そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。第15回は、「戦術〇〇」と「決まり事」について語ってもらった。
――◆――◆――
6月は我々セルビア代表にとって、貴重な時間になりました。日本代表もブラジル代表やチュニジア代表、ガーナ代表などワールドカップ・カタール大会出場3か国と対戦。11月の本大会へ向けて成果と課題が得られたのではないでしょうか。
ただ、チュニジアに0ー3で敗れたあとには、気になるやりとりがありましたね。三笘薫選手の「チームとしての決まり事のようなものを持たないといけない」という発言と、それに対する森保一監督の「メッセージとしては、彼自体が戦術であるというところ。世界と戦っていくうえで“薫が戦術”なんだ」という答えです。国内でも様々に議論されていますが、私は「これもありといえばあり。でも、それには……」という見解です。今回は我々の経験を基に「戦術〇〇」と「決まり事」についてお話したいと思います。
欧州は6月にネーションズリーグが開幕しました。私たちはノルウェー、スロベニア、スウェーデンと同組で計4試合を行ないました。初戦で対戦したノルウェー戦では多くの時間帯でゲームを支配し、ミスター(ドラガン・ストイコビッチ監督)が目指す攻撃サッカーはできていました。でも結果は0―1の敗戦。なぜか。それは、相手にはFWアーリング・ハーランド(マンチェスター・シティ)がいたからです。
実際に生で対峙してみると、改めて彼の存在の大きさを感じました。もちろん、ノルウェー代表全体が良いチームですし、周囲がハーランドのやりやすい環境を作っているのはあります。
それでも前回コラムで記した『欧州のトップ・トップレベルで求められる“技術”のひとつ。ミッションインポッシブルなレベルのプレーをクリアできること』を体現していました。分の悪いボールを収めてくれるし、競り合いでも先に触って味方につなげることができる。得点も決められましたし、本当に脅威でした。
つまり、ハーランドのような、世界トップレベルの“個”を有するというのが大前提ですが、チームとしての最大ストロングが個の能力で、それが相手に勝るポイントならば“戦術〇〇”は充分に成立します。今の日本代表をどうこう言うわけではなく、世界にはそういうサッカーも実在するということです。
では、突き抜けた“個”が存在しない場合、明確な『決まり事』は必要になるのでしょうか。もしも『決まり事』がなければ「できない」と選手が言うならば、それは必要です。しかし、それを明確に提示しなくても、シチュエーションによってやるべきことや自分たちのアイデンティティを共有・理解できていれば、ブラジル代表のように、違うレベルの戦いに移行できるとも考えられます。
例えば欧州クラブはブラジル人もいればイタリア人やドイツ人が同一チームに在籍したりします。国によってスタイルが違うので、『決まり事』は必須です。でも彼らは自国代表に合流すれば、その国に根付くサッカーができるのです。ブラジル代表はDFであろうと誰だろうとテクニックとアイデアに溢れたチームになるし、ドイツ代表は統一感のある、力強いサッカーができます。
クラブを様々な国の料理を詰め込んだ幕の内弁当に例えるならば、国家代表というのはトラディショナルなコース料理です。イタリア料理でもドイツ料理でも、言わなくても“必要食材や下味(=最低限の決まり事)”は分かっているはずです。