(写真)小高赤坂病院。入り口に建物の安全性確認もできていないので近づかないようにとの張り紙がしてあります=7日、福島県南相馬市小高区

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東日本大震災・原発事故1年10カ月


 福島県浜通りと呼ばれる沿岸部は、行政区としては住民の多くが避難を続ける相馬・双葉地域(相双地域)と避難者が転入しているいわき地域で構成されます。2011年3月の東日本大震災と原発事故から1年10カ月。浜通りの医療体制はどうなっているのか。相双地域の南相馬市といわき市で探りました。(柴田善太)

“避難者の帰還に影響” 住民懸念

 相双地域では医師数と看護師など看護職員数が震災・原発事故前と比べてともに約6割に減っています(表)。

 南相馬市(小高区・原町区・鹿島区)でも11年夏には医師で約5割、看護職員で約6割に減りましたが、12年末には医師は9割近く、看護職員は約7割に戻っています。

 しかし、もともと「医療崩壊」といわれる医師・看護職員不足からの減少は深刻です。

 南相馬市立総合病院(原町区)は4病棟のうち1病棟を閉鎖し、230のベッドのうち入院可能なベッドは150。「入院が必要な患者が減っているのではなく、看護師不足が原因」(同病院)です。

 南相馬市には8病院(公立病院は二つ。旧警戒区域の小高区2病院は閉鎖中)がありますが、民間の渡辺病院(原町区)は10月に新地町へ移転します。

 渡辺病院の看護職員は震災・原発事故前の80人から40人に半減しました。高野学看護部長は、減少の理由について、▽小高区在住で政府の指示による避難▽子どもの健康を考えた避難▽避難指示の関係で入院患者を受け入れられなくなり、外来だけでは看護師としてのスキルアップができないという判断による他病院への転職―という3点を指摘します。

 入院受け入れをできなくなり病院収入が8割も減ったこと、新地町なら仙台に近く医師・看護職員確保に有利なことから同病院は移転を決めました。

 介護分野も医療と同様深刻です。同市に住む男性(46)は昨年10月、市内の病院に入院していた母の退院を迫られ、七つの入所介護施設に応募しましたが全て断られました。同市の入所介護施設は全て民間経営。結局、病院の紹介で隣の相馬市の病院の療養病床に母を移しました。

 男性は「自分は仕事で母の世話ができない。相馬の病院も入院が3カ月になったので、いつ退院を迫られるか不安だ。このままでは安心して暮らせない。避難している人の帰還も進まないと思う」と話します。

 南相馬市健康づくり課の猪狩忠信課長は「非常時には病院間のマンパワーのやりとりが必要だが市立病院は二つしかなく、そこでしかできない。民間病院はそれぞれの経営があるから連携が難しい」と指摘します。

 一方、医師は現状維持、看護師は微増しているいわき市は―。

 同市の地域医療対策室の鈴木和也主査は「避難者約2万4000人、復興事業の作業者もあわせて3万人の人口に表れない人がいる。震災前まで医療スタッフ不足の中ぎりぎりでやってきた。医療の再構築が必要だ」と話します。

 また、同市唯一の市立病院である総合磐城共立病院には震災前には臨床研修医の数は定員14人を満たしていたのに、震災後は2人に減っています。