「友達の夫との密会はルール違反でしょ!」独身女を問い詰めると、絶句するような返答が…
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そしてドラマの舞台も…。夜の港区から、昼の港区に変わるのだ。
20代は深夜の西麻布で、30代は昼の麻布で。女たちは時に嫉妬し、時に優越感に浸る。
これは大人になった女たちが港区で繰り広げる、デイゲーム。
◆これまでのあらすじ
同い年の1歳の子どもがいる優子を、六本木の自宅に招いたサトミ。その日の夜、優子の夫から個別にダイレクトメッセージが届き、ゾッとするサトミだが…。
友達の夫と密会――「男と女」の距離感の問題
「ふぅ」
私はお風呂から上がり、スキンケアとボディーケアを済ませ、髪を乾かした。
さっき湯船に浸かりながら菜々緒に送ったLINEのトーク画面を、もう一度開いた。
でも、いまだに既読もついていない。
― もう〜〜〜。まだ仕事してるのかな。
時刻は21時。菜々緒の仕事はWEBデザイナー。単なる事務職ではないし、案件によっては残業もあるだろう。
でも、私は早く連絡が欲しかった。
優子の夫である堀井平蔵から、「平日に会えないかな?」という趣旨のやや長文のメッセージをもらったまま、既読スルーしているからだ。
スマホを持ってリビングに向かうと、ようやく菜々緒から返事が来たのだが、その内容は想像したものと違っていた。
『菜々緒:サトミ、私いま堀井さんと一緒にいるよ』
「ん?堀井?」
菜々緒が言う“堀井さん”が、優子の名字だと気づくのに数秒かかった。
『サトミ:それって、まさか優子の旦那さん?』
『菜々緒:うん。いま渋谷で焼き鳥食べてる』
― 優子の旦那さんと菜々緒。ふたりで会っているの?
私は動揺したが、なんて返せばいいのかわからず、衝動的にスマホの画面を消した。食事の邪魔をするわけにもいかないし、ふたりは仕事関係でつながりがあるのも知っている。もしかしたら、仕事の打ち合わせを兼ねているのかもしれない。
― でも、デートの可能性だってあるよね…。
詳細が気になったが、その後菜々緒からも連絡はなく、私はおとなしく寝ることにした。
「寝るね。おやすみ」
「おぅ。おやすみ〜」
リビングのソファベッドでスマホを触っている夫に声をかけ、寝室に向かう。
頭の中はモヤモヤでいっぱいだったが、私はとりあえず考えるのをやめ、息子が眠るベッドにそっと入り、体をぴったりと寄せて眠った。
◆
青山にある『テストキッチンH』に、菜々緒は5分遅れで現れた。
「サトミ〜!遅れてごめんねっ」
翌週の土曜日。私は菜々緒をランチに誘ったのだ。
もはや私が堀井平蔵から受け取ったメッセージなんかどうでもよかった。友達の夫とコソコソ密会している菜々緒のほうが問題だ。
ふたりの間に何かあるとしたら、私は菜々緒と友達ではいられない。だってそれは、れっきとした浮気の証なのだから。だから、真相が知りたかった。
トレードマークの金髪を軽く巻き、ラフな格好で登場した彼女は、今日も個性的な魅力を放っている。
「わぁ。初めて来たけど広くて開放感あっていいね!パスタもおいしそ〜」
「ここは子連れにも優しいからよく来るんだよね」
私たちは当たり障りのない会話をしながら、ランチのコースとハーブティーをオーダーした。
「ねぇ、菜々緒。単刀直入に聞くけど、堀井さんとそういう関係だったりする?」
私は、早速本題に入る。
「え…!?」
菜々緒は大きな目をパチクリさせた後、目尻を下げて笑った。
「私と堀井さんが?あはは!ちがうよ〜。ただの飲み友達。というか仕事仲間かな」
「でも、ふたりで食事したりお酒飲んだりしてるんだよね。そのこと、優子は知ってるの?」
「それは…知らないと思う」
そのあと菜々緒は衝撃的な一言を放つ。
「でもさ、別に何もないんだから、たまに会うくらいよくない?」
私は、大きくため息をついた。
菜々緒は可愛らしい名前とは裏腹に、3人の中で一番サバサバしている。
男友達が多い割には、浮いた話もあまり聞かない。だから、男女の関係の有無を本気で疑っていたわけではない。
ただ、菜々緒は大雑把な性格で、考え方も私より適当なところがあるので、やはり優子に内緒だったようだ。
「そのまま内緒で会い続けるなら、私も菜々緒と会えなくなるよ。優子に悪いし」
「…」
菜々緒は、3人の中で一番お酒が好きだし強い。
だから、お酒の席に誘われたら基本は断らないだろうし、友達の夫とふたりきりで会うことに対してもあまり深く考えていないのかもしれない。
話しているうちに、それぞれが選んだパスタがきたので、私たちは、温かいうちに食べることにした。
それは息が詰まるような、無言の時間だった。パスタを半分くらい食べ進めたところで、菜々緒が口を開く。
「サトミと優子に7年ぶりに再会できたの嬉しかった。だから…私もこれからは、ちゃんとする。堀井さんとプライベートで会うのは良くないってことだよね。もう2人で会うのはやめる」
