水面下で進む中国・ロシアの核連携が促す日本の核保有

様々なミッションをこなす米海軍のロサンゼルス級原潜(6月16日ハワイ真珠湾で、米海軍のサイトより)
ロシアによるウクライナ侵攻にみられるように、力による現状変更の動きに対し、米国の核戦力等の抑止力では、既存秩序を力で護り抜くことができなくなりつつある。
ウクライナ戦争で機能せず、米国の核の傘
ウクライナはソ連が分離独立した当時、約1400発の核弾頭を保有し、ロシア、米国に次ぐ世界第3位の核大国だった。
しかし、ウクライナからの核拡散を恐れた米国、ロシア、英国はウクライナに安全保障を提供することを条件に、1994年ウクライナに、保有する核戦力を全廃し、その保有する核弾頭をすべてロシアに移管することに同意させた。
しかしその後の2014年のロシアによるクリミアの事実上の併合に際して、米英はウクライナの安全保障のために核の傘を差し伸べることはなかった。
今回のロシアのウクライナ侵攻に際して、ウラジーミル・プーチン大統領は露骨な核恫喝をかけたが、米英はロシアとの核戦争を回避するため、戦闘機、ロシア領内を攻撃できる長射程の各種ミサイル、新型戦車などの攻撃用兵器の供与をウクライナには行っていない。
このように、核大国に侵略され核恫喝を受けても、米国が保証していた核の傘(拡大核抑止)は機能しないことが明らかになった。
開戦から約3カ月を過ぎた今年5月20日から24日の間、韓国と日本を相次いで訪問したジョー・バイデン米大統領は、日韓首脳との会談において、核を含む米国の「拡大抑止は揺るがない」ことを強調した。
しかしその直後の5月25日に、北朝鮮は連続して3発の弾道ミサイルを発射し、6月5日には約30分間に8発の各種ミサイルを発射した。また、核実験再開の動きも見せている。
中国は、台湾海峡は自国の内海であると表明し、時にロシア軍と共同して、海空軍による日本や台湾周辺での軍事的示威行動を強めている。
このような米国の核の傘の信頼性低下と強まる中露朝の核恫喝や核戦力の質量両面の増強に対し、日本も、1972(昭和47)年10月9日の佐藤栄作内閣による閣議決定以来とってきた「非核三原則」にこだわることなく、現実的な独自の核抑止力保有の必要性とその可能性について、真剣に検討すべき安全保障環境にすでになっていると言えよう。
もともと非核三原則のうち「持ち込ませず」については、米国は核兵器搭載可能な攻撃型原潜などに核兵器を搭載しているか否かはあいまいにする方針を採っている。
また日本が自国領海を通過する米原潜が核搭載しているか否かを、乗り込んで確認することもできない。
すなわち、実質的には有名無実に等しい。
また、非核三原則そのものが、米国の日本に対する核の傘の信頼性を高めることに役立つ原則ではない。
今も抑止力の最高位に位置する核抑止力
抑止力には段階がある。
最上位に位置するのは、核兵器であり、生物・化学などの大量破壊兵器、その下に通常兵器、さらに下位に非軍事の外交・経済・科学技術・情報宣伝などの抑止機能がある。
いずれかのレベルの戦力が劣っていると抑止が破綻するが、仮に紛争が起こり、エスカレーションに至っても、より上位の抑止レベルで戦力が上回っていれば、それ以上に紛争がエスカレートすることは抑止できる。
すなわち、核戦力を保有していれば、原理的には仮に通常兵力で紛争になり劣勢になっても、核恫喝を加えることで、それ以上の紛争のエスカレーションや相手が望む紛争の結末の受け入れを拒否することができる。
また核兵器は、TNT換算で数十キロトンからメガトン級とされるほど、絶大な破壊力を有している。
その破壊力があまりにも巨大なため、一定水準以上の核戦力を保有していれば、いかなる核大国に対しても「耐え難い損害」を与える能力を持つことができるとみられている。
この核戦力の水準を「最小限核抑止力」という。
英仏がロシアを想定して保有している百数十〜三百発程度の水爆を主とする核戦力がこれに当たる。
北朝鮮が米国を直接核攻撃可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有を目指し、金日成以来、経済封鎖や国際的孤立にも構わず餓死者まで出しながら、核兵器とICBMの開発配備に国力を傾けて取り組んできたのは、このような核戦力の威力を高く評価していたからにほかならない。
