国道といえば、日本で最上級の道路であり、交通量が多く整備が行き届いた立派なものをイメージする人が多いだろう。しかし、そんなイメージとは裏腹に、道幅が狭く舗装は剥がれ、路面に無数の落石が転がっているという酷い状態の国道も存在している。私はそんな酷い国道に魅力を感じて全国を巡り、親しみを込めて“酷道”と呼んでいる。

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 酷道といっても、国道の起点から終点まで、ずっと酷い道という訳ではない。多くの場合、都市部や市街地では2車線や4車線の高規格な道路であり“普通の国道”を装っている。それが郊外を抜けて山間部に差しかかると表情が一変、恐怖の“酷道”となってドライバーに牙をむく。


山を切り開いて国道490号につくられた大田トンネル。この先に“酷道”があるとは想像もつかない

走るなと言われる国道

 山口県を縦断する国道490号は、セメントの産地として知られる宇部市を起点に、萩焼で有名な萩市までを結んでいる。全長60キロほどの比較的距離が短い国道で、山口県内で完結している。そんな国道490号だが、山あいの区間に、わざわざUターンしてまで県道へ迂回するように呼びかける看板が設置されているというのだ。

 Uターンしてまで走るなと言われる国道。それは是が非でも走ってみたい。というわけで、私は岐阜県の自宅を出発し、国道490号を目指して山口県に向かった。中国自動車道の美祢東JCTから国道490号に入ると、しばらくは高規格道路“小郡萩道路”として整備された区間が続く。整備区間は13キロ先の絵堂ICで終点となり、ここからは一般的な2車線の下道となるが、ほどなく三叉路に差しかかる。

 信号機のない三叉路では、これまで同様2車線の道路が目の前に続いているが、国道490号を走り続けるためには、交差点を左折する必要がある。直進すると、県道32号に入ってしまうからだ。

 左折したすぐ先には、道路脇に大きな看板が立っていた。

目を疑うような看板が……!

 “この先、この国道490号においては萩までの間(美東町二反田〜萩市山田の間13km)は道路巾が狭く乗用車でも通行が難しい箇所があります。”

 と書かれている。なかなか丁寧にこの先の道路状況を伝えてくれる。驚くのは、その続きだ。

 “お急ぎとは思いますが Uターンをして県道32号の通行を御勧めします。山口県”

 手前の交差点で国道490号と県道32号が分岐しているが、そのまま並行してどちらも萩市に向かっている。国道は酷い道になるので、県道を走ることを推奨しているのだ。

 国道をUターンしてまで県道に迂回しろというのは、尋常ではない。日本で最高峰の道路である国道が、格下となる県道を走るよう勧めているのだ。国道としてのプライドはないのかと問いたい気もするが、事実として県道のほうが走りやすいのだから、仕方がない。

 また、国道といっても国が直轄で管理している国道は実は少なく、都道府県が管理している国道のほうが多い。この国道490号も、山口県が管理している。国道490号と県道32号の管理者が異なれば争いに発展してもおかしくない状況だが、どちらも山口県が管理しているため、こうした看板が設置できたのだろう。

 看板を見てここでUターンするドライバーも少なくないだろうが、私は酷道を走りたくて山口まで来たのだから、もちろん直進する。看板を過ぎるとセンターラインは消えるが、対向車と楽にすれ違うだけの道幅はある。田園地帯をゆく国道には、山口県特有のオレンジ色のガードレールがひときわ映える。

 すると、先ほどと全く同じ看板が現れた。念には念をということだろうか。2枚目の看板を過ぎると、対向車とのすれ違いがやや困難な細い1本道となった。

 そして、またしてもUターンを促すあの看板が立っていた。3回目だ。しつこいぐらいにUターンを促してくる。

 道路地図やカーナビを見て「国道490号で萩へ行こう」と考えていたドライバーが、1回目は迷いながら突破したとしても、3回目ではさすがに負けてUターンするだろう。大事なことは、一度言うだけでは伝わらない。どうしてもこの道を走らせたくないという、山口県の強い意志が伝わってくるようだ。

本格的な“酷道”の出現……!

 3枚目の看板を過ぎると、いよいよ本格的な酷道となり、対向車とすれ違うことができない細い道が続く。こうした道を走るとき、待避スペースを通過する度におよその場所を覚えておく必要がある。対向車が来た場合に、どれぐらいバックすれば待避できるのかを知るためだ。

 バックする距離が長いからといって、相手に下がってもらう訳ではない。距離の目安が知りたいだけだ。趣味として訪れている以上、常に対向車が優先、自分がバックする側だと思っている。

 田園地帯から山間部に入ると、道幅はさらに狭くなった。酷道でのドライブは、多くの情報を次々と処理しないといけないため、実は結構忙しい。ずっと遠くを見渡し、対向車の接近をかなり遠くから察知しておかないと、すれ違うのが大変になる。パンクを防ぐため、路面の落石も極力踏みたくない。獣が飛び出してくることもあるし、倒れかかっている木がないか、上方の確認も必要だ。

 慎重に運転していると、県道308号との分岐に差しかかった。右に別れる県道308号は、国道490号よりも道幅が広いように見える。なんだか納得がいかないが、酷道ではよくあることだ。

 Uターンを促す看板には13キロの区間と書かれていたが、10キロも走らないうちに改良区間に到達し、酷道は終了した。看板設置後に改良工事が行われ、酷道区間が短くなったのだろう。

時代の変化に取り残され、いずれ消えゆく酷道

 この酷道490号は、高規格道路“小郡萩道路”として整備される計画があり、既に工事が始まっている。Uターンを促す2枚目の看板の近くでは、トンネルの掘削工事が進行していた。一連の工事が完成すれば国道490号の酷道区間は解消される。つまり、酷道490号は消滅する。

 国道は全国に459路線あり、これ以上増える見込みはない。現在ある酷道は、道路整備が進むと普通の国道になってしまうので、酷道はいずれ全て消滅する運命にある。

 国道制度が始まった明治時代には、全ての国道が酷道だったと言っても過言ではないだろう。モータリゼーションを経て自動車中心の社会へと進化してゆくなか、時代の流れに乗り遅れてしまったのが、酷道であるともいえる。

 時代の変化に取り残され、いずれ消えゆく酷道。その運命に、儚さや魅力を感じるのは私だけだろうか。酷道を楽しむことができるのは、今だけかもしれない。

(鹿取 茂雄)