三角比を学ぶメリットについて解説します(写真:umaruchan4678/PIXTA)

巨大IT企業がリードするグローバル社会において、数学はその産業の基盤となり、いまや欠くことのできない教養となっています。

「育ってきた環境・文化・常識が違う人が世界中から集まる場においては、数字を根拠に物事の全体像を俯瞰して判断し、数字や数式を使って情報を正確かつ具体的に伝えなければ、話を真剣に聞いてもらうことはできない」と語るのが、東京大学、JAXA出身で数学オリンピック出場経験もある永野数学塾塾長の永野裕之氏です。

新著『教養としての「数学?・A」』を上梓した永野氏が、今回は「三角比」を学ぶ意味について解説します。

前回:物事の本質は「2次関数」学ぶと理解が早くなる訳

紀元前6世紀にピラミッドの高さを測れた理由

「sin(サイン)やcos(コサイン)なんて社会で役に立たない」とかつてうそぶいた政治家もいましたが、古代から人間は三角比の有用性に気づき、さまざまに活用してきました。まずは、簡単に三角比の歴史的経緯から解説しておきましょう。

古代ギリシャの時代、ピタゴラスよりもさらに100年ほど前、ソクラテス以前の紀元前6世紀にタレスという哲学者がいました。彼はいわゆるギリシャ七賢人の1人で、自然哲学の始祖ともいわれている人物です。

タレスが取り組んでいたのは、今でいう論証数学です。基本的な事柄を証明したら、その証明された事実の上に新しい証明を積み重ねていく。こうした考え方は、タレスから始まったといわれています。

あるとき、このタレスがエジプトを訪れた際、ピラミッドを見てその高さを測ってみせるといい出しました。ほかの人はそんなことは無理だと思っていたわけですが、タレスはどうやってピラミッドの高さを測ったのでしょうか。

夕方あるいは明け方、太陽が傾いているとき、タレスは太陽に背を向けて立ち、自分の影の長さが自分の身長とちょうど同じになるまで待ちました。影と身長が同じ長さということは、図1に示したような直角二等辺三角形ができたということです。

●図1


出所:『教養としての「数学?・A」』

(外部配信先では図や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

そして同じときに、ピラミッドの影の長さを測ります。ピラミッドのほうにも大きな直角二等辺三角形ができているので、ピラミッドの1辺の長さを測り、その半分を影の長さに足せば、ピラミッドの高さがわかるというわけです。

タレスは、自分と自分の影がつくる直角三角形と、ピラミッドとピラミッドの影がつくる直角三角形は相似であることを利用しました。現代の私たちからすれば誰か気づいてもよさそうなことですが、当時の人はこの発想に大いに驚いたそうです。

直角二等辺三角形に限らず、すべての直角三角形は直角以外の角度の1つが等しいとき、必ず相似になります。

人類が「角度」に興味を持ったきっかけ

そもそも人類が「角度」に興味を持つようになったきっかけは、夜空の星の位置を把握しようとしたからでした。古代では天動説、つまり地球は静止していて星々が地球の周りを回っているという説が信じられていました。天動説では、地球の外側には「天球」と呼ばれる巨大な球体があり、地球以外の星はこの天球上を移動すると考えます。

天球上を移動する星を研究するうちに、人々の興味の対象はやがて、円の中心角と弦(げん)の長さの関係へと移っていきました。古代ローマのプトレマイオスが2世紀にまとめた「弦の表」には半径60の円について、いろいろな中心角に対する弦の長さが細かく調べあげられています。実質的にはこれは、のちにいうところのsinの値を調べたのと同じことでした。

ちなみに、半径が「60」なのは、当時天文学では60進法が使われていたからです。

こうしてプトレマイオスは、最終的に天体の運動を説明する理論を構築していきます(もっとも、天動説に基づく彼の理論は地動説の登場によって否定されることになりますが)。

数学?で習う「三角比」、これは三角形の辺の比のことです。sin(サイン)、cos(コサイン)、tan(タンジェント)はどの辺とどの辺の比を表しているか、どれがどれだかわからなくならないよう、これを覚えるための有名なテクニックがあります。

それは図2に描いた方法です。

●図2


出所:『教養としての「数学?・A」』

sinは<斜辺>分の<高さ>(つまりr分のy)だから筆記体の“s”、cosは<斜辺>分の<横>(つまりr分のx)だから“c”、tanは<横>分の<高さ>(つまりx分のy)だから小文字の“t”の字体でそれぞれ覚えるというやり方です。高校時代に習ったことを思い出したでしょうか。

