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スマホの「熱」について考えてみた! |
日を追うごとに暖かくなり、春を感じる今日この頃、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。とは言っても、新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大のせいで外出もままならず、自宅で延々とスマートフォン(スマホ)をいじっている方も多いかと思います。
スマホを長時間使っていると、意外と気になってくるのが「熱」です。動画を見ている程度であればほんのりと温かくなる程度でも、最新の3Dゲームなどを起動すればあっという間に電気カイロ状態に。寒い冬場であればメリットもありそうなところですが、そろそろそんな季節も終わりです。
ましてや、これから気温が上がるにつれて心配になってくるのがスマホの熱暴走です。ゴールデンウィークあたりには日差しも強くなり、直射日光下で動画撮影などをしていると、スマホが熱くて持てなくなるほどです。
スマホはどうして熱くなるのでしょうか。また各社はスマホの熱対策をどのように行っているのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はスマホの熱対策について考察します。
■発熱に苦しめられるスマホメーカー
日本におけるスマホの歴史を振り返ってみても“爆熱スマホ”だとか“熱暴走スマホ”と揶揄されてしまった不遇の機種はいくつも存在しました。
あまり名前を出してしまうのも失礼かもしれませんが、例えば、ソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia Z4」はあまりの発熱から「5分動画撮影すると止まる」、「すぐに熱で処理落ちし始める(サーマルスロットリングによってCPU性能が抑制される)」といった具合に、かなりの不評を買った機種でした。
その原因はCPUやGPUなどのチップセット(SoC)に対する熱設計の甘さにありました。Xperia Z4に採用されたSoCはQualcomm製の「Snapdragon 810」でしたが、このSoCは非常に高性能である反面、発熱量が大きいことでも知られています。その大きな発熱量に対して排熱が追いつかず、上記のようなカメラ機能の動作停止や処理速度の低下が起きてしまっていたのです。
そもそもXperia Z4はグローバルモデルとしては「Xperia Z3+」として発売されています(細かな仕様の違いはある)。前機種のマイナーチェンジ版という位置付けであったことから分かるように、熱設計は「Xperia Z3」から大きく変更されていなかった可能性があります。SoCやカメラ機能などを強化した結果、同じ熱設計では処理しきれなかったというのが実態でしょう。
他にもこのSnapdragon 810を採用したスマホの多くが排熱に悩まされることとなり、Qualcommも熱対策を施した次期SoC「Snapdragon 815」の投入を早めたという経緯もありました。
■高性能化は発熱との戦い
そもそもスマホやそこに採用されているSoCが高性能化すると発熱が増えるのはどうしてでしょうか。それは単純に「使用する電力量が増大し続けているから」に他なりません。
SoCの心臓部であるトランジスタの数は高性能になるほどに増加し、さらに周波数も向上していきます。流れる電流の量と速度が上がるほどに発熱量も増えていきますが、それをギリギリまで抑える最大の技術は「微細化」です。トランジスタや配線を小さくして必要な電流量を小さくするほど、発熱は抑えられます。
例えば「iPhone 11Pro」に採用されているSoC「Apple A13 Bionic」ではトランジスタ数は実に85億にものぼると紹介されています。そしてその製造プロセスは7nm(ナノメートル)となっており、物理限界近くまで微細化されています。なお、現段階での微細化の物理限界は5nm程度と言われています。
微細化が物理限界に近くなった今、それでもなお性能を引き上げるには「高密度化」していくしかありません。昨今のスマホは大型化したとは言え、そのサイズアップにも限界はあります。限りある筐体体積に詰め込めるSoCのサイズにも限界はあり、そのサイズに収まるように、トランジスタを3D化(積層化)したり、チップや基板自体を立体的に配置するなどの工夫を始めています。
