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確かに、日本の百貨店のインバウンド売上高は、一時の勢いを失って減少傾向にある。ただ、その中でも堅調を維持しているのが化粧品。百貨店を訪れると、にぎわいがあるのは訪日中国人に人気の高い化粧品ブランドのカウンターだ。もちろん、化粧品なら何でもよいというわけではない。わざわざ日本で買わなくてもいいブランドや知名度が高くないブランドのカウンターは閑散としていて、勝ち負けははっきりとしている。その中でSK-?は、まさに常勝だ。一昨年から50人以上の訪日中国人女性に対面インタビューを行ったが、ほとんどの場合、日本で買いたい化粧品ブランドのひとつとしてSK-?が出てくる。ほかの人気ブランドは、台湾や香港の有名人の間で評判になったことで、はやるようになったものや、日本でしか買えない日本ブランドだが、SK-?だけは中国本土にも店舗があり、普段から高級化粧品としてよく知られている。ただ、日本で買うほうが安く、扱う商品に定評のある百貨店やドラッグストアで手に入れられるために、やはり訪日中国人の需要があるのだ。高級化粧品としてのブランドは価格と品質で確立してきたものだが、加えて最近は、中国国内で流した2つのCMの"ヒット"もあり、消費意欲をいっそう押し上げている。
「売れ残り女」を取り上げヒットした理由とは?
「剰女(シェンニュイ)」は、日本人の中国通の間でもよく知られている言葉であるが、これは「売れ残り女」という意味だ。SK-?は、2016年にCMで「剰女」たちを取り上げ、中国の特にSNSで大きな話題になった。メインキャラクターの3人は、いずれも25歳以上の女性で仕事では優秀だが、まだ結婚していない設定だ。これは、「女の成功=夫婦円満」と思う親からみると、自分の教育が失敗したも同然の事態である。「結婚してくれないと、父さんは死ねないよ」「可愛くない子だから、残ったのかもしれないね……」などと言われ、親孝行を何よりも大事にしている中国人女性が、「結婚しないことは親不孝」という呪いに束縛され、自身も苦しむシーンを描写したことが多くの女性の共感を呼び、見事なまでにハートに刺さったのだ。日本では、「夫はサラリーマン、妻は専業主婦」という家族は少なくなり、女性のライフコース(就学、就業、結婚、出産などを含めた人生の道筋)が多様化している。初婚・初産年齢は年々上昇し、30代後半や40代の結婚・出産も増えていれば、生涯未婚を選ぶ女性も増えている。それぞれの成功例も多いために、自分が歩んで行きたいライフコースを選び、自分の理想に近づけていくことができる。日本では、成人後は一人暮らしをするケースが多く、出産後も夫婦だけで育てるケースが多い。親も時間と資産のすべてを子供に投じることは多くはないようで、中国に比べて親子双方の独立性が高いと言えそうだ。一方、中国では、1950年代から「女性は半分の天を支える」と言われ、共働きが一般化してきた。なぜかというと所得に加えて、社会保障や福祉制度も十分でないために夫1人だけでは家族を養えず、同時に女性が独りで生きていくのも大変だからだ。そのため、「専業主婦は貴婦人にしかできない」と言われていた(日本は専業主婦が多かったことが、中国人が「日本人はお金持ちが多い」と思っていた理由のひとつかもしれない)。
中国では、一見して雇用環境は男女平等だが、その一方で選びうる女性のライフコースとなると限定的だ。親世代は平凡な人生が何よりと考えている。だから、官公庁や学校、あるいは国有企業といった給料はそこそこだが解雇の心配がなくて福利厚生がよく、残業がないところに就職してほしいと願う。そして、20代に結婚・出産し、早く帰宅して家事をこなし、そのまま平穏に歳を取っていく人生が、理想的な女性の生き方だと思っている。なぜかというと、親世代では、このような人生を送った女性がいちばん幸せそうに見えたからだ。独身女性というのは、一緒に暮らしてくれるパートナーがいないし、給料が安く、悲惨な人生しか送れない最悪なケースだと考えられてきた。だから、自分の子供には絶対そのような人生を送ってほしくないし、そのような娘の親だという立場にもなりたくないのである。そして、中国の親は、自分の子供をある意味では自分自身と同一視し、人生のすべてを懸けている。留学させてマンションを買ってあげて、就職先も探し、孫の面倒も見てあげるほどに子供の人生を背負っている。そこまでするのだから、子供には自分の思いどおりに行動してほしいと願う。しかし、親世代の「独身=失敗」というような考えは、中国でも今の時代にはもう通用しなくなっている。若い世代の女性が、こうなりたいと思う姿や人生は、以前に比べてずっと多様化しているからだ。優れた教育を受けてきて、仕事の能力も十分あるのでもっと職場で輝きたい人。仕事と結婚、そして子育ても両立したい人。「もう、25歳だから結婚しなきゃ」という価値観から離れ、高い給料で自由な生活を送りたい人。「車もマンションも持っている男性が最高の結婚相手」という考えをばかばかしいと思う人。専業主婦になりたい人――といった具合だ。教育や経済の環境が以前に比べ大きく前進し、選べるライフコースが増えたため、自分の人生は自分で決めたいという「個」の意識がよりはっきりと育ってきた。ただ、それでも親孝行という伝統意識は消えずに根本にある。だから、自分らしい生活をしたいと思いつつ、親の思いどおりに行動しない自分は親不孝という罪悪感も同時に持つ。