イスラエルが、自ら表明はしていないが事実上の核保有国となっているのも、数十倍以上の人口と領土を持つアラブ諸国などに対する抑止力を維持するためであろう。
インドに対するパキスタンの核保有も同様の理由とみられる。
日本の核保有の可能性
日本も同様の理由で核保有を検討することは、決して絵空事ではない。
核兵器不拡散条約第九条三には、「この条約の適用上、『核兵器国』とは、1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう」と規定されている。
大戦末期の8月12日に日本が朝鮮北部の興南で核実験に成功していたとすれば(ロバート・ウィルコックス著、矢野義昭訳『成功していた日本の原爆実験-隠蔽された核開発史』(勉誠出版、2019年)参照)現在の核兵器不拡散条約の下でも、日本は核兵器国としての資格を有していることになる。
現在でも日米の専門家は、日本は数日以内にも核爆弾を製造する能力を持っており、投射手段も誘導技術も保有しているとみている。
日本はすでに核爆弾の燃料となる核分裂物質を保有している。また、核爆弾の設計・製造そのものは、今では概念設計は知られており、製造にもそれほど高度な技術も多額の経費も必要としない。
技術的にも財政的にも、日本の核兵器保有は短期間で実現可能な選択と言える。
米国による拡大核抑止の保証は、日本が独自の核能力を持とうとしない最大の理由である。しかし、米国の中露に対する核戦力バランスは不利に傾いている。
ウクライナ戦争により中露はより連携の度合いを強めており、この緊密な関係は、中露首脳会談などでも確認されているように、共同訓練、先端軍事技術の共同開発など安全保障分野にも及んでいる。
明記はされていないものの、核戦略でも中露間の連携が密かに合意されている可能性は高い。
その結果、米国の専門家は、戦略核戦力の分野で中露が連携して米国を共通の敵とした場合、その核戦力バランスは2対1の劣勢になるとみている。
また、中距離核戦力全廃条約に拘束されず、1990年代から一方的に中距離核戦力を増強してきた中国がインド太平洋、特に西太平洋では優位に立っている。
また短距離核では、ソ連時代からロシアが長大な国境線を護るために今でも1800発以上の戦術核を保有しているが、米国は数百発程度とみられ、ロシア単独でも米国の4〜6倍の短距離核を保有しているとみられる。
中国がどの程度の戦術核を保有しているかは不明である。
総合的にみて、いずれの核戦力のレベルでも中露に対し米国は劣勢になっているとみられる。
すなわち、バイデン大統領の言明にもかかわらず、現実の戦力比較から判断すれば、米国の核の傘は信頼性を失っているとみざるを得ない。
このような核戦力のバランス・オブ・パワーの現実が、現在の中露によるあからさまな力による現状変更や核恫喝の背景にあるとみるべきであろう。
それが世界的な秩序崩壊を招いている最大の背景要因といえる。
このような核戦力バランスにより生ずる独自核の必要性をめぐる議論は、冷戦時代の欧州でもみられた。
多くの欧州の戦略家が、NATO(北大西洋条約機構)同盟の基礎となっている米国の核の傘の信頼性に疑問を呈した。
彼らは米国と欧州の防衛が「つながりを断たれる(decoupling)」ことを回避する唯一の方法は、欧州が独自の核能力を保有することであると主張した。
このような懸念から、英仏は独自核の開発を加速した。
他方米国は、自国の核兵器政策にNATOをより深く関与させるのを容認し、西独、英国、イタリアへの中距離弾道ミサイル配備を進めた。
すでに冷戦時代から米国の識者の間では、一部の日本人は、東京のためにニューヨークを危険にさらすようなことを米国が実行するか疑っているとみていた。
「米国は、在日米軍が極端な危険にさらされない限り、日本を守るために核兵器を使うことはあり得ないであろう」との日本人識者の言葉も報じられている。
今日でも、米国が中国に対して台湾を防衛できなければ、日本の指導者は米国の核の傘への依存政策を見直すよう迫られることになるであろう。
また米国は、北朝鮮の核ミサイル開発に対し有効な抑制策をとれないでいる。