当然、高密度実装されたSoCなどはさらに多くの熱を発するようになります。Appleが2008年に発売した「iPhone 3G」と2019年に発売したiPhone 11Proを比較すると、その性能差は1000倍になるとも言われますが、それだけ劇的に進化する中で発熱だけが常に40度前後に抑えられてきたことは、実は非常に驚くべきことなのです。
また発熱するのはSoCばかりではありません。例えば、カメラ機能に使用される撮像素子(現在、その多くはCMOS)もまた多大な熱を発します。さらに光学手ブレ補正などを搭載した機種ではアクチュエーターの駆動でも発熱し、撮影された動画の処理でSoCが発熱し、それを記録するメモリーやストレージもまた発熱します。
カメラ機能を使うだけで、スマホの主要な部品の殆どが最大レベルの熱を発するのです。それを真夏の直射日光下などで使えば、Xperia Z4のようにカメラ機能が停止してしまう事態に陥るのも無理はない、といったところでしょう。
余談になりますが、筆者がかつて使っていたソニーのデジタル一眼カメラ「α55」では、29分間の連続動画撮影機能が搭載されていたにも関わらず、実際は撮像素子と手ブレ補正機能の排熱が追いつかず、動画撮影を始めると10分ほどで動作停止するという不具合(設計ミス)がありました。
電子機器における熱設計とは、それだけ難しいものなのです。ましてや筐体サイズや重量などに大きな制限が掛かるモバイル機器であれば尚更です。
■5Gやゲーミングなど、新たな熱対策が進むスマホ
スマホの世界では、5Gの世代に突入することでさらなる発熱の増大が予想されます。
5Gでは超高速通信性が大きくクローズアップされ、2時間の映画がわずか数秒でダウンロード可能であるとか、8K動画のストリーミング配信も可能になるなどといった、夢のある話題が次々と飛び出してきます。
しかしそこでは必ず膨大な量の熱を伴います。カメラ機能と同様に、通信処理自体の発熱、それを展開するメモリーの発熱、そして超高速で記録していくストレージの発熱などです。ディスプレイですら、高精細化が進めば発熱量は馬鹿になりません。
そのため、例えば、シャープの5G対応スマホ「AQUOS R5G」は発熱対策として純度95%超の純銅製ブロック・シールドを放熱板に採用し、効率よく熱を外部へ逃がす設計となっています。
また充電においても一般的な高速充電では発熱が大きいため、充電セルを分散させるパラレル充電方式を採用し、より発熱が少なく、より短い時間での充電を可能にしました。
またスマホの場合、排熱や放熱のデザインというものも大きな課題となります。
例えば、冷却性能の高いスマホというものは本体表面が熱くなる傾向にあります。熱はどこかに消えてなくなるものではなく、どこかに「逃がす」から本体内部が冷えるのです。つまり、効率的に熱を外へ逃がす設計のスマホほど熱くなりやすいとも言え、「このスマホ、本体がすぐ熱くなる!欠陥だ!」と考えるのは少々短絡的だとも言えます。
とは言え、手に持てないほど熱くなるのでは困ります。そのためスマホメーカーは、SoCやメモリーといった熱源から本体上部へヒートパイプやヒートスプレッダーを使って熱を逃し、ユーザーが手に持った時にあまり触れないように設計していたり、本体背面ではなくディスプレイ面へ熱を逃がす構造にしている製品もあります。
高速動作性を売りとするゲーミングスマホの場合、排熱用に冷却ファンを内蔵していたり、外付けの冷却ファンをオプションとして用意している製品もあります。冷却能力の高さこそがその製品の性能であると、大々的にアピールする時代に突入しているのです。
■日本の夏を乗り越えろ
前述したように電子機器は常に発熱との戦いであり、モバイル機器は特にその要件が厳しい分野です。その上、スマホのように常に手に持って利用する製品の場合、人が発する体温や衝撃から製品を守る保護ケースすらも排熱を妨げる大きな要因になりかねず、その熱設計は困難を極めます。
それでもスマホは高性能化を止めることはありません。人々のニーズと欲望のままに、高速化、高画素化、大画面化、大容量化、多機能化を続けます。
果たして今年発売される5Gスマホの数々は、日本の夏の酷暑を乗り切ることができるでしょうか。それとも「やっぱりダメだ!熱暴走した!」とクレームの嵐になるのでしょうか。メーカーにとって、試練の季節がもうすぐやってきます。
記事執筆:秋吉 健
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