私は、フォークを置いて菜々緒に言う。
「この後、時間大丈夫だったら、六本木の方まで歩かない?」
酵素浴の予定があるから一緒にどうかと誘ったら、菜々緒の顔はパッと明るくなった。
私たちは表参道をぶらぶらした後、カフェでコーヒーをテイクアウトし、六本木方面へ歩いた。
「子どもがいると家にいる時間が多くてさ。天気が良くても体力がなくて外出られなかったりするし。たまには歩かないとね」
「サトミ、すごいよね。見た目は気の強い綺麗なお姉さんなのに、ちゃんと子育てしてるんだもんなぁ」
「“気の強い”が余計よ」
私は笑いながら、以前は飲み友達だった菜々緒と、アルコール無しでの会話を楽しんだ。
本当のところ、頭の片隅には常に息子がいて、完全にはリフレッシュできていない。
でも、土日のどちらかは夫に息子を預けて、ひとりの時間を確保するようにしている。
そうじゃないと、自分が保てないしInstagramのネタもない。それにYouTubeの動画編集もカフェでやった方が集中できるから。
菜々緒と話しながら歩いていると、あっという間に酵素サロンに到着した。
ロッカールームで着替え、温かい酵素風呂に入ると、汗とともに日頃の疲労も流れ出る。
実は、InstagramのPR案件だったのだが、プライベートでも通いたいほど気に入った。
「堀井さんにはさ、仕事の相談乗ってもらってたんだよね。それがよくないことだってこと、今日わかった…。正直、私の価値観では別に悪いこととは思っていなかった。男女の関係はないわけだし。でもこれ、ふつうじゃないのかな…」
シャワーを浴びて、休憩室で水分補給をしていると、菜々緒が話の続きを始めた。
菜々緒は社員が15人ほどのWEBデザイン会社で、デザイナーとして働いている。
元々は大手企業にいたのだが、自分のやりたいデザインができず、ベンチャー企業に転職。
しかし、エンジニアでもある社長と意見が対立してばかりだし、若手の育成も思うようにいかないそうだ。
「まぁ、価値観は人それぞれだと思うけど。仕事大変そうだね」
「いやいや。ひとりの人間を産み育てるほうが大変だよ」
私の仕事は、家事と育児だとしたら、悩みは1歳になる息子がまだ歩かないこと、哺乳瓶を卒業できる気配がないことくらい。
7年前、私も菜々緒も似たような悩みを持ち、共有できていたと思う。
しかし、今は悩みの種類が全く違う。
女の友情が維持できないのは、悲しいけれど仕方ないのかもしれない。
「それと、堀井さんは私のこと女として全く見てないよ。優子も言ってたけど夫婦仲良いみたいだし」
「そっか」
― 夫婦が仲いい。それはうらやましいわ。
「あとさ。サトミ、堀井さんからのメッセージは気にしなくていいと思う。優子も友達少なそうだし、堀井さんも私たちと仲良くなりたいだけだから」
そんなメッセージをもらっていたことを、私は自分でも忘れていた。
もしかしたら、警戒しすぎていたのかもしれない。友達の旦那を悪く思うなんて…今となっては申し訳ないとまで思う。
「うん。わかった、ありがとう」
「今日はありがとう、あとごめん。またゆっくり話そうね」
そう言って、菜々緒はサロンを後にすると、恵比寿の自宅までタクシーで帰っていった。
菜々緒と、優子の夫である堀井平蔵は、結局何もなかった。
菜々緒は色々言いながらもキャリアウーマンとして自分のやりたい仕事にとことん向き合っている。そして、優子は夫婦仲が良好だということを知った。
でも私は経営者の夫がいてかわいい子どももいて、2人よりも裕福な生活をしているし、港区に住んでいる。
― はぁ。最低だな、私。
友達の幸せを願いながらも、どこかでふたりに勝てるところを探しているのだ。
何歳になってもこの何とも言えない負の感情に振り回されることに辟易する。
そして結局、菜々緒と私の「男女の距離感」の価値観のちがいは、どちらが正しかったのだろうか。
そんなことを考えながら、私はコンビニに寄ってから、早足で自宅を目指した。
早歩きなのには、理由がある。30分前に夫に連絡したのに、返信はなく電話も出ないからだ。
― 大丈夫かな…?
「何か、嫌な予感がする」私は部屋に向かうエレベーターの中で、ポツリとつぶやいた。
そっと玄関を開けリビングに向かうと、その予感は的中していた。
「ちょっと!どういうこと?」
私は思わず声を張り上げた。そこには目をそらしたくなるような光景が広がっていたのだ。
【登場人物】7年ぶりに再会した32歳女たち
▶前回:「有明タワマンには興味ない!」子ありでも“港区在住”にこだわる、32歳女の水面下バトル
▶1話目はこちら:夜遊び仲間の“悪友”に7年ぶりに再会。環境が変わっても女の友情は成立する?
▶Next:12月3日 土曜更新予定
夫に激怒したサトミは、1人で“あること”をしようと決心する-
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