私はジェラート ピケを勝手に擬人化し、ひがんでいた。(写真はイメージ/写真提供:photo AC)

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貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。現在もアルバイトを続けながら、「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。当たり前の日常を送る者の視界から、こぼれ落ちる人たちがいる――。壮絶人生の中出会った《贈り物》とは。

【写真】『死にそうだけど生きてます』

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ジェラート ピケ:先入観との決別

忘れられない出来事があった。「私が〈普通〉と違った50のこと」を読んでくださった方から、長文の手紙とともに、たくさんのギフトが送られてきた。一つひとつの品に、丁寧な解説が付いていた。

頭皮の湿疹に悩まされていても地肌に優しいシャンプー、ブラシ、シルクの枕カバー。お茶が好きな私のためにと、可愛らしい箱に入った紅茶。そして、高身長の私でも着られるサイズのパジャマ。パジャマはジェラート ピケのものだった。

ジェラート ピケ。

ジェラート ピケには、長年微妙な感情を抱いてきた。その可愛らしいデザインのホームウェアブランドは大学生のプレゼントの定番品だった。友人たちもよく贈り合っていた。私にはとても買える値段ではなかった。だから私にとっては、自分と違う世界を象徴する品の一つだった。

私ははじめからジェラート ピケには相手にされていない。

そういう感覚があった。私はジェラート ピケを勝手に擬人化し、ひがんでいた。そのジェラート ピケ!の品を生まれてはじめて手に取ったのだ。伸縮性があって、驚くほど触り心地がよい。背が高い私にもゆとりがあった。すべてが素敵だった。

これが、ジェラート ピケと私の和解である。
(いや、勝手に距離を取っていただけなのだが)

自分では絶対に買えないものをプレゼントしていただいた。そのことももちろん嬉しかった。しかし何より、贈り主の「心」に打たれていた。

長文の手紙から、私がお会いしたことのない、顔も知らないその方の人柄が伝わってきた。一つひとつに添えられている「なぜそれを選んだか」のメッセージを読むうち、自然と涙が溢れていた。その方の心に触れたのだ。

プレゼントをもらうことも、あげることも好きになった。
贈り物って、素敵なものだな、と思えるようになった。

仕事で遠くへ行くことになれば、贈る相手のことを思い浮かべながら、お土産を買うようになった。予算内に収めることだけを考える苦しい消去法ではない。選ぶ行為が、相手を想う行為になった。

贈り物をいただく時の気持ちも変化した。見合ったものを返さなくてはならないと焦るのではない。そうではなく、まずはありがとう。素直に受け取っていいのだ。そんな風に思えるようになった。

人は変わっていける。
人の厚意を感謝して受け取る。
人に心を贈る。

与えられた経験が、「人に与える喜び」を私に教えてくれた。


「ザ・都会」なラグジュアリーな空間で、スイーツの乗った三段重ねのタワー的なものが出てきた。(写真はイメージ/写真提供:photo AC)

生きる力:いつか恩を返したい

ジェラート ピケだけではない。社会に出て出会った人たちはよく、さりげなく私にプレゼントを贈ってくれた。

ある時、かおりさんが待ち合わせの場所に書店を指定した。落ち合うと、いろんな売り場を案内してくれて、考えながら本を選んで、それらをプレゼントしてくれた。かおりさんは、そうしていつもよくしてくれるのだが、私は癖で、喜ぶよりまず先に「申しわけない」という反応をしてしまう。かおりさんは言った。

「あなたはまだ、たくさん受けないといけないんだよ。返そうとか思わなくていい。いつか余裕ができたら、次の世代に還元すればいいんだから」

ぴろさんという友人は、「ヒオカちゃんをアフタヌーンティーに連れていきたい」と言い出して、その場ですぐにホテルのアフタヌーンティーを予約してくれた。

「ザ・都会」なラグジュアリーな空間で、スイーツの乗った三段重ねのタワー的なものが出てきた。こんなの雑誌でしか見たことがない。フォークやナイフの使いかたはぎこちないし、こういう場所のマナーもわからない。オロオロしている私の横で、ぴろさんは無邪気に「おいしそう〜!」と言って、慣れた手つきでパクパク食べはじめた。その様子をちらちら観察しながら、私も見よう見まねで、三段タワーに挑んだ。

バイオリンやピアノを演奏する外国人が、ラウンジ内を陽気にぐるぐる回る。なんていうか、「非日常」であった。

夢のような時間が過ぎると、ぴろさんは、「自分が持つから〜」と言って、さっと奢ってくれた。焦った私は、「えええ? お誕生日いつ? 必ず返すから!」と言った。ぴろさんは言った。

「返そうとか、思わなくていいんだよ。自分だってもう少し若い時は、色んな人にご飯に連れていってもらったんだ」

初期から私の書く文章を読んでくださっている二人の方は、何かとギフトを贈ってくれる。どれも自分では絶対に買わない/買えないようなものばかりだ。

なんでこんなに良くしてくれるんだろう?
いつも不思議でならなかった。

そのお二人は言う。

「私も、若い時はとても苦労して、その時、本当に色んな人に助けてもらったの。だから、受けたものを次の世代にお返ししているつもりなの」
「返そうと思わなくていい。こちらは、あげたいからあげているだけだから」

私が出会った人たちは、社交辞令で「返さなくていい」と言っているのではないということがわかった。本当に心から言っているのだ。

余裕ができたら、その時は次の世代へ。

これは本当に大切な教えだ。

私もいつか中年になり、そして少しでも余裕ができたら、その時は寄付をしたい。そんな風に考えるようになった。

こんなに優しくしてもらった。
無条件で与えられた。
だから、いつか自立して、恩返ししたい。
それはプレッシャーではない。
生きる上での活力になっている。

※本稿は、『死にそうだけど生きてます』(ヒオカ:著/CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。