2008年の北京五輪で、柔道男子の最重量級となる「100キロ超級」の金メダルを獲得した
石井慧。当時、国士舘大学4年生の21歳。金メダル獲得の余韻が残る約2カ月後、五輪連覇が期待される若き柔道家は総合格闘家への転身を表明し、世の中をアッと驚かせた。
その後、世界を転戦し、昨年は立ち技「K−1」のリングに立った。これまで2戦2勝で、4月3日に行なわれる「K'FESTA.5」のK−1無差別級トーナメントに挑む。そんな石井の目指す強さ、同じくトーナメントに出場する京太郎への意識とは。
K−1無差別級トーナメントに出場する石井
***打撃の技術をK−1で学びたい
――昨年9月にK−1デビューしましたが、石井選手が立ち技に挑戦することに周りも驚いたんじゃないでしょうか?
「そうですね。『なんでK−1に出るの?』『打撃出来ないでしょ?』などとよく言われました。やっぱり"餅は餅屋"で、総合格闘技とキックボクシングとでは大きく変わると思うし、僕はキックボクサーでもボクサーでもない。でも、打撃のレベルを上げるには、打撃の試合に出るのが一番いいかなと思ったんです。
僕はグラップラーでテイクダウンとかが得意なんですけど、それは柔道というバックボーンがあるからこそ。柔道の経験を総合に活かせたからこそ今の自分がある。だから打撃だけの、逃げ場のない状態で試合をすることが、打撃の技術を上げる一番の方法だと考えたんです。寝技だけの試合なども出ていますが、そのおかげでサブミッションでの勝率がグッと上がった経験もありますしね。K−1を肌で感じて、学んでみようということです」
――数ある立ち技の団体の中で、K−1を選んだ理由は?
「小さい時から見ていた憧れの舞台に上がりたいという気持ちもありました。総合格闘家の中には、僕の他にも『K−1に出たい』と思っている人がいるでしょうね。でも、自分のキャリアや勝敗を考えた時に、キックボクシングルールならキックボクサーが有利だから、『出たいけど出ない』という選手もいるはず。それでも僕は、やってみたいと思うことは、実際にやるタイプなんで」
――石井選手が、子供の頃に憧れていたK−1は、どんな印象ですか?
「ヘビー級、中量級の両方を見ていました。やっぱり華やかですよね。ヘビー級は、ムキムキの外国人が殴り合う、といったイメージです。小さかった僕にとっては、ウルトラマンとかゴジラとかが戦っているようなもの。ヒーロー同士が戦うような感じでした」
「倒して勝ちたい」
――実際にそのリングに立って、ここまで2戦2勝、堅いガードとローキック、堅実なファイトスタイルが印象的でした。
「僕は、地味にいろいろできるタイプなんで(笑)。長く格闘技をやってますから、けっこう引き出しは多いと思います」
――総合格闘技と立ち技、もちろんルールは違いますが、戦い方で変わる部分はどこですか?
「総合よりもキックボクシングのほうが、よりガードを意識しないといけない。あと、距離が違います。キックのほうが近いですね。ただ、『距離やグローブに違いがある』と言う人もいるんですけど、ロシアのセルゲイ・ハリトーノフ選手("ロシア軍最強兵士"の異名でPRIDEヘビー級でも活躍)は、総合、ボクシング、キックボクシングでも自分の間合いで戦えている。彼は総合でも距離が近いんですが、立ち技で培った技術や距離感が活きているんだと思います」
――総合とキックで、スタミナの違いはいかがですか?
