米最高裁前で抗議活動を行う中絶合憲派の市民(6月25日、写真:AP/アフロ)

 米連邦最高裁が、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下した。

 これにより、全米の50州のうち南部、中西部の「レッドステート(共和党支配州)」26州が中絶の禁止や厳しい制限に動く。

 1か月以内に最高裁判決に即して一切の中絶を犯罪として扱う州は、テキサス、ルイジアナなど13州。それ以後、犯罪行為とみなされる州は、ジョージア、オハイオなどの8州になりそうだ。

 最高裁判決に従わない州はカリフォルニア、ニューヨーク、マサチューセッツ、ワシントン、オレゴン、ハワイなど「ブルーステート」(民主党支配州)16州だ。

 中絶を犯罪とする州では、妊娠23週前後に中絶を実施した女性は、最高10年の禁固刑、最高10万ドル(約1350万円)の罰金を科せられる。中絶を実施したものは終身刑を受ける。

 レイプされた女性、近親者による妊娠も例外とは認めない。

 ジョー・バイデン大統領は6月24日、今回の判決(その草案はすでにリークされてはいるが)にこう反発した。

「今日という日は、最高裁にとってもアメリカ合衆国にとっても悲しみに満ちた日となった。最高裁は極めて危険な道を歩み始めた」

「女性の健康と生命は今や、危険にさらされることになった。最高裁を占める保守派判事の多くが、いかに極端で国民大多数の声に反する意見を持っているかがはっきりした」

(https://thehill.com/homenews/administration/3536073-biden-says-court-leading-nation-down-extreme-path/)

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米国民10人中6人は「中絶は合憲」

 ちなみに中絶に関する米国世論は、ここ10年の間に大きく変化した。

 2012年には中絶に反対する「プロライフ派」が50%、中絶に賛成する「プロチョイス派」は41%だった。

 それが2022年には「プロチョイス派」が55%、「プロライフ派」は39%と逆転してしまった。

 2022年の時点での「プロチョイス派」のうち、「いかなる状況下でも中絶は合法だ」とする人は35%、「(レイプなど女性の意に反して妊娠したケースなど)特定の状況下での中絶は合法だ」とする人は50%となっている。

「いかなる場合でも中絶は違法だ」とする米国民は、1976年時点では22%だったが、それ以後は10%後半にとどまっていた。ただし、ドナルド・トランプ政権時には20%に達したことがあった。

(https://news.gallup.com/poll/1576/abortion.aspx)

「プロチョイス派」が勢いを増している最大の要因は、何といっても世代交代であり、女性の社会進出、さらには米国民の宗教離れ(キリスト教徒の激減)があるとされている。

 それでも20%弱の米国民が中絶を違法と主張している背景には、中絶禁止は聖書にはっきりと記されていると信じている宗教保守エバンジェリカルズや正統派カトリック教徒らが長年にわたって主張してきたことがある。

 政治的には、共和党は中絶反対を半ば党是とし、これら宗教保守を支持基盤にしてきた。

 特にトランプ氏は2016年の大統領選では、当選した暁には、「ロー対ウェイド判決」を覆すために最高裁に保守派判事を3人送り込むとまで言っていた。

(https://www.washingtonpost.com/news/the-fix/wp/2016/10/19/the-final-trump-clinton-debate-transcript-annotated/)

トランプ氏:破壊者左翼から米国守った

 今回の最高裁判決についてトランプ氏は、鬼の首でも取ったように誇らしげにフォックス・ニュースとのインタビューで語った。

「これぞ、真の最高裁の判決だ。プロライフ派にとっては最大の勝利だ」

「過激な左翼が米国をぶち壊そうとしているが、(今回の判決で)われわれの権利は守られた。国家は防衛された」

「『米国を救う』というわれわれの目標を達成するための希望と時間はまだまだある」

(https://thehill.com/homenews/3535917-trump-praises-supreme-court-decision-overturning-roe-v-wade/)