「SK-?」のCMに日本企業が学ぶべきこと
つまり、結婚市場にとっての「売れ残り」というより、自分の親にとっての「売れ残り」ということである。そして、中国女性が何よりも求めてやまないのは、愛しているし愛してもくれる大きな存在である親から独立した「個」としての自分を理解してもらうことだ。今回SK-?の広告が多くの中国女性を「感動させた」とまで評価されたのは、CMの最後に、親に自分の思いを伝え、そして、親がそれを理解してくれたというハッピーエンディングがあったからだ。親から独立して自分らしく、楽しく生活するという先進国並みのライフスタイルの追求に加えて、自分をいちばん苦しめている親世代との意識の格差を解消し、お互いに理解し合うということは、若い中国女性がいちばん求めていることだろう。SK-?は、ターゲットである彼女らのニーズを、とても深く把握していたというわけだ。「剰女」に加えて、もうひとつのSK-?のCMも大きな話題になった。以前の記事でも「網紅(ワンホン、インターネットで人気を集める人)」「顔値(イエンジー、顔の偏差値のような外見レベルのこと)」など、今の中国の流行語を紹介してきた。今回、SK-?のCMに関して紹介するのは「男神(ナンシェン)」だ。「男神」は「女神」の対照語だが、もともとは中国語にない言葉で、女性にとって神様のような存在を指している。日本で言えば、10年以上前にあった韓国人俳優のペ・ヨンジュンの「ヨン様」ブームで見られたような熱烈なファン心理を呼び起こすスターを考えてもらえばよい。お笑い系、イケメン系、かわいい系などいくつかのジャンルがあり、その中で「禁欲系男神」というジャンルがある。普段はクールで礼儀正しく他人に興味などないようだが、愛する人の前では素顔を見せる、いわゆる「ツンデレ」的なキャラクターを指してこう呼ぶ。その「禁欲系男神」のナンバーワンとして、非常に高い人気を誇るのが、台湾出身の俳優である霍建華(ウォレス・フォ)だ。最近、人気ドラマの主役を演じたことで、その地位をつかんだ。俳優に専念し、広告などにあまり出ていないために、控えめで神秘的なところもある有名人という印象である。だから、女性の理想を具現化していて、手の届かない男神にぴったりだ。確かに、若い女性の間で大人気だし、40歳近くになっても肌がきれいだ。でも、「まさかSK-?のイメージキャラクターになるとは!」と、ファンの女性もあっと驚く起用だったことは間違いない。「男神」のウォレス・フォは、SK-?の「運命を変えよう」というCMで格好よさを存分に見せつけ、メーカーの狙いどおりに「憧れの男神が自分をターゲットとしている化粧品を使っている」と、見事に女心を引き付けた。昨年の夏、訪日中国人にインタビューした際には「日本に来たら絶対SK-?を買わなきゃ!だって、男神がキャラクターをしているブランドだもの」「実際に彼の肌はきれいだし、あまりCMに出ない人だから、自分で使って良いと思いCMに出たのでは。だから商品を信頼できる」といった声をいくつも聞いた。
彼女たちへのインタビューで感じたのは、ファン心理も相まっての購買意欲の強さ、男神の高い好感度や説得力だ。SK-?の場合、「女性化粧品には女性のキャラクターを起用する」という固定観念から離れて、思い切って商品のターゲットである女性があこがれている男性有名人を起用したことで、話題を集め、実際の購買行動にもつなげることができたと言えるだろう。SK-?の広告には議論も多い。剰女のCMでは「リアルな現実を描いている」と歓迎する声もあれば、「剰女をテーマにするのは、女性差別ではないか」との声も聞いた。しかし、間違いなく評価に値するのはターゲットである中国人女性の微妙に揺れる心理、そして真のニーズをしっかりと把握できていた、ということだ。日本企業が中国人の消費を取り込むためにどうすればよいかを考える場合も、根本的に必要な要素は、SK-?と同じだろう。日本ブランドに高い関心や好感を持っている中国人が多いのは確かだ。でも、たとえば、日本人女性に人気のある雑貨を爆買いする若い世代は、金色や赤など日本人が想定する典型的な「中国人の好み」に合わせたモデルの商品には関心が低いかもしれない。自社商品のターゲット層が本当は何に悩み、何を望んでいるのか――。簡単には見えてこない心理や真のニーズを深く掘り下げて、最適なアプローチをあらためて検討することが、大きな成功を収めるためには避けては通れない過程なのだ。
著者劉 瀟瀟 :三菱総合研究所 政策・経済研究センター研究員<関連記事(東洋経済オンライン)>・20代女性を虜にするアパレルブランドの正体・三越銀座店、鳴り物入り免税店の悲しい現状・「越境EC」は爆買い終焉後の救世主になるのか