米国は、ドナルド・トランプ大統領時代に韓国に原潜建造と韓国の弾道ミサイルに課してきた射程と弾頭重量の制約を解除することを認めたと報じられている。
韓国はすでに潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発配備を進め、2021年9月に水中からの発射試験に成功している。
また、2022年6月には、国産宇宙ロケット「ヌリ」による衛星軌道投入に2回目の発射で成功した。
米国の韓国に対する将来のSLBM保有を認める政策への転換は、日本に対してもとられるとみるべきであろう。
SLBM保有は核保有を意味するが、日本の核保有は、現在と将来の米国の中露に対する核戦力バランスの劣勢を考慮すれば、米国の国益にかなった合理的戦略でもある。
なぜなら、米国が日本に独自核保有を認めないとすれば、日本は中朝の核恫喝に対し屈するしかなくなり、日本は中国の従属国となり、その軍事基地化する。
そうなれば、米国は西太平洋の覇権を失うことになる。
日本を屈服させないためには、米国は大規模な地上兵力を派遣して、日本防衛のために中国軍と戦わねばならなくなるであろう。
それならば、日本には中国に対する最小限核抑止力とその運搬手段としての最も残存性の高い原潜に搭載したSLBMの保有を認めることが、米国の死活的国益を最低のリスクで守るための唯一の合理的選択ということになる。
変わる日本の世論と核保有の実現性
今後予想される台湾海峡や朝鮮半島の危機、強まる中朝露の連携と軍事的脅威などの情勢悪化に直面すれば、従来の国民の核アレルギー、反核感情に代わり、実効性ある抑止力と侵略に抵抗できる軍事力の保持を求める声が、若い世代を中心に日本国内でも高まるであろう。
前述したように、技術的には日本は、「仮想的な」核保有国ともみられている。
2004年当時の全米科学者連盟の見積によれば、「日本は1年以内に機能する核兵器を製造できる」とみられていた。
現在は、核爆弾なら日本は数日で製造可能と米国の専門家はみている。
日本は1992年からウラン濃縮工場を稼働させており、プルトニウムの再処理工場の建設は1993年から着工され2022年上期の竣工を目指しほぼ完成している。
福島第一原子力発電所の事故後、原発の再稼働と新設については再検討されているが、日本は世界最高水準の民生用原子炉技術を持っている。
日本の民生用の宇宙ロケットの一部は、わずかの努力で核搭載の可能な長距離弾道ミサイルになりうる。
日本がミサイルの搭載可能な潜水艦を開発し、これらのミサイルが潜水艦から発射されるようになれば、地下の固定式サイロのミサイルよりも非脆弱な核兵器システムになるであろう。
また日本の核物質とスーパーコンピューターに関する広範な経験と能力からみれば、日本の科学者は信頼のおける核弾頭を核実験なしでも開発できるとみられている。
また、NECとIHIエアロスペースは、弾道ミサイル弾頭部に使用する再突入体を開発し製造する能力を持っている。
その技術力は、誘導技術も含め「はやぶさ」などでも実証されている。
このように、日本は能力的には十分な潜在的核抑止力を保有していると、国際社会からも高く評価されている。
日本国内でも、反核平和・反原発運動を支えてきた非合理的でイデオロギー的な核アレルギーは世代交代とともに徐々に薄らぐであろう。
他方で今後、中朝露など周辺国の脅威がますます厳しさを加え、かつ米国の力が後退して日本に対する核の傘や安全の保証に信頼が置けなくなれば、国内世論も政治情勢も変化する可能性は高い。
ひとたび政治的決定さえ下されれば、技術的には数週間以内に信頼のおける核兵器を核実験なしでも製造できると、他国からもみられている。
このような状況を総合すれば、日本はいつでも核クラブの仲間入りができる潜在能力を持つ国であり、「仮想的な」核兵器保有国ともいえよう。
日本国民が非合理的なイデオロギー的拘束から解かれ、現実の脅威を直視し、合理的選択肢として核保有の必要性に覚醒するようになれば、独自核保有の道に踏み出し日本は最終的には最も信頼性の郄い抑止手段を手に入れることになるであろう。
もし独自核保有に踏み切らなければ、いずれ中朝の核恫喝に屈し、日本は主権と独立を失うことになるであろう。
筆者:矢野 義昭