう1人の男も加わり3人に引きはがされて抱えられたまま、家の前に停められたワゴン車に押し込められた。

「名乗りもせず、連れ出した理由もどこに行くのかも、まったく伝えられませんでした。車から降りて初めて、精神科病院に連れてこられたとわかりました」

移動中の1時間超の間も解放するよう求めて必死に抵抗したが、男たちに腕や腰を押さえつけられた。その結果、病院の診断書によれば、「加療2週間の頚部打撲および頸椎捻挫、全治3日間の頭部外傷および顔面外傷、眼球打撲傷」の傷害を負った。

事の発端は思いもかけないことだった。実はAさんの様子を心配した親族がよかれと思って病院に相談したところ、こんな事態になってしまったのだ。その後、Aさんは精神疾患ではなく、電磁波過敏症と診断されている。

家を出る時点では無傷だったのに、病院には顔と体が傷だらけで到着したと知ったAさんの父親が、この業者に詳しい報告を求めると、届けられた報告書にはこう結論付けられていた。

「弊社としては、本件については正当な業務行為であり、対応としても安全などの確保の観点から必要最小限の対応をしたものであると認識しております」

連れて行かれた精神科病院でのAさんのカルテには、この業者のことを「民間救急」「民救」と表現していた。本連載の第3回「夫の策略で『強制入院3カ月』妻が味わった悪夢」(2020年4月1日配信)でも触れたが精神科病院への移送を担うこれらの業者は、いったい何者なのだろうか。

精神科特有の強制入院の1つ「医療保護入院」(同制度については、連載第2回「精神病院から出られない医療保護入院の深い闇」【2020年3月1日配信】で詳報)のための患者の移送については、1999年の精神保健福祉法の改正で、都道府県知事が公的責任において行う制度が新設された。Aさんのように家族等の依頼を受けた民間警備会社が強制的に行うなど、人権上問題視される事例が発生していたためだ。

ところが、この公的移送制度は活用されていない。厚生労働省の調査によれば、施行された2000年度から2014年度までの15年間で、公的移送件数は1260件にとどまっている。年間18万件を超える医療保護入院の届出数(2018年度)からすると、ほとんど機能していない。

厚労省は実績の少ない理由として、適用の判断の難しさ、実施体制の確保の難しさなどを挙げるが、移送の実行までに自治体による事前調査や精神保健指定医の診察を要するなど、要は入院をさせたい側にとって使い勝手が悪いためだ。

その結果、法改正で排除を狙ったはずの警備会社などの民間移送業者が、今も精神科病院への移送のメインプレーヤーとして利用されている。

移送の中心担うのは警察官OB

「自分が行った精神科病院への移送のうち、明らかに精神疾患のある方は2割ぐらいで、あとは何らかの家族内でのトラブルが原因のように感じられた」

元警備会社勤務の40代の男性はそう振り返る。男性は10年間でおよそ200人の移送を経験した。案件の内容によって3〜5人でチームを組み、同社ではチームのリーダーは警察OBが担うことがほとんどだったという。

「精神科への移送業務には、警察官のノウハウが満載だ。移送は決まって早朝に行われたが、抵抗されにくい寝起きを狙うのは警察のガサ(家宅捜索)と一緒。硬軟織り交ぜて説得するのも取り調べ経験からお手の物だし、元警察官2人に両脇を抱えられたら身動きが取れないのも当然だ」(男性)

移送は移動時の安全確保を目的とした身辺警備(第4号警備業務)の1つという位置づけだ。そのため、「『きっちり契約書を取り交わしており、警備業法で規定のある業務である』と言われると、たとえ警察を呼ばれても問題となりにくいのでは。また警察官はOBに弱い。実際10年間で一度も警察沙汰になるようなことはなかった」(男性)とされる。

先のAさんも連れ去られるときに110番通報して警察官も到着したが、必死に抵抗して「助けてくれ」と頼んでも何もしてくれなかったという。

男性によれば、精神科移送業務の料金は警備員1人当たり1日5万円程度が相場だという。Aさんのケースでも父親は計21万円を支払っている。高額な分だけ融通が利くというわけだ。

その一方、公的移送制度と異なり条件の制約などもないため、悪用されるケースも当然少なくない。

財産目当てで精神科病院送りに

「見知らぬ男たちに羽交い締めにされて、宇都宮ナンバーのワゴン車に連れ込まれた。財布や携帯電話などもまったく持ち出せなかった」

北陸地方で介護関連施設を経営していた70代男性のBさんは、精神科移送業者の対応について憤りをあらわにして語った。Bさんに精神疾患の既往歴は一切ない。

元警察官のBさんは定年退職後、退職金を元手に看護師の妻と一緒に介護事業を立ち上げた。経営が軌道に乗り出した頃、それまで20年近くほぼ音信不通だった長男から、自分も介護施設を経営したいと打診された。Bさんの会社名義で銀行から融資を受けたが、長男の事業構想は暗礁に乗り上げてしまった。「事件」が起きたのはそんなさなかだった。


仕事中に踏み込まれ、他県の病院に送られたBさんと看護師の妻

2018年12月ある日の午前6時45分。Bさんがいつものように施設で利用者の朝食を準備していると、長男が男4人を連れて厨房に踏み込んできた。「認知症だからこれから病院に連れていく」と告げると、精神科移送業者の男たちは有無を言わせず、足と脇を抱えてBさんを引きずっていった。

やり取りを目にした施設利用者が騒ぎ出し、妻は「お父さんには認知症なんてない」「看護師だからわかるが、認知症と診断されるわけはない」と強く主張したが、問答無用とばかり妻に行き先も告げないままワゴン車は施設から走り去った。

「車中では5時間半の間、ジャンパー姿の屈強な男たちに囲まれて連れていかれた。パーキングエリアでトイレ休憩した際も、自分だけは外出が許されず尿瓶の利用を強要された」(Bさん)

結局Bさんは、自宅から遠く離れた栃木県宇都宮市内の精神科病院で1カ月強の入院を余儀なくされた。

Bさん同様、遠方からの「患者」を多数受け入れている、この宇都宮市内の精神科病院で起きていることについては、今後の連載で取り上げる予定だ。

「精神科病院に入院させてしまえば、肩代わりした事業資金のこともうやむやにできるとでも考えたのだろう。それにしても、本当に認知症で大変なら妻から病院に相談があるはず。それにまったく取り合わず、一緒に住んでもいない長男の言い分のみで、こんな拉致・監禁がまかり通るとは」(Bさん)

その後、長男とは再度、音信不通状態だという。

難しい責任追及

実際、こうした精神科移送業者の行為に対し、賠償責任が認められたケースもある。2013年、大阪地方裁判所は離婚訴訟を有利に進めるために、医師に虚偽の説明をして元妻を精神科病院に強制入院させた元夫に損害賠償の支払いを命じた。同時に元妻の意に反する移送をしたうえ、加療を要する傷害を負わせたとして、移送業者も損害賠償責任を負うとした。

だが、精神科移送業者が表立って責任を問われることは極めてまれだ。こうした相談を何件も受けたことがあるという、内田明弁護士は「通常は被害にあっても業者すら特定できないケースがほとんどで、証拠が乏しく責任追及することは現実的には難しい」と話す。

冒頭のAさんの言葉を借りれば、「まるでSF小説のような出来事」がまかり通っているのが、現代日本の精神医療の現実だ。

(第5回に続く)

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