My life flows on in endless song
Above earth's lamentation
I hear the real though far off hymn
That hails a new creation
わが命は絶え間ない歌の中流れゆく
地の哀歌を覆い尽くして
わたしははるか彼方からでも真実(まこと)の歌を聞く
新たに造られたものをことほぐ聖歌を
No storm can shake my inmost calm
While to that rock I'm clinging
It sounds an echo in my soul
How can I keep from singing?
どんな嵐もわたしの内なる静けさを乱せない
かの岩にしがみついている限り*1
わたしの魂の中にこだまするその響き
どうして歌わずにいられるだろう?
What though the tempest round me roars
I know the truth, it liveth
What though the darkness round me close
Songs in the night it giveth
嵐がわたしを取り囲み吠え猛るとも
わたしは活ける真実(まこと)を知っている
それは暗闇がわたしを取り囲み閉じ込めても
夜どおし歌を歌いかけてくれるもの
No storm can shake my inmost calm
While to that rock I'm clinging
Since love is Lord of heaven and earth
How can I keep from singing?
どんな嵐もわたしの内なる静けさを乱せない
かの岩にしがみついている限り
天地の主こそ愛であるゆえに
どうして歌わずにいられるだろう?
I lift my eyes, the cloud grows thin
I see the blue above it
And day by day this pathway smoothes
Since first I learned to love it
わたしは目をあげて、雲が切れていき
その向こうに青空があるのを見る
日に日にこの小道はなだらかになる
初めて愛することを知ったその時から
The peace of Christ makes fresh my heart
A fountain ever springing
All things are mine since I am his
How can I keep from singing?
キリストの平安がわたしの心を活かしめる
とこしえに湧き出でる泉
わたしは主のものであるがゆえに万物はわたしのもの
どうして歌わずにいられるだろう?
*1 「主はわたしの岩、砦、逃れ場/わたしの神、大岩、避けどころ/わたしの盾、救いの角、砦の塔。」(詩編18:03)より。神とは、嵐で海などに投げ出されたときにしがみつく大岩の如きものであるとされる。なお、乗ってた船をぶち壊す岩を兼ねていることもある。
text: Robert Lowry(1826-1899)
tune: クエーカー教派(フレンド派)、もしくはシェイカー教派の伝承曲と伝えられる。なお、クエーカー派はイングランド発祥、シェイカー派はフランス発祥のプロテスタントの一派。名前は似ているが教義・禁欲対象等が異なる。
アメリカ発祥の比較的新しい聖歌だが、礼拝で積極的に使われるようになったのは1960年代にピート・シーガー(「花はどこへ行った」で有名なシンガー)にとりあげられてから。この他、エンヤによるキリスト教的な歌詞をいくつか修正したバージョンもある。
収録アルバム: Angels Sing - Libera in America
While to that rock I'm clinging
It sounds an echo in my soul
How can I keep from singing?
どんな嵐もわたしの内なる静けさを乱せない
かの岩にしがみついている限り*1
わたしの魂の中にこだまするその響き
どうして歌わずにいられるだろう?
What though the tempest round me roars
I know the truth, it liveth
What though the darkness round me close
Songs in the night it giveth
嵐がわたしを取り囲み吠え猛るとも
わたしは活ける真実(まこと)を知っている
それは暗闇がわたしを取り囲み閉じ込めても
夜どおし歌を歌いかけてくれるもの
No storm can shake my inmost calm
While to that rock I'm clinging
Since love is Lord of heaven and earth
How can I keep from singing?
どんな嵐もわたしの内なる静けさを乱せない
かの岩にしがみついている限り
天地の主こそ愛であるゆえに
どうして歌わずにいられるだろう?
I lift my eyes, the cloud grows thin
I see the blue above it
And day by day this pathway smoothes
Since first I learned to love it
わたしは目をあげて、雲が切れていき
その向こうに青空があるのを見る
日に日にこの小道はなだらかになる
初めて愛することを知ったその時から
The peace of Christ makes fresh my heart
A fountain ever springing
All things are mine since I am his
How can I keep from singing?
キリストの平安がわたしの心を活かしめる
とこしえに湧き出でる泉
わたしは主のものであるがゆえに万物はわたしのもの
どうして歌わずにいられるだろう?
*1 「主はわたしの岩、砦、逃れ場/わたしの神、大岩、避けどころ/わたしの盾、救いの角、砦の塔。」(詩編18:03)より。神とは、嵐で海などに投げ出されたときにしがみつく大岩の如きものであるとされる。なお、乗ってた船をぶち壊す岩を兼ねていることもある。
text: Robert Lowry(1826-1899)
tune: クエーカー教派(フレンド派)、もしくはシェイカー教派の伝承曲と伝えられる。なお、クエーカー派はイングランド発祥、シェイカー派はフランス発祥のプロテスタントの一派。名前は似ているが教義・禁欲対象等が異なる。
アメリカ発祥の比較的新しい聖歌だが、礼拝で積極的に使われるようになったのは1960年代にピート・シーガー(「花はどこへ行った」で有名なシンガー)にとりあげられてから。この他、エンヤによるキリスト教的な歌詞をいくつか修正したバージョンもある。
収録アルバム: Angels Sing - Libera in America
