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2021年1月13日にKDDIが「povo」などの新料金を打ち出したことで、ひとまず携帯大手3社の新料金プランの方向性は明らかになりました。3社の手の内が明らかになったことで今後調整が入れられていくでしょうが、ひとまず3社の動きは小休止といったところでしょうか。
ですが携帯大手の新料金プランで、この1、2か月のうちに大手3社以外の事業者は一気に窮地に立たされてしまったといえるでしょう。新興の楽天モバイルもその1つではありますが、より一層厳しい立場に立たされたのがMVNOです。
MVNOはコストがかかる実店舗を持たずオンラインでの販売を重視し、携帯大手より大幅に安い料金でモバイル通信サービスを提供することで成長してきました。ですが菅政権の強い値下げ圧力により、携帯各社が短期間のうちに、MVNOのお株を奪うオンライン販売などを取り入れ、相次いで安価な料金プランを投入してきたことで一気に競争環境が変化。窮地に立たされてしまったのです。
実際NTTドコモの「ahamo」やソフトバンクの「SoftBank on LINE」、KDDIの「povo」などは、サービスをオンラインに絞ることで月額2000円台かつデータ通信量20GBで5Gの通信も可能ですが、MVNOで同じ20GBの料金プランを見た場合、イオンモバイルの「音声20GBプラン」で月額3980円、mineoのデュアルタイプの20GB(Aプラン)で4590円と、いずれも1000円以上高い上に通信は4Gのみという制約もあり、現状のままではとても太刀打ちできないことが分かります。
よりMVNOにとっての脅威となりそうなのが、KDDIの「UQ mobile」ブランドが打ち出した「くりこしプラン」です。中でも最も安い「くりこしプランS」は月額1480円で3GBのデータ通信が利用可能ですが、これはIIJmioの「ミニマムスタートプラン」(音声通話機能付きで3GB・月額1600円)やmineoのデュアルタイプ・3GB(Aプラン)(月額1510円)と同水準なのです。
料金が大して変わらないなら脅威にならないのでは?と思われる人もいるかもしれませんが、忘れてはいけいないのはネットワーク品質です。UQ mobileはKDDI自身のネットワークを潤沢に活用できることから、お金を払って大手から回線を借りているMVNOと比べネットワークの幅が広く、昼休みなどの混雑時に通信速度が低下しにくいのです。
それに加えてUQ mobileは実店舗も持ち、サポートも充実しているなど安心感が大きい。3GBプランはMVNOの最も売れ筋プランとされているのですが、その3Gプランで携帯大手がMVNOに並ぶ料金を実現したとなれば、ネットワークやサポートで不利な立場にあるMVNOは競争上圧倒的に不利なのです。
だったらMVNOもより安いプランを出せばいいのでは?と思う人もいることでしょう。実際日本通信は、NTTドコモがahamoを打ち出したのに対抗するかたちで、月額1980円で16GBのデータ通信と月当たり70分の無料通話が付属する「合理的20GBプラン(今は16GB)」を2020年12月10日より提供を開始しており、ahamoのサービス開始に合わせて通信量を20GBに増量するとしています。
ですがそうした対抗策を打てるMVNOは非常に少ないというのが正直なところです。そもそもMVNOがデータ通信のネットワークを借りる際に支払う接続料は電気通信事業法で決められており急に変わるものではありませんし、音声通話の卸料金に関しても、携帯各社の卸料金がまだ大きく変わったわけではありません。
MVNOがサービスを提供する上でのベースとなる、携帯大手から回線を借りるための料金が大きく下がっていない現状、料金を大幅に引き下げるのは難しいのです。ただでさえここ数年の競争激化で多くのMVNOは利益を引き下げ、薄利多売の状況が続いていただけに、さらに料金を引き下げるとなれば経営が成り立たなくなるMVNOが続出するのではないでしょうか。
つまり携帯3社の新料金プランは、多くのMVNOにとって競争上の脅威を通り越し、もはや“なす術なし”という状況を生み出してしまったともいえるでしょう。そうしたことからMVNOの業界団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会は2021年1月18日、総務省に要望書を提出。携帯大手の廉価プランにMVNOが同じ条件で競争できる環境を確保するよう、緊急措置を求めたのです。
2021年1月19日に実施された総務省の有識者会議「接続料の算定等に関する研究会」の第40回会合では、テレコムサービス協会MVNO委員会の島上純委員長が、MVNOが携帯大手の新料金プランと同じ条件で競争できない現状を訴え、即急の改善を求めています。
島上氏はその席上、ahamoなど月額2980円で20GBのプラン(以後、廉価プラン)と、MVNOとの料金を比較。当日提出された資料では、各プランから音声通話やSIMなどの料金を差し引いたデータ通信関連の料金から、それぞれのGB当たりの単価を算出しているのですが、廉価プランが64円であるのに対し、MVNOの料金プランでは200円前後と3倍近い差が付いているとしています。
島上氏はさらに、国内の移動通信トラヒックと、携帯各社の2021年のデータ通信接続料(1Mbps当たりで最も安いKDDIが2万7790円、最も高いNTTドコモが3万3211円)を合わせて試算したところ、GB当たりの単価は104〜123円となり、廉価プランのGB当たりの単価がそれを大きく下回ってるとも説明。公開された情報を基に計算したものであるためあくまで概算ということにはなりますが、いずれにしても現状の接続料では、MVNOが廉価プランに太刀打ちできない様子が見えてきます。
そうしたことからテレコムサービス協会MVNO委員会は、要望書で総務省に3つの要望をしています。1つ目はデータ通信の接続料の可及的速やかな引き下げ、2つ目は廉価プランと同じ条件で競争できるルールの整備で、接続料が妥当な水準かどうかを検証するスタックテストの導入などを求めているようです。
そしてもう1つは音声通話の低廉化に向けた取り組みの加速です。すでに携帯大手各社は音声卸料金の見直しや、専用のアプリなどを使う必要なくMVNOの安価な通話サービスが利用できる「プレフィックス番号自動付与機能」の開発などを打ち出していますが、まだ実現には至っていないことから、早期実現のため踏み込んだ対応を総務省に求めているようです。
もちろんこれらは、総務省が2020年10月に公表した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」でも打ち出され、取り組みが進められていたものであります。実際アクションプランでは、データ通信の接続料に関して3年間で5割減らすこと、音声卸料金については2021年夏までに検証の上適正化を図るとしていましたし、携帯大手の側もアクションプランに沿って接続料低減などの準備を進めていたと考えられます。
ですが短期間のうちに菅政権、ひいては武田良太総務大臣による業界への強い圧力によってahamoをはじめとした安価なプランが一斉投入されたことで、アクションプランのスケジュールのまま進めていてはMVNOがバタバタ潰れかねないという、諸々の辻褄が合わない状況が生まれてしまったといえるでしょう。
もちろん携帯大手が全ての条件をのんで接続料の大幅な引き下げに応じれば問題は解決するのかもしれません。ですがただでさえ携帯料金の大幅な引き下げを求められたことで業績に甚大な影響を受けているのに、それに加えて接続料の3年以上前倒しでの引き下げを求められたとなれば、少なからず反発が出ることは必至でしょう。
携帯大手の料金引き下げと、その携帯大手から値段の安さで顧客を奪い、成長してきたMVNOの競争力維持を両立するというのは、相反する部分があるように見えるというのが正直なところです。ですがMVNOが市場から撤退すれば携帯市場はいよいよ競争のない、無風状態となることも確実でしょう。それだけに総務省の職員は、菅政権の圧力で生まれた無理難題の辻褄を合わるため、胃が痛い日々が続くことになりそうです。