・社員Aは上司から「パワーハラスメントを受けた」と主張した。
・これにより、抑うつ状態・適応障害を発病し休業に至ったと主張した。
・そして、所轄の品川労働基準監督署長に対し、労災法の休業補償給付の請求をした。
・しかし、労基署は、「業務が原因で発症したのではない」と判断し、休業補償給付を支給しないと判断した。
・Aは、この決定に納得がいかず、不服申し立てをしたが、労災保険審査官も不支給処分の審査請求について棄却の決定をした。
・そのため、Aは処分の取消しを求めて裁判を起こした。そして、裁判所は以下の判断を下したのです。
・Aが業務をできるようになるまで上司が根気強く指導する中で、「あほ」など口調が厳しくなったが業務指導の範囲内であり、仮に逸脱する部分があったとしても嫌がらせなどとはいえない。
・本件の疾病は、業務上の疾病には当たらず、不支給処分は、いずれも適法であると判断した。
この裁判を詳しく見ていきましょう。
上司である課長は、Aに対し、「君の考えはどうなんだ?」「君がどうしたいっていうのはないの?」などと同じ質問を繰り返していた。それとともに、「ふざけんなおまえ」「あほ」と述べるなど、時折、厳しい口調で指導していた事実は認められました。
しかし、Aが単純な計算を誤ったり、課長の話を聞かず、要領を得ない回答を繰り返したりしたためでした。そして、課長の指導の口調が厳しくなる場面があったのです。それから、Aが自分で計算できるようになるまで、根気強く指導がされていたことが認められ、病気の発症は業務上の疾病には当たらないと判断されたのです。
パワハラの認定で、指導の範囲内か、または、逸脱して違法か、の判断は微妙な問題です。そして、個別具体的な裁判上の証拠調べの結果にゆだねられることが多いです。しかし、パワハラの違法性は、セクハラと異なり「主観」ではなく、指導での業務範囲の「大幅な逸脱が認められるか?」が要件となります。
とくに「相手に対して、人格否定を行う」ことが、パワハラと認められるポイントとなります。この境界線を意識して、ハラスメント対策を行うことが重要となりますので、みなさんの会社でも対策を立てるときは、このことを意識しましょう。
業務とは? 業務の範囲とは?
パワハラを考えることは、業務とは何か? そして、業務の範囲はどこまでなのか? を突き止めることです。厚生労働省の定義によると、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、次のような記載がありました。
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないものを指します。
(例)
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団HP、ハラスメントの定義より)
この定義をみると、業務上の関わりがある言動であれば、「よっぽど」のことがない限りパワハラには該当しないと考えられます。よく言われるのが「相手への人権侵害」の有無でパワハラかパワハラでないかの判断に左右されます。
ここで考えなければならないのが、「ついつい口走ってしまう」ことです。
部下に対し、大きな感情が動くときは「怒り」が先に出てしまい、勢いで「余計な一言」が、結果、人権侵害的な一言となり、パワハラを招いてしまう例が多いのではないでしょうか? また、実際に現場で、多く相談されます。
気持ち的に理解はできる部分はあるにせよ、「売り言葉に買い言葉」の要素が高いので、そこで悩まれるのはもったいないです。
それを防止するためには、一呼吸整えて深呼吸し、それから言葉を選んで注意することがポイントとなるでしょう。そうすれば、かなりの確率でパワハラ防止になるはずです。ここだけでも覚えておいてくださいね。
マタハラの具体例を紹介
妊娠・出産、育児休業・介護休業などに対する事業主の不利益取扱は、すでに法律で禁止されていますが、新たに「上司・同僚からの職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」をマタニティー・ハラスメント(マタハラ)として禁止することになりました。そしてセクハラと同様に、雇用主に対して防止措置を講じることが義務づけられました。
マタハラの具体例として、次のようなものがあります。
・上司に妊娠を報告し育児休業を請求したら、「ウチは育休を取れる状況ではない」と言われた
・育児時間をとって早く帰ると、同僚から嫌味を言われる
・つわりがひどいのに、上司から「妊娠は病気ではないので甘えないでほしい」と言われた
・子どもが発熱して遅刻や早退を申し出るたびに、同僚から「本当に迷惑」と嫌味を言われる
マタハラは、たとえ法律違反にならないとしても、多方面に悪影響をもたらし、企業に多くのデメリットをもたらします。起きてしまった場合の悪影響としては次のようなものが挙げられます。
・妊産婦・胎児の健康への影響
・働く女性のモチベーションの低下
・退職などで優秀な人材を失う
・取引先などからの評価が下がる
・社会的な信用を失う
マタハラも法律で定義されたものなので、この対応もしっかりと行わないといけないのです。
(内海 正人 : 人事コンサルタント・社会保険労務士)