年収“8ケタ”(1,000万円以上)を稼ぐ女性たち。

給与所得者に限っていえば、年収8ケタを超える女性の給与所得者は1%ほど。(「令和2年分 民間給与実態統計調査」より)

彼女たちは仕事で大きなプレッシャーと戦いながらも、超高年収を稼ぐために努力を欠かすことはない。

だが、彼女たちもまた“女性としての悩み”を抱えながら、日々の生活を送っているのだ。

稼ぐ強さを持つ女性ゆえの悩みを、紐解いていこう――。

▶前回:デートの愚痴を女友達に報告。「一生ひとりでいなさいよ」と言われた、年収3,500万円の女は…


File11. 香苗、年収2,400万円。私が欲しいのは…専業主夫!


「おはようございまーす」

時間は朝5時。

タクシーに揺られながら頭を目覚めさせ、香苗はテレビ局に入室した。この時間の外はまだ薄暗いが、香苗の1日は始まっている。

「太田さん、おはようございます。こちらが今日の分です。よろしくお願いします」

デスクに座ると、スタッフが今日の番組の進行表と台本を渡してきた。

香苗が担当しているのは、経済番組の国内外のマーケット情報コーナーだ。

自分の専門分野ということもあり、マーケット情報は当然国内外のメディアや専門チャンネルから常に入手している。

しかし、番組で香苗に求められるのは、基礎的なマーケット情報を踏まえての「局の意向に沿ったコメント」だ。そのため、本番開始まで1秒たりとも無駄にせず台本に目を通さなければならない。

番組開始前の打ち合わせを終え、朝食に用意された『ハンバーガー&サインドイッチ ベイス』のサンドイッチを食べた香苗は、そのままヘアメイクルームに向かう。

隣には、メインキャスターのアナウンサーが座っていて雑談をする。

最初の頃こそ「隣にアナウンサーがいる!」と緊張したものだったが、出演して1年経ち、今ではこのような光景にもようやく慣れてきた。

香苗は一橋大学院の商学専攻科を卒業後、大手新聞社に入社した。

入社した時点で紙媒体などのマスメディアの市況は下降線を辿っており、決して景気がいい業界ではなかった。

しかし、香苗はそれでも「自分の学んできたことを生かせるのは経済メディアだ」だと固く心に決めて、就職活動をした。

その就職活動を経て入社した新聞社で、編集局や論説委員会のスタッフ経験を積んで、2年前からコメンテーター職となっている。

香苗は今年で38歳。この年齢でのコメンテーター抜擢は極めて異例なことだ。

しかし、女性活躍を推進する状況において、経済紙もその一翼を担う必要がある。

だから経済番組に女性コメンテーターを露出させたかったのだろう…ぼんやりと、会社の意向を汲んでコメンテーターとなった香苗だった。


8時から10時の番組が終了し、簡単なラップアップをして香苗は局を出た。

しかし、香苗の1日はこれで終わりではない。

香苗は経済マーケット専門のコメンテーターをしているが、テレビ番組に出るだけではなく、新聞記事の執筆活動もしなければならないのだ。そして、それらの活動をこなすためには、当然日々の勉強が欠かせない。

