I will sing you a song
And it won't be very long
'Bout a maiden sweet
And she never would do wrong
ひとくさり歌いましょう
そう長い歌じゃありません
ひとりの愛くるしいおとめのことを
彼女は決して過ちを犯さない
Everyone said she was pretty
She was not long in the city
All alone, oh, what a pity
Poor little maid
誰もが彼女を美人だと言った
あの娘はそう長く街にはいなかった
ずっとひとりぼっち、なんて気の毒なこと
あの貧しきおとめは

She went out one night
Did this innocent divine
With a nice young man
Who invited her to dine
彼女はある夜でかけた
神々しいほど無邪気に
すてきな若い殿方と
夕食に誘ってくださったお方と

Now he's sorry that he met her
And he never will forget her
In the future, he'll know better
Poor little maid
今や、彼は彼女と出会ったことを悔やむ
そして彼女を決して忘れられないだろう
これからも、さらに知ることになるだろう
あの貧しきおとめのことを

*She never saw the streets of Cairo
 On the Midway, she had never strayed
 She never saw the kutchy, kutchy
 Poor little country maid
*カイロの街角なんて見たこともなかったし
 目抜き通りをさまよったこともなかった*1
 ベリーダンスショーなんて見たこともなかったのに*2
 この貧しき田舎娘は

*Refrain
*繰り返し

She was engaged
As a picture for to pose
To appear each night
In abbreviated clothes
彼女はとっても忙しかった
写真の前でポーズをとるのに
夜ごとに現れる
薄い衣装をまとって

All the dudes were in a flurry
For to catch her they did hurry
One who caught her now is sorry
Poor little maid
男どもは皆色めき立ち
彼女を手に入れようと焦ったのだった
彼女を捕まえた一人は今残念なことになっている
あの貧しきおとめを

She was much fairer far than Trilby
Lots of more men sorry will be
If they don't try to keep away from this
Poor little country maid
彼女はあのトリルビーよりもきれいだった*3
大勢の男たちが残念なことになるだろう
彼らが諦めようとしないのなら
あの貧しき田舎娘を

*Refrain

*1 「midway」は中途地点という意味ではなく、博覧会やお祭りの会場やそれに付随する仲見世通りも指す。後述のシカゴ万博をきっかけに、ヒロインがダンサーとなったことをうかがわせる。
*2 hoochie coochie(フーチー・クーチー)とも、お腹を丸出しにするので「ベリー(お腹の)ダンス」とも呼ばれる、露出の激しい衣装で激しく腰やお腹をくねらせるダンスは、1893年にシカゴ万博博覧会で紹介され、アメリカで一世を風靡した。

*3 『トリルビー』は1894年に出版され人気を得た小説、演劇、および同名のヒロイン。『悪魔スヴェンガリ』として映画化もされた。『オペラ座の怪人』にも影響を与えたとされる。パリのボヘミアンたちを魅了するモデル兼洗濯女の美少女トリルビーは、特徴的な美声を持っていたが音痴だった。悪魔的な催眠術師スヴェンガリに催眠術をかけられたことで歌姫として成功するが、その影響で心身を害してしまい、スヴェンガリの死後も影響下から抜けられず病死する。

悪魔スヴェンガリ(字幕版)
ブラムウェル・フレッチャー
2021-07-07




text: James Thornton (1861 – 1938)
tune: 作者不詳のメロディに基づき、作詞者のソーントンがアレンジしたもの

海外アニメのアラビアとかエジプトとか蛇使いとかセクシーな踊子とかのシーンで必ず使われるけど正体がよくわからない例のメロディ。《アラビアン・リフ》、《蛇使いの歌》などの通称がある。
発祥は不明だが、今は失われた17世紀のアルジェリア民謡に由来すると考えられている。文献初出は1719年にフランスで出版された《Colin prend sa hotte(コリンは頭巾をかぶって)》の最初の旋律。その後、1845年にドイツのピアニストで教則本向け曲を得意としたフランツ・ヒュンテン(1792-1878)によって、今の形に近いピアノ曲として出版された。

1893年にシカゴで行われた万国博覧会で「カイロの街角」をテーマにした展示のイメージ曲として使われたことで、アメリカでも広く知られるようになった。この展示は蛇使いやらラクダやらハレムの踊子風ベリーダンサーやらが登場する、いささかいかがわしげなものだったようだ(余談だが、この万国博覧会は日本も参加し、日本建築を展示して評判をとった)。
ソーントンが作詞したこの曲は1895年に著作権が取得され、女性歌手であったソーントンの妻によって歌われ人気を博した。貧しく哀れな田舎娘が転落する物語かと思いきや、貧困から身を起こし大勢の男を手玉にとってはスッテンテンにして去っていくしたたかなセクシーダンサーの物語となっている。



クラシックアニメでは、定番のギャグとしてしばしばこの旋律が登場する。腰をくねらせるアクロバティックな動きはアニメ技術の見せどころでもある。

カーニバル・キッド(1929)冒頭で、ベリーダンサーのミニーを売り込むカット・ニップ(ペグレグ・ピートに似ているが別猫)の客寄せ歌として歌う。


ベティの仮装舞踏会(1931) 王様とビン坊が女王様のベティを取り合いすると、ベティのスカートがまくれあがってしまうという少々きわどいシーンで使われる。


収録アルバム:Souvenir Music from the Worlds Columbian Exposition of 1893




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