長友のポジションは、言わずと知れた左サイドバック(SB)だ。しかし、FC東京には小川諒也という今年、A代表にも選出された不動の左SBがいた。小川は左利きで、一方の長友は右利きだ。左利きが右SBを務めることは簡単なことではない。右利きが左SBを務めることよりハードルは高い。というわけで、筆者は長友のポジションに注目していた。右SB起用もあり得るのではないかと。長友にはFC東京に入って間もない頃、右SBでプレーしていた過去があるからだ。
しかし、長友は左SBとして3試合続けて先発した。左利きの小川が右SBを務めたのだ。小川はそれ以前にも何試合か右SBを務めた経験があった。急なコンバートではなかったので無難に務めていたが、前戦の名古屋戦で負傷する不運に見舞われてしまう。浦和戦では、今季ブラウブリッツ秋田から移籍してきた鈴木準弥が右SBを務めた。長友の右SBを見ることはできないのかと、いささか落胆しながら試合観戦に臨んだ。
試合はホームのFC東京が先制するも、浦和に前半45分に同点弾、後半21分に逆転弾を許すという展開で、後半の飲水タイムを迎えた。FC東京の布陣に目を見張りたくなる劇的な変化が起きたのは、その直後だった。
変化の主役は長友だった。4-2-3-1の左SBから3の右へ、ピッチ上を斜めに大移動したのである。SBの移行先として多いのは守備的MF、同サイドのウイング、センターバックあたりだ。試合中に、逆サイドのウイングへ突如、移動するSBを見たのは、長い観戦史上、初めてだったかもしれない。
ポジションへの適性は十分に備わっているようだった。際どいクロスボールもスムーズに蹴り込んでいた。右利きで、右SBの経験もある選手なので当然といえば当然だが、なぜ右サイドでプレーする姿を、これまで拝むことができなかったのか、逆に不思議な気持ちになった。長友が35歳になるまで、監督たちはなぜ、この特段難しくないアイディアを思いつかなかったのか。
筆者は幾度となく指摘してきた。W杯が近づき、本大会に臨む23人枠を誰にすればいいかという段になると、長友が右SBをこなすことができれば、やりくりはずいぶん楽になると意見してきた。
2018年ロシアW杯まで、代表選手だった酒井高徳は、右SBも左SBもできる選手として知られていた。守備的MFもこなせば、4-4-2の右サイドハーフとしても先発したこともある(ロシアW杯のポーランド戦)。この酒井高徳の多機能性について語る時、長友の可能性にも触れたものだ。なぜ時の代表監督は、彼を左でしか使わないのか。右で試そうとしないのかと疑問を投げかけたものだ。
とはいえ長友が頭角を現した頃、日本ではSBの多機能性について、ほとんど重要視されていなかった。なにより本場の欧州がそうだった。欧州で左右できるSBを筆者が初めて見たのは、2000年代にユベントスやバルセロナで活躍した、イタリア代表ジャンルカ・ザンブロッタになる。彼がその走りだったと記憶する。その次がバイエルンで活躍した元ドイツ代表主将、フィリップ・ラーム。当時は画期的な存在として通っていた。
最近、ようやく日本でも見かけるようになった。先述の小川諒也。川崎フロンターレの登里享平も同様に、左利きであるにもかかわらず右SBでプレーした経験がある。