松坂大輔(西武ドラフト1位)
まず松坂は外せない。高校3年時に甲子園春夏連覇を果たし、夏の決勝(京都成章戦)でのノーヒット・ノーランなど、いまさら説明の必要はないだろう。
そんな松坂だが、高校入学時は全然たいしたことのない普通の投手だった。ただ、投げ終えたあとのフォロースルーの右手が背中のほうまで届いていた。小学校の頃、剣道をやっていたそうなのだが、それによって背筋が鍛えられたのだろう。
富士山の登山に例えれば、徐々にではあったが、確実に頂上を目指し、順風満帆だった。普通の投手は途中でひと休みするものだが、松坂にはそれがなく、一気に駆け上がっていった。
基本タフだから、1日800球投げたこともあった。今の時代、こんなことをすればお叱りを受けるだろうが、当時は1日500球なんてザラだった。それが夏の甲子園準々決勝のPL学園戦の延長17回、250球の完投勝利につながったのだろう。
松坂は覚えも早かった。スライダーを教えたら、ほんの5、6球でコツをつかんで自分のモノにした。高校2年春に前橋工業戦で142キロを出した時に、ドラフト1位になると確信した。
プロ入り後は、日本シリーズ、ワールドシリーズ、WBC制覇など、数々の勲章を手にした。オレは200勝すると思っていたが、日米通算170勝。股関節が硬いから、メジャーのマウンドに合わなかったんだろうな。プロ11年目あたりからずっとリハビリを重ねていた。
日本球界復帰後は、往年の投球フォームは見る影もなかった。高校を卒業してプロに入って、3年連続最多勝。そこで勝負の世界を少し甘く見てしまったのかもしれない。そこが残念だった。
1年夏に甲子園を経験し、3年夏には全国制覇を達成した
愛甲猛(ロッテドラフト1位)
愛甲は高校1年夏から甲子園に出場し、高校3年夏はエースで3番。決勝で荒木大輔擁する早稲田実業を決勝で破り、全国制覇を遂げた。左腕から繰り出すカーブが武器で、愛甲もカーブの握りを教えたら簡単に覚えた。やんちゃだったが、実力は図抜けていた。
ただ投手としては、あそこが限界だったのだろう。プロでは1勝もできなかった。甲子園優勝投手でも打者に転向する選手は多い。あの王貞治さんだってそうだった。愛甲も高校時代からバッティングがよかったし、センスもあった。だから、迷いなく野手に転向できたのだろう。
通算1142安打を放ち、1989年には打率3割をマークした。それにゴールデングラブ賞を受賞したように、守備もうまい選手だった。
プロ入り後に大きく成長した成瀬善久
成瀬善久(ロッテドラフト6位)
成瀬は中学時代、スライダーとカーブの2つが抜群の投手だった。そのうえ、針の穴を通すコントロールがあった。高校入学後はチェンジアップも覚え、投球の幅を広げた。
とはいえ、球速はなかった。だから「スピードはなくても勝っている星野伸之(NPB通算176勝)のフォームを真似しろ。ボールを背中に隠せ」と指導した。それがあの"招き猫"と呼ばれたフォームになっていった。
成瀬のストレートは最速でも135キロ程度だったが、回転がいいから球が伸びる。このストレートを見て「プロでも絶対活躍できるはず」と思った。だから、何がなんでもプロに入れなくてはいけないと思った。顔見知りのスカウトに「間違いないから、だまされたと思って獲ってくれ」とお願いしたこともあった。
ロッテ6位で入団した成瀬だったが、プロ4年目の2007年に16勝1敗、防御率1.81で最優秀勝率と最優秀防御率のタイトルを獲得した。2010年も13勝を挙げ、シーズン3位から日本一の原動力となった。オレの目が確かだったことを証明してくれた。
中学時代から130キロを超すストレートを投げていた涌井秀章
涌井秀章(西武ドラフト1位)
成瀬の1学年下で、中学時代は千葉のシニアチームに所属し、当時から133キロを出していた。ただ、高校2年秋まではたいしたことがなかった。それをアメリカンノックで徹底的に下半身を鍛えた。3年春になって体ができあがって、最終的には148キロまで球速を伸ばした。
3年夏は甲子園に出場しベスト8に進出したが、準々決勝で優勝する駒大苫小牧に敗れた。
ヒデ(涌井)の調子が悪い時は、体が早く開いてしまい、ボールの出どころが打者に見やすくなってしまう。球の回転がよく死球も少ないから、打者が怖がらずに踏み込んでくる。もう少しボールが暴れてくれたら、外角を見送ってくれたんだが......。
今年は好調だと思っていたら、打球を受けて右手中指を骨折してしまったのが残念だ。
日本で唯一の「3球団で開幕投手勝利」を果たし、さらにこれも唯一の「3球団で最多勝」を成し遂げた。本当なら現時点で170勝くらいしていなくてはいけないし、通算200勝に到達すると思っていたが......今年36歳、185〜190勝くらいかなぁ。
高浜高校から明治大に進み、ドラフト1位で中日に入団する柳裕也
柳裕也(明治大→中日ドラフト1位)
甲子園に3度出場しているが、実力は横浜高校の歴代エースのなかでベスト10には入らない。高校時代の球速は130キロぐらいで、特筆すべきボールがあったわけでもなかった。
それが明治大に行ってからスピードが増し、ピッチャーとして大きく成長した。本来の才能が開花したこともあるだろうが、かなり努力したのだろう。
プロ入りしてからは、最初は苦しんだが、3年目の2019年に11勝をマーク。昨年はカットボールを武器に最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得した。球速は145キロ程度と決して速いわけではないが、コントロールがいい。
また柳は昨年、ゴールデングラブを初めて受賞した。その時に「高校時代に小倉コーチから徹底的に教えられたことに感謝する」とコメントしてくれた。
プロに行けるような投手はあまり打たれる経験がないため「打球処理」「クイック」「牽制」が鍛えられていない。ボール自体はいいのに、これができなくて一軍で投げられないのはもったいない。横浜高校の投手は、オレが徹底して鍛えたからみんなうまい。そのなかでも松坂はゴールデングラブ賞を7回、涌井は4回受賞しているが、守備に関しては柳が一番うまい。