そのため、必要とする情報が豊富にある様々な図書館や証券取引所に足を運んでは、情報収集するのが日常だった。




この日、香苗は六本木一丁目のJETRO図書館にいた。

必要な情報を探していると、あっという間に14時近くになっていた。このままのんびりしては、執筆活動に時間を割くことができなくなる。

そこで、六本木一丁目の『THE CITY BAKERY』で手短にランチを済ませて帰宅したのだった。

― 我ながら…この部屋、ホントどうにかならないかな…。

帰宅した香苗は、心底うんざりした。

38歳、年収2,400万円ということで、それなりの高級マンションに住んでいる。

しかし、香苗は忙しさにかまけて家事がまったくできていない。部屋は整理整頓も掃除もままならず、とても女性の部屋とは思えない有様だった。

この部屋の様子を見て、ぼんやりと香苗は思った。

― あぁ、そっか…。私が稼ぐから、主夫がいればいいんだ。専業主夫になってくれる男性との出会いを探せばいいんだ。

「案外いい考えかもしれないわ」と自画自賛しながら、早速婚活を開始するべく、香苗は結婚相談所に入会することにした。




香苗が登録した相談所は、お見合いで実際に対面するまで個人の名前が相手に明かされないシステムだった。

そして、お見合いした相手のことを口外してはならないことも会員規約に記載されている。

そのため、テレビに出演しているメディア人の端くれでもある香苗でも婚活しやすい環境だったのだ。

会員登録後、担当のカウンセラーが早速マッチングしてくれた候補者と、香苗は早速お見合いをすることにした。

「まずは何より、清潔感が大切です。ファッションの好みはお相手次第ですが、清潔感がない方は問題外です。その上で、ご自身に似合う服やメイクで臨んでくださいね。

ご自身のお好きな服を着るのは、2回目以降になさってください。まずは、初対面で好印象を与えることが大事ですよ」

― 清潔感ねぇ…。まぁ普段そこまで変な格好はしていないつもりだし、普通にしていればいいか。

香苗は深く考えず、手持ちのEPOCAのワンピースにジャケット、シンプルなヒール靴というコーディネートで向かうことにした。


お見合いの場では、最初に自己紹介。その後に、お互いのことを知るための会話の場となる。

香苗の主張は、明確だった。

「私は仕事で忙しく、家事に時間を割くことができません。その代わり、生活費は多く渡すので、家事全般は基本的にしていただけるパートナーを希望します…」

― 「専業主夫が欲しい」ってダイレクトに言うのも気が引けるけれど、実際に私の婚活の目的はそれだしなぁ…。時間をあまり無駄にしたくないし。

こんな考えが頭をもたげ、やんわりと表現しつつも、結局は「専業主夫が欲しい」に帰結するのだった。

その結果、3人とお見合いしたが、3人ともご縁がなかった。

香苗の戦略としては、自身の経済力に男性が乗っかってくれるように「年収」を売りにしたつもりだったが、一向にうまくいかなかったのだ。

― やっぱり「専業主夫が欲しい」アピールって、ダメだったのかな…。

しかし、世の中には“男性の年収に乗っかる女性”が多いというが、香苗は違うという自負がある。むしろ「お金を出していい暮らしをさせてあげる」って言っているのに…。それに見た目だって、一応テレビに出ている身だから小綺麗にしているのに…。

そんな言い訳ばかりが、心の中で渦巻いてしまうのだ。

香苗は、思い切って相談所のカウンセラーに今後の対応を相談することにした。




カウンセラーとの面談で、香苗はこう切り出した。

「私がこちらに入会した目的は、『家事全般を協力していただけるパートナーが欲しい』ことです。

もちろん、そのために生活費を多く負担することは構いません。ただ、あまりそれがお相手の方々の意向には沿わないようで…」

香苗は一通り、悩みを打ち明けた。

しかし、それを聞いたカウンセラーから思いもよらぬ言葉が返ってきたのだ。

「香苗さんから伺うお話ですが、ご自身のことばかりですね」
「え?どういうことですか?」

今までになく厳しいカウンセラーの様子に、香苗は驚きながら聞き返したが、カウンセラーは臆することもなく言った。

「当たり前のことですが、結婚はお相手がいて初めて成り立つものです。お相手にも理想の結婚像がありますが、香苗さんはそれをちゃんと聞きましたか?

覚えていらっしゃるかわかりませんが…。最初にご説明しましたが、私たちの理念は『人生の素晴らしいパートナー探しを応援したい』です。

ですが、今の香苗さんはまるで『パートナーではなく家政婦となる男性が欲しい』とおっしゃっているように見えます」

「えっ…」
「もう1つ、少々耳が痛いかもしれませんが申し上げます。香苗さんは確かに優秀な学歴で、ご立派な職業に就かれており、年収も高い方です。ただ、それがにじみ出ているのです。

そういうのは、コンプレックスを持つ男性であればあるほどすぐに察知します。ご自身の努力を否定することはありませんが、『そう見えがち』というのはご認識いただいたほうがよろしいかと」

高年収を稼ぎ、メディアでも活躍し、プライドもあるのは事実だ。

しかし、こうきっぱりと自分の欠点を言われると、嫌でも自らの言動を振り返らざるを得なくなる。

― そっか、私は知らず知らずのうちに「主夫になりたい男は、自分を選ぶはず」と、上から目線の婚活をしていたんだな…。

しかし、カウンセラーの言う通り、相手には相手の結婚像がある。

他者理解が足りないことを素直に反省した香苗は、心を入れ替えてお見合いを再開させたのだった。




「専業主夫にしてあげる」という思い上がりを捨てて、婚活を仕切り直した2ヶ月後。

香苗はようやく「この人!」という男性、悟に出会った。悟は2年前に大病を患い、現在は復調しつつあるが、働くペースを落としているという。

お互いの結婚の理想像を伝えた後、悟はこう言った。

「病気の時にお世話になった職場ですので恩返しがしたいですし、今すぐに退職することは考えていません。ですので、専業主夫になることはお約束できません。ですが、時短勤務で仕事のペースは落としていますし、家事は基本的に僕がやるようにしますよ」

ネガティブに捉えられかねない「病気」という情報を、お見合いの場で言うのは、とてもためらわれただろう。しかし、病気のことを包み隠さずに話すということは、誠意を持って相手に向き合っているということだ。

さらに、「職場に恩返しがしたいから、退職は考えていない」という真摯な姿にも心が打たれた。

これは、一見すると香苗の希望には沿わないことだ。しかし、この人となら「お互いに会話を重ねて“一緒にいられる方向性”を見つけられる」と香苗は感じていた。

気がつくと、悟の人間性に惹かれはじめていた香苗は、自然にこう思った。

「この人となら、一緒にいられるかもしれない。何より、この人を幸せにしたいかも」

これまでの香苗にとって、婚活は「専業主夫探しの手段」でしかなかった。

しかし、悟との出会いを通じて、初めて「人生を共にするパートナー」という存在を理解した香苗は、もう迷わなかった。

「悟さんを幸せにしよう」

こう思いながら、今日も仕事に励むのだった。

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