「練習が終わった時に、より乳酸が溜まっていると感じるのは総合ですね。ただ、痛みや精神的な疲れは立ち技のほうがあります。総合は"休みどころ"もわかっていますから。例えば、テイクダウンをしていいポジションをとった時や、相手を押し込んでいて攻撃をもらわないポジションとか。そういう場面では、少し体力を回復できます。しかも総合のケージが直径9mの円形なのに対し、K−1のリングは6m四方で狭いですから、足を使って距離を取ってもすぐに詰められる。休むタイミングはないです」
――K−1デビュー戦(2021年9月20日)の愛鷹亮戦では延長戦に突入しましたが、前に出て、手数も出して判定勝利。スタミナ十分という感じでした。
「スタミナは自分の武器でもあるんです。もともと、瞬発力があまりないかわりにスタミナがあるように生まれてきた感じですね(笑)。体力勝負なら自信があります」
――過去2回の判定勝利を経て見えた課題は?
「やっぱり、倒すこと。ちゃんと倒して勝ちたいです。どうやったらKOできるようになるのかをずっと考えているうちに、何が必要なのかが少しずつわかってきました。昔は、ミット打ちの時も16オンスのグローブでやっていたのですが、コーチから『10オンスでやって、ちゃんとナックルを当てる練習をしたほうがいい』と言われて。同じミット打ちでも精度を上げている感じです。フィジカルトレーニングも、試合前は"打撃選手仕様"にしています」
無差別級こそ最強
――フィジカルでいえば、日本人の重量級の中でも抜きん出ているんじゃないですか?
「柔道選手の時からずっと外国人選手と組んできたし、鍛え方もK−1に出ている他の日本人とは違うと思います。耐久力に関しても、見えない、予測してない打撃じゃなければ大丈夫です」
――柔道は100キロ超級で、K−1は無差別級。もっとも重い階級へのこだわりは?
「減量もしたくないことが理由でもあります(笑)。柔道でも総合でも減量したことはあるし、総合では93kgでやったこともある。水抜きも経験がありますが、その試合では調子がよくなかったんですよ。自分では『大丈夫だろう』と思った相手の攻撃が効いちゃったり。
そもそも、強くなりたくて格闘技をやっているのに、減量して体を小さくするのは、本来の目的と違うな、と思っているところもあります。その時に持っているすべての力を使って戦いたい。それには、無差別級がもっとも合っていますよね」
K−1参戦の理由、無差別級へのこだわりなどを語った
――シンプルに、もっとも重いクラスで勝つことが強さの証明でもあるということでしょうか?
「僕はそう思っています。例えば夜中に道を歩いていて、後ろを振り返った時に、軽量級の強いボクサーが立っているのと、アミル・アリアックバリ(2016年 RIZIN無差別級トーナメント準優勝)が立っていたとして、『どっちが怖いですか?』っていう感じですかね。そういう"純粋な強さ"を証明するには、体が大きくないと。小さい頃に憧れたK−1は、ウルトラマンのようなヒーローが戦っているイメージと言いましたが、もしウルトラマンが小さかったら嫌ですよね? 子供たちは見ないでしょうし(笑)」
――そんな巨漢がぶつかり合う「K−1無差別級トーナメント」は、1日最大3試合を戦うことになります。1日に数試合をこなした経験は?
「柔道ではありましたけど、それ以外ではないですね。プロ格闘家になってからは初めてです」
――1回戦で戦う実方宏介選手(真樹ジムAICHI)への対策は?
「詳しくは言えませんけど、対策はどの試合もしています。自分の持ってる武器で、どうやって戦おうかなと。その試合に向けて何ができるか、新たにできることはないか。そういったことをすべて準備します」
一番強い選手と戦いたい
――K−1参戦時から京太郎選手との対戦を望んでいますが、今回はトーナメントで反対側のブロックなので、ともに決勝まで進むと当たることになります。
「純粋に、日本で一番強い京太郎選手と戦ってみたいです。それを果たしたら総合に戻ろうかとも考えています。その先で世界を相手にするとなると、僕はK−1に集中しない限り、勝ち続けられる選手にはなれないと思うんです。
総合格闘技との二足のわらじでは世界レベルのヘビー級の選手とは戦えない。完全に立ち技にシフトチェンジしないといけないと思うんです。目的はそこではなく、自分の打撃の実力を図ることとレベルアップですