テレホーダイ終了について考えてみた!

東日本電信電話(以下、NTT東日本)および西日本電信電話(以下、NTT西日本)は20日、固定電話のIP網移行について記者説明会を開催して「マイライン」や「タイムプラス」といった複数のサービスを終了すると発表しました。その資料の中で筆者の目に留まり、つい感傷に浸ってしまったのが「テレホーダイ」の終了でした。

テレホーダイと聞いて懐かしく思う人は少なくなったかも知れません。今の若者であれば知る由もないサービスでしょう。40代や50代の人でも「そういえばそんなサービスもあった気がする」と、利用していなかった人もいると思います。

日本のインターネット黎明期を支え、人々に世界中と繋がるコミュニケーションの楽しさや情報を発信する面白さを教えてくれたテレホーダイ。そのサービスが2024年1月以降に順次終了を迎えることとなり、インターネットの世界でまた1つ歴史に幕が引かれようとしています。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はテレホーダイ終了に想いを馳せつつ、インターネット老人会的な昔話をしたいと思います。

as-216-002
また1つの時代が終わる


■インターネットブームを支えたテレホーダイ
テレホーダイが始まったのは1995年です。当時世界的に電話回線を用いたインターネット利用が大きなブームとなり、日本でも従来のパソコン通信からさらに世界へ開かれたインターネットへの移行が進む中、問題とされたのが通信料金(電話の通話料金)でした。

当時はまだ同一区域内の場合3分10円程度だったと思いますが(深夜料金はもう少し安かった)、それでも1時間も通信を行えば200円、それが1ヶ月も続けば6,000円、1日2時間インターネットを利用すれば1ヶ月で1万円すら超えました(しかもそれはプロバイダ料金とは別だった)。

これではインターネットの普及も進まないと考え出されたのがテレホーダイです。一般的な電話利用が非常に少ない深夜帯(23時~8時)に限定し、同一区域内であれば月額1,800円で利用できるというのが最大の特徴で、当然一般的な電話利用も可能でしたが、真っ先に飛びついたのはデジタルデバイスやテクノロジーのアーリーアダプターたる、当時のパソコンユーザーだったのです。

筆者が初めて自分用としてPCを購入したのが1998年で、インターネット契約(プロバイダ契約)を行ったのは1999年でした。1999年ですらインターネット利用はまだまだ一般的ではなく、同一区域内でプロバイダサービスを行っている通信会社を見つけるのに一苦労したことを思い出します。

as-216-003
ようやく見つけたプロバイダが当時のODNだった


プロバイダ契約とともにすぐに行ったのがテレホーダイの契約です。

これによってインターネット利用は深夜帯に限って毎日使い放題となりましたが、23時以降という時間帯の制約から、当時のインターネット利用者=不健全な人々(忖度なく書いてしまえばパソコンオタク)というネガティブイメージも付いてしまいました。

as-216-004
家族が寝静まる中、ごそごそとPCを叩いている姿は奇異の目で見られても仕方がなかった


■あまりにも速すぎた通信技術の進化
そんなインターネット黎明期を支え、普及の一助となっていたテレホーダイも、すぐに人々から忘れ去られていきます。

インターネットブーム以前から続いていたISDNも普及し始めていた上、1998年末にはADSLサービスも日本国内でスタート。2000年代に入るとソフトバンクによるADSLモデムの街頭での無料配布などによって一気に普及が加速し、そのADSLサービスすらも通信サービスの本命と目されていたFTTH(光回線)接続サービスへとさらに移行していきます。

モデム回線の33.6~56kbpsからISDNの64~128kbpsへ、そしてADSLで1~10Mbps、ケーブルテレビによるインターネット接続サービスで10~30Mbps、そして光回線で一気に100Mbps超の世界へ。

1995年から数えたとしても、わずか10年あまりで一般家庭の通信速度は2000~3000倍にも到達したのです(理論値であり実際はもっと低かったが、それでも数百倍にも達する圧倒的な速度向上だった)。

as-216-005
一般家庭への急速な光回線普及の背景には、通信各社による激しい料金競争があったことは言うまでもない


1999年や2000年頃には、テレホーダイ利用者が23時を過ぎると電話回線に殺到して電話が繋がりにくくなる状況すら頻発し、「テレホタイム」などと揶揄されるほどの社会現象すら起こしましたが、それも完全定額制料金のフレッツISDNやADSLサービスの普及によって解消されていきます。

その後の通信の歴史は人々の記憶にも新しいところではないでしょうか。一般家庭用回線の主流は光回線へと移り、さらにはモバイル回線(広域無線通信回線)が3G、4Gと進化する中でスマホが登場します。

人々が自宅の電話回線からインターネットへつなぐことはなくなり、個々が持つスマホがインターネット端末のファーストデバイスの座を不動のものとしました。

もはやそこにテレホーダイは必要ありません。今や私たちは時間も場所も気にせず、月額3,000円以下で数百Mbpsの超高速通信を思う存分楽しめるのです。

as-216-005
自宅のPCの通信でさえ、スマホからのテザリングによって済ませてしまえる時代になった


■テレホマンを知らない世代へ
1999年に勃興し、またたく間に日本のインターネット界隈で知らぬ人のいない存在となった巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」(現在は「5ちゃんねる」)。その掲示板で、2000年代に流行ったアスキーアートがあります。

それはウルトラマンに登場するジャミラのような姿で毛皮を着ている原始人のようなキャラクターで、「テレホマン」と呼ばれました。それはかつてテレホタイムに殺到していたパソコンオタクたちを揶揄しつつも、ユーモアとともにネタにしたものでした。

2000年代中頃ですらテレホマンは「旧時代の化石」扱いだったために、このようなステレオタイプの原始人スタイルになったと記憶しています。

あれからさらに20年あまり。今やテレホマンは化石どころかその存在すらも知らない人々によってインターネットが利用されています。筆者も当時のテレホマンの1人ですが、今は最大1Gbpsの光回線を使って仕事も遊びも満喫しています。

過去があるからこそ今があり、そして未来があります。テレホーダイに限らず通信サービス終了の知らせを聞く度に、いつも多くの思い出が光の速さで頭の中を流れていくのです。

as-216-007
サンキューテレホマン。フォーエバーテレホマン


記事執筆:秋吉 健


■関連リンク
エスマックス(S-MAX)
エスマックス(S-MAX) smaxjp on Twitter
S-MAX - Facebookページ
連載「秋吉 健のArcaic Singularity」記事一覧 - S-MAX
このエントリーをはてなブックマークに追加

タグ :