
旧ユーゴスラビア時代に1970年代に作られたと言う、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都近郊にあるこの地下核シェルターは、長い間ごく一部の人間にしか知られていなかったそうです。
しかし1992年に分離独立の紛争を起こした際に、その存在が公になりました。
ユーゴスラビアの偉大な指導者であったチトー大統領の名を冠し、共産党の政治指導者とその側近のために建造された、冷戦時代の核シェルターの様子をご覧ください。

旧ユーゴスラビア時代に1970年代に作られたと言う、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都近郊にあるこの地下核シェルターは、長い間ごく一部の人間にしか知られていなかったそうです。
しかし1992年に分離独立の紛争を起こした際に、その存在が公になりました。
ユーゴスラビアの偉大な指導者であったチトー大統領の名を冠し、共産党の政治指導者とその側近のために建造された、冷戦時代の核シェルターの様子をご覧ください。

場所は首都サラエヴォから南に40km離れたコニツの近郊。

秘密のシェルターというだけあって、外観はありふれた宿舎のよう。

中に一歩足を踏み入れると…。

地下へのトンネルが。

さらに奥深くへと…。

中は迷路のように入り組んでいます。

核シェルターだけあって、重厚な門扉。

写真はおそらくチトー大統領のもの。

当時の首脳陣が使う予定だった会議室のようです。

時代を感じさせるテープレコーダーや通信機器。

ハンコ各種。

ダイヤル式の赤電話。

なにやら大掛かりな機械が。

少し心もとない気もする、備え付けの消火器。

これは換気装置でしょうか。
(2010/7/24)追記:タイプライターとしていたのをテレタイプに訂正しました。ご指摘くださった方、ありがとうございます。

二段ベッド。

高官用と思われるベッド。
いかにも共産圏といった必要最低限の設備しかない質素な地下シェルターですが、サラエボの芸術家たちの発案で今年から最も入り組んだ美術館の一つとして生まれ変わるそうです。
また、来年には欧州評議会の多大な協力で、隔年開催される現代芸術展の場所として予定されているとのことです。
Visiting a Secret Nuclear Bunker in Yugoslavia

色とりどり
意外とよかった
集約されたエンターテイメントの世界観に酔いしれる1枚
中年のアイドルとは何ぞな。
素晴らしくい出来のアルバムです!