もちろんこの覚え方が悪いとはいいませんが、もう少し本質的なことを理解しておいたほうが、後々応用が利きます。その方法を紹介しておくことにしましょう。

各辺がどういう関係か、パッと思い浮かぶようにする

重要なことは、直角三角形を見たとき、各辺がどういう関係になっているのか、パッと思い浮かぶようにするということです。r分のyはsinθ、r分のxはcosθですから、これらを式変形すると(両辺にrをかけると)、y=r×sinθ、x=r×cosθということになります。

すなわち、斜辺の長さをrとした直角三角形において、横の長さはrcosθ、高さはrsinθと示せることになります。

三角比といわれたら、以下の図3が頭に浮かぶようにしてください。

●図3


出所:『教養としての「数学?・A」』

この図が思い浮かぶと、物理の問題も解きやすくなります。

例えば、斜面を転がってくるボールにどんな力が働くか、という問題があったとしましょう。摩擦がなければ、重力mgと、斜面がボールを支える力、いわゆる垂直抗力N、この2つの力で物体の運動が決まります。このような場合、座標軸を設定してそれぞれの方向にかかる力を考えることになります。

座標軸の取り方はいろいろありますが、ここでは斜面と平行な方向をx軸、斜面に垂直な方向をy軸にしましょう。

mgをx方向とy方向の成分に分解すると図4のようになります。さあ、直角三角形が現れてきました。図4に示した角度をθとすると、mgのy軸方向の成分はmgcosθ、x軸方向の成分がmgsinθと表せます。

●図4


出所:『教養としての「数学?・A」』

ゲームにも三角比、三角関数が使われている

物理を勉強したことがないと一見難しく感じるかもしれませんが、ゲームでキャラクターにジャンプさせたりするときの動きも、こうやって三角比を使って力の成分を計算して、表現しているのです。

2021年6月、セガはその公式Twitterで「サインコサインタンジェント、虚数i……いつ使うんだと思ったあなた。じつは数学は、ゲーム業界を根から支える重要な役割を担っているんです」とツイートし、社内勉強会用の数学資料を公開しました。それはこうしたゲームのプログラミングに三角比や三角関数が使われているからなのです。

いずれにしても図3のイメージがあれば、三角比がさまざまなことに応用できるようになります。

次は、三角比の実用性を知るため、以下の例題をやってみましょう。

木の根もとから水平に10m離れた地点で、木の先端の仰角を測ったら28°だった。目の高さを1.6mとして木の高さを求めなさい。


出所:『教養としての「数学?・A」』

木までの距離と仰角(ぎょうかく)さえわかっていれば、実際に木の高さを測る必要はありません。

tanは<横>分の<高さ>でしたから、BC<高さ>は、木までの距離AC<横>10mに、tan28°をかければ得られます。tan28°の値は、関数電卓を使えばすぐに出てきます。

iPhoneをお持ちなら、電卓アプリを呼び出して本体を横にしてみてください。tan28°はだいたい0.5317だとわかります。

これに木までの距離10mをかけて、自分の目までの高さ1.6mを足せば、木の高さを測ることができます。


このように三角比を使って行う測量を「三角測量」といいます。タレスが行ったピラミッドの高さの測定も原初の三角測量といえるでしょう。

街中での測量や人工衛星の位置調査にも使われている

街中で、望遠鏡のような機器(測量器)を覗き込んでいる測量士を見かけたことがあるかもしれません。あのような測量器で測っているのは、角度です。途中に川があるなどの理由で、直接測ることが難しい高さや距離を三角測量で求めているのです。


幾何学のことを英語ではgeometryといいますが、この言葉は「地」を表すgeoと、「測定」を表すmetriaからできています。もともと、測量をすることから幾何学は生まれてきたのですね。

人工衛星の位置を調べるのも、三角測量です。2つの恒星と、対象の人工衛星で三角形をつくり、角度を測って位置を割り出しています。

さらに、数学?になると三角比は、三角関数へ格上げされます。三角関数のグラフは同じ波形が繰り返し現れる周期関数になるのですが、それを使ってさまざまな物理現象を解析することができます。

もう「sin(サイン)やcos(コサイン)なんて社会で役に立たない」なんて発言はまったくナンセンス、ということはわかっていただけたのではないでしょうか。

(永野 裕之 : 永野数学塾塾長)