by Ronald Woan
映画「
南極料理人」で注目を浴びた
南極の料理については、まだまだ知られていないことがたくさんあります。1995年から1996年にかけて
南極の清掃活動に従事したキャロル・デバイン氏とウェンディ・トラスラー氏が、現地で振る舞った料理について紹介しました。
The Art of Eating Well in Antarctica - Gastro Obscura
https://www.atlasobscura.com/articles/cooking-in-antarctica
1995年から1996年にかけて、30年近く
南極に放置されていたゴミを取り除くため、合計57名のボランティアが
南極大陸を訪れました。チームを率いたのはボランティア国際環境事業財団の創設者であるデバイン氏。デバイン氏は疲れたボランティアたちにおいしい食事を提供するため、カナダ北部で植林作業員たちに食事を提供し、「魔法の料理人」として有名になっていたトラスラー氏を雇いました。
トラスラー氏いわく、
南極での調理に最も苦労したのは「一度にすべての食料が届くこと」だったそうです。およそ4カ月間の食料が一度に届くため、近くのロシア基地から冷凍庫を借りたり、備品を全部片付けて食料を置いたりするほかなかったとのことですが、そのおかげで乾物や缶詰、冷凍肉、新鮮な野菜などをすべて貯蔵できたので、色んな料理を作れたのだとトラスラー氏は話します。
by Lena Nikolaeva
トラスラー氏は「メンバーが快適に過ごせるようにするには非常に短い時間しかありませんでした。食事の時間こそが人々を一つにする機会だと考えていたので、自分たちでピザを焼いたり、フォンデュを作ったりして、お互いにコミュニケーションを取ったのです」と述べました。この他にも、シナモンパンやウクライナ風ロールキャベツ、フローズンチョコレートクリームなど、いろいろな料理をおいしく作ることに成功したとのこと。
南極大陸では他の基地との交流も活発に行われ、あるときには近くの基地から中国人のコックが訪れ、パンの作り方を教える代わりにギョーザの作り方を教わったりすることもあったそうです。
南極で培った感覚と、無駄遣いをしないというスキルは実生活にも活かされているとのこと。トラスラー氏は「料理のスキルは新型コロナウイルスの流行時にも役に立ちました。流行初期は店の外で食料を買うのに本当に長い行列ができていて、店にとどまる時間を短くしたいと考えたものです。料理スキルのおかげで、5週間は買い物をせずに生きていけましたよ」とも語りました。
by S. Nicholson
2012年、トラスラー氏が研究して集めたレシピと写真や日記をもとに、デヴァイン氏とトラスラー氏は清掃活動や料理についてつづった書籍「The Antarctic Book of Cooking and Cleaning」を出版しています。デヴァイン氏は「
南極で料理人になりたいという人がこの本を買ってくれたこともありました。
南極は各国がいかに資源を共有し、すべてを最後の日まで使わなければならないかということを教えてくれるものだと思います。
南極大陸は、これまで以上に重要な意味を持つのです」と話しました。