「故人の休演理由がAとの人間関係の悩みであったと
認めることはできない」
「ヘアアイロンの件の当事者らの供述を、劇団に都合の良いように変遷させた動きは
認められなかった」(強調は筆者による)
このように報告書はじつは「いじめやハラスメントがなかった」とはまったく断言していない。あくまで「調査では認められなかった」としか書いていないのだ。
過密スケジュールについては認められた
その一方で、報告書では「断言できる事実」として「過密スケジュール」を挙げている。「いじめやハラスメント」は「認められ」なかったのだから、提言はおのずと「過密な公演スケジュールの解消」や「過密な稽古スケジュールの改善」になる。
「過密スケジュール」であることは、なにも弁護士に調査を依頼するまでもなく、公演日程を見れば明らかだ。劇団の問題が「過密スケジュール」に集約されれば、責任の所在はおのずと曖昧にならざるをえない。というのも、公演や稽古のスケジュールは年々、過密になるものだろうから、明確な「犯人」を見いだしにくいからだ。
劇団の「苛烈な体質」から世間の注意をそらし、なおかつ、現役のトップスターや劇団幹部に責任が及ばないようにするには「最適解」のようにも思える。この都合の良い結論は、本当に偶然によるものだろうか。
さらに「嫌なもの」を感じたのは、阪急グループのサイトでの扱いだ。今回の調査報告書は宝塚歌劇団のサイトには確かに掲載されている。だが、本体である阪急電鉄や阪急阪神ホールディングスには、一切記述がないのだ。
過去には「宝塚歌劇宙組公演のメインテーマ曲のミュージックビデオを全編フルCGで制作」といった、とても重要とは思えないニュースまで阪急電鉄名義のプレスリリースとして掲載しているだけに、今回の報告書も同様にすべきではなかったか。
![](https://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/d/6/d6b8c_1635_60df9f533a9d53c7fba6144f81555f6b.jpg)
村上浩爾氏の宝塚歌劇団理事長就任のリリースはあるものの…(画像:阪急電鉄ホームページ)
さて、記者会見の日程についても、触れておきたい。「下衆の勘繰り」との批判を覚悟のうえで、私にはひっかかるものがあった。
阪急阪神グループに属する阪神タイガースが、日本シリーズで優勝したのは今月5日だ。調査報告書の受領が10日で、今回の会見は14日であった。報告書の受領、そして会見が阪神タイガース優勝のほとぼりが冷めた頃だったのは、本当に偶然だったのか。
今年の「阪神」タイガース優勝は「阪急」幹部にとって、大変感慨深いものだったはずだ。というのも阪神は阪急に2006年に買収されたのだが、タイガースは長く阪神側の聖域とされた。それが昨年12月、初めて阪急出身者が阪神タイガースのオーナーに就任したのだ。
スポーツ紙の報道によると、昨年の岡田監督の招聘も阪神側が当時の平田2軍監督を昇格させようとしたのに対し、阪急阪神ホールディングスの角和夫会長兼グループCEOの介入によって、角会長と同じ早大出身で昵懇と言われていた岡田監督が就任したと言われている。今年の優勝を見れば、阪急側の「大ファインプレー」だった。
そんな「雲上人」であるグループ総帥の思い入れが極めて強いタイガース優勝に、「宝塚の失態で絶対に水をさすわけにはいかない」。そんな役員たちの忖度があったとしても、不思議ではない。
そもそも「謝罪会見」の目的は2つある
さて、そもそも謝罪会見は何を目的に行うものであろうか。ひとつは開催することで「説明責任を果たしていない」という批判を抑えるためだ。
だが、もうひとつの「本当に重要な目的」を理解できている企業はまれだ。それは「ここまで真摯に反省し、再発防止に取り組んでいるのか」という「赦しの感情」を起こすことにある。
失敗する企業の多くは会見を「説明、説得の場」だと勘違いする。宝塚歌劇団にしても「いじめやハラスメントは『認められなかった』こと」、そして原因は「過密スケジュール」であったことを論理破綻が生じない形で結論づけて、なんとか説得しようとしていた。
説明や説得は社内の部門間交渉や上司への報告では有用かもしれない。だが、謝罪会見ではほとんど役に立たない。「論理的に破綻のない説明」は疑問を抱かせないための最低線であって、誰の感情も動かせないからだ。阪急電鉄の役員たちは、そこがまったくわかっていないように見えた。
では「赦しの感情」を起こすには、どうすべきなのか。今回の宝塚歌劇団の会見で言うと「ここまで徹底的に調べ、自分たちを厳しく断罪するのか」と思わせるほどの調査報告書を劇団の全面協力で仕上げ、再発防止策と併せて速やかにまとめるべきだった。
そこまで徹底的な準備が整えば、謝罪会見での受け答えもおのずと毅然としたものになり、受け手の感情を動かす。謝罪会見の成否は、じつは準備した材料でほとんど決まっているのだ。
「証拠となるものをお見せいただけるよう提案したい」
遺族側は今回、劇団がいじめやハラスメントを認定しなかったことに反論、再検証を求めた。劇団の次期理事長で、阪急電鉄の取締役でもある村上浩爾氏は「そのように言われているのであれば、証拠となるものをお見せいただけるよう提案したい」と発言した。
討論の場ではこの返答で良いのだろうが、「赦し」とは反対の感情を沸き起こすものだった。「理論武装に頼る、大企業エリート社員の官僚的な姿」を印象づけるには、これ以上ないほど最悪のものだった。
阪急グループの創始者・小林一三氏が明治に生まれ、今年がちょうど150年にあたる。鉄道会社や百貨店、沿線の都市開発まで手掛け、さらに宝塚歌劇団や東宝という娯楽産業まで生み出した小林氏の偉業をしのび、阪急はグループを挙げて展覧会やイベントを開催してきた。
この明治生まれの「稀代の起業家」が人生を賭けて育てた企業グループが、ここまで官僚的な姿へと変貌を遂げる。悲観的にすぎるかもしれないが、私にはそのさまがどこか日本の大企業の典型的な変化にも見えてしまい、一抹の哀しさを感じてしまうのだった。
(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)