 今回の判決で「分裂国家・米国」の亀裂がさらに深まるのは必至だ。

 判決内容がリークされて以降、最高裁の保守派、ブレッド・カバノー判事に危害を加えようする左派分子の不穏な動きも出ている。

 万一、判事が暗殺されるようなことにでもなれば、米民主主義は地に堕ちる。バイデン政権は危機に直面する。

 もっとも米民主主義はすでに地に堕ちている。2021年1月6日に米議会に暴徒が乱入、米国民が立法府に送り込んだ議員たちが身の危険を感じた。

 ナンシー・ペロシ下院議長の執務室はめちゃくちゃにされた。上院議長を兼ねていたマイク・ペンス副大統領は議事堂の地下に逃げ込んだ。

 しかもこれら暴徒を唆したのは当時大統領だったトランプ氏ではなかったのか、といった大真面目な審議が下院特別委員会で行われている最中だ。

 今回の判決を契機にジョン・ロバーツ最高裁長官が最高裁を全く取り仕切れなかったことへの批判が出始めている。

(https://www.nytimes.com/2022/06/24/us/abortion-supreme-court-roberts.html)

 ワシントンの司法、立法、行政が一部過激派勢力によって振り回されていることに対する識者たちの怒りの声が広がっているのだ。

中絶問題を実際に処理するのは各州知事

 中絶問題は今後どうなるのか。

 一つ言えることは、米国は中央政府が決めたから最高裁が判決を下したからといって、各州地方自治体がつき従うシステムにはなっていないことだ。

 特に健康福祉、教育(銃所持もこれに入る)といった住民の身近な問題については必ずしも「上からのお達し」をそのまま受け入れない。

 今回の判決が州によっては直ちに行政の場で実施されないのはそのためだ。

 早くも「ブルーステート」の州知事らが反対の狼煙(のろし)を上げた。

 ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は6月24日、最高裁判断を受けて声明を発表した。

「何百万人もの米国人が自分の体について決める権利を奪われた。しかしニューヨークでは中絶が合法である」

(https://www.governor.ny.gov/news/statement-governor-hochul-supreme-courts-ruling-dobbs-v-jackson)

 ニューヨーク市のエリック・アダムス市長も声明を出し、非難した。

「基本的人権に対する冒涜だ。女性らを、生殖に関して束縛するものとしか言いようがない」

「最高裁の判断は、大多数の米国人の意見を無視し、州政府が女性の身体や選択、自由を制限するのを支援するものだ」

(https://www1.nyc.gov/office-of-the-mayor/news/434-22/mayor-adams-on-supreme-court-s-decision-effectively-overturn-roe-v-wade)

 カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は声明で、同州の対応について言及した。

「最高裁の判決は、全米数百万人の女性の健康と安全を脅かすものだ」

「私は、カリフォルニア州および米国内に住む女性の基本的人権を守るためにできることは何でもする覚悟だ」

(https://www.gov.ca.gov/2022/06/24/in-response-to-supreme-court-decision-governor-newsom-signs-legislation-to-protect-women-and-providers-in-california-from-abortion-bans-by-other-states/#:~:text=%E2%80%9CWith%20today's%20Supreme%20Court%20decision,beyond%2C%E2%80%9D%20said%20Governor%20Newsom.)

 ニューサム知事はカリフォルニア、ワシントン、オレゴン3州が全米各地にいる中絶手術希望者を受け入れる「西部連合」を結成すると発表した。

(https://twitter.com/gavinnewsom/status/1540368627144089600)

 今後、全米各地で判決に反対する集会・デモが繰り広げられるだろう。

 6月24日にはすでに「プロチョイス派」が保守系メディアのフォックス・ニュースの親会社「ニュース・コープ」前でデモ、数十人が逮捕されている。

 中絶問題は、11月の中間選挙の争点の一つとして急浮上してきた。

 劣勢が予想されるバイデン民主党だが、「バイデンインフレ」をある程度抑え込めれば、中絶問題は選挙には追い風になるかもしれない。

 最高裁が何と言おうとも、米国民10人に6人は中絶は合憲にしろと言っているのだから。

筆者:高濱 賛