アンケート調査と消費者心理について考えてみた!

Appleのスマートフォン(スマホ)「iPhone 13」シリーズが発売されて2週間ほどが経ちました。そろそろ各メディアでの話題も落ち着き、緊急事態宣言が解除された都内を歩いていてもぼちぼちとその姿を見かけるようになりました。

毎年新型が発表される度になんだかんだとさまざまな話題が飛び交いながら「iPhone」は確実に売れています。しかしながら、その売れ行きに関して昨年から若干不思議な現象が起きています。その「なんだかんだ」に相当する事前購入調査やユーザーアンケートと、実際の購入状況が一致しない(乖離している)のです。

仕事柄、筆者は消費者を対象にしたアンケート調査などを非常に重視し、その数字から利用者の動向やニーズを推察することが多々ありますが、そういった推察や予想がことごとく外される異常事態が昨年のiPhoneシリーズから起きているのです。これは一体どうしてなのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はiPhoneシリーズの購入アンケートと実際の購買状況の乖離について、その原因や消費者心理について考察します。

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アンケート調査で一体何が起きているのか


■事前調査と販売実績の乖離
iPhoneシリーズ、とくにiPhone 12シリーズ以降における事前調査の内容と実際の購買状況の乖離については、本連載コラムの中でも何度か引用してきました。

端的に言ってしまえば、iPhone 12 miniやiPhone 13 miniといった「miniシリーズ」の事前人気と売れ行きがまったく一致しないのです。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:iPhone 12 miniは「真の多様性」を切り開く!大画面化や重量化の先に見つけたニーズの変化を考える【コラム】

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2020年にiPhone 12 mini発売の噂が立っていた段階での海外の事前調査では、50%以上の人が「5.4インチのディスプレイが好ましい」と回答し、さらにiPhoneにminiモデルがラインナップされたら購入するかという設問でも4割以上の人が購入を検討していると答えていました。

また、日本においてもMMD研究所が行った購入意向調査でiPhone 12 miniを購入したい、もしくは購入を検討していると答えた人の割合は、iPhoneユーザー/Androidユーザーにかかわらず4割前後もいたのです。

これらの数字を見て、その当時に「いや、それでもminiは売れないな」と断言できたモバイルライターや業界関係者がいたなら称賛したいほどです。かくいう筆者も「これは売れる」と確信すら持っていました。

ですが、恥ずかしながらその確信は完全に間違っていたことになります。iPhone 12 miniはiPhone 12シリーズの中でも最も不人気な機種となり、世界でも日本でもあまり売れませんでした。

なお、iPhone 12 miniの名誉のために一応断っておきますと、それでも世界で1000万台前後は売れています。

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事前調査ではProシリーズを凌ぐ人気だったiPhone 12 mini


この「事前人気は高いが実際は売れない」という謎の現象は、今年発売されたiPhone 13 miniでも起きました。

正モバイルが9月に行った、iPhone 13シリーズで一番欲しい機種についてのアンケート調査では、なんとiPhone 13 miniが1位となりました。実にiPhone 13の1.5倍近く、iPhone 13 Proに対しては2倍近くも引き離しての圧倒的人気です。

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この数字は流石に偏り過ぎだと感じたが、それでも傾向として人気であることは間違いないはずだ


これが1つの調査会社によるデータであればデータの信憑性もあまり高くはありませんが、さらにMMD研究所が9月に行ったiPhone 13シリーズの購入意向調査を見ても、正モバイルの調査結果ほどではないとは言え、iPhone 13 miniの購入を検討している人の割合はiPhoneユーザー/Androidユーザーともに4割前後と非常に高いのです。

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事前調査の数字を素直に受け取るなら、iPhone 13 miniはProモデル並の人気ということになる


それでは、実際の販売実績はどうだったでしょうか。

BCNが公開している「BCNランキング」によると、スマートフォンのシリーズ別販売台数ランキングはiPhone SE(第2世代)がトップとなっており、続いてiPhone 13 Pro、iPhone 13、iPhone 12と続き、iPhone 13 miniは5位となっています。

5位ならわりと売れているじゃないか、と思うかも知れませんが、販売台数のシェアを見てみると全体の3.4%です。iPhone 13 Proが11.4%、iPhone 13が9.1%も売れていることを考慮するならば、圧倒的不人気と言って差し支えはないと思います。

その不人気ぶりは、最も安い128GBモデルでさえ13万円以上もする超高額なウルトラハイエンドモデルであるiPhone 13 Pro Maxの販売シェアが2.4%だったことを考えれば、十分理解できるかと思います。

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他社スマホに比べればそれでもまだ売れているほうだが、シリーズ中で最も安価なモデルなはずなのに売れないというのはある意味凄い


BCNが公開している最新の販売ランキングを見ても、やはりiPhone 13miniは不人気です。最も順位が高いNTTドコモが販売する「iPhone 13 mini 128GB」モデルですら25位で、ソフトバンク販売の同モデルが26位、au販売の同モデルに至っては35位です。

もちろん、容量によって細かく分けられているために順位が分散しているのは間違いなく、他社製スマホと純粋に比較することはできませんが、iPhoneシリーズ内での比較であれば十分データとして信用のあるものです。

miniモデルはとにかく人気がないのです。事前調査ではあれほど人気があるのに、です。

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販売キャリアやストレージ容量で分散してしまった結果とは言え、iPhoneの最新モデルが1年前に発売されたらくらくスマートフォンにも負けているのはなかなか衝撃的だ


■消費者心理から考える2つの仮説
では、なぜこのような事前調査と実際の販売実績の乖離が起きてしまうのでしょうか。筆者はこの点について2つの仮説を立ててみました。

●どうせ高いお金を払うなら大画面が欲しい説
最も考えられるのはこのパターンです。「手に収まる丁度良い大きさのスマホ」と聞くと、昨今の手に余る大きさでかなり重いスマホを日々利用しているひとであれば、事前調査の段階では「次は小さいのが欲しいな」と考えることもあると思います。

ところが実際に購入するという段階になると、iPhone 13 miniですら9万円や10万円という数字が並び、「こんなに高いお金を払うのに小さな画面のスマホを買うのはちょっと……」と躊躇してしまうのではないでしょうか。

実際、現在のスマホの利用シーンのメインは写真・動画撮影とその閲覧、そして写真や動画の投稿先としてのSNS利用です。いずれの機能や利用シーンでもディスプレイの大きさこそが大正義であり、持ちやすさや重量感よりも優先する人は多いでしょう。

そう考えた場合、購入者心理として「軽くて扱いやすいスマホが欲しい」と考えることと「大きな画面で快適にSNSや動画を閲覧したい」という相反するような要望が混在することは、何も不思議ではないと感じるのです。

その結果、「欲しいスマホ」の理想像は2つ存在することとなり、実際に購入する段階では支払う金額(対価)と釣り合う「大きな画面」を選ぶ人が多くなるのだと推察するところです。

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「価格が1万円しか変わらないなら少しでも画面は大きいほうがいい」と考えるユーザーが増えても不思議ではない


●miniモデルは性能が低いと勘違いしている説
そしてもう1つの仮説が、iPhone 13 miniがiPhone 13よりも性能的に劣っていると勘違いしているのではないかというものです。

iPhone 13シリーズからProモデルと標準モデルで性能面でハッキリとした差別化が図られましたが、iPhone 12シリーズでは使用しているSoC(チップセット)も同じで、カメラ性能以外はどのモデルも大きな差がないのが売りでもありました。

AppleとしてはiPhone 12 mini発表当時、「小さくでも基本性能はProと同じ!」をアピールポイントとしたかったのです。

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最先端テクノロジーをコンパクトに凝縮している点をAppleはアピールしたかった


結果としてそのアピールは失敗し、iPhone 13シリーズからProモデルと標準モデルで差別化することとなったのですが、それ以上に消費者はmini系を「廉価版」と捉えていた可能性は大いにあります。

というのも、この仮説に至った理由として、某巨大匿名掲示板などで「どうせ廉価版を買うならSEで十分」、「劣化モデルはSEだけでいいのでは?」といったコメントを見かけたからです。

わずかでもスマホに詳しい人であれば「そんなバカな」と思うような勘違いですが、案外世間一般の認識とはその程度のものなのかも知れません。

そう考えた時、事前調査と販売実績との乖離の理由に繋がるように感じたのです。事前調査の段階では販売価格についての言及がなく、アンケート項目も見当たりません。つまり、アンケートに答えている人々はminiモデルが性能の低い廉価版だという認識で答えている可能性があります。

「性能を抑えて安価で小さなiPhoneが出るなら欲しい」というのが、事前調査の真相ではないかということです。

ところが、実際に出るモデルは標準モデルと同等の中身で、価格差もあまりない単なる小型モデルです。消費者が「え?性能が低いのに8万円もするの?高くない?」と勘違いしたとしてもおかしくありません。

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miniモデルをiPhone SEのホームボタンがない程度のグレードと勘違いしているのではないか、ということだ


■数字が見せる落とし穴
何にせよ、iPhone 12 miniやiPhone 13 miniは消費者が期待し、想像していたものではなかったことは間違いありません。

そもそも新型iPhone発売のニュースを見て、その内容を最初から最後まで詳細に調べ上げるようにして読了する人がどれだけいるでしょうか。

ほとんどの人は記事のタイトルを読み、冒頭の数行を読んで「へー、新しいiPhoneが出るんだ」と理解したらそれで終わるのではないでしょうか。

だからこそ筆者は、ミスリードがないようにタイトルや冒頭の記述に最新の注意を払い、媒体によっては2~3の箇条書きで記事の内容について冒頭に「この記事のまとめ」を書くことすらあります。

それくらい消費者の多くは記事を読みませんし、内容を理解しようとはしません。

そういった消費者心理を考えると、今まで不思議だったiPhoneにおける事前調査と購買状況の乖離にも納得がいくのです。正しい情報のない「印象」のみで事前調査は行われているのだな、と。

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多くの人は記事を読まない。ライターとして非常につらい話だが事実である


iPhone 12 miniおよびiPhone 13 miniで起こった事前調査と販売実績の乖離現象は、アンケート調査というものの価値や捉え方すらも見直す機会を与えてくれました。

アンケート調査に出てくる数字が消費者心理を反映したものであることは今でも信じています。母数が増えるほどにその信憑性も高まるでしょう。しかしながら、その調査に参加する人々の知識レベルや理解度は、調査内容からは計り知ることができないのです。

予備知識の少ない人々に印象のみでたずねたアンケート調査と、実際に購入を前提として販売価格を見ながら出された答え、さらにはその端末の仕様をよく知らないままに購入しようとしている人の心理まで加味するなら、今回のような乖離が起きることは十分に想定できたはずなのです。

普段からコラムやレビュー記事を執筆し、読者へ何かの提案や結論を示すことを生業としている者としては、非常に大きな気づきであり教訓でした。

みなさんも、アンケート調査などの数字を見た時にはご注意を。数字は嘘を付きませんが、アンケートに答えた人々の知識が正確であるとは限りません。

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消費者心理を把握するのは本当に難しい


記事執筆:秋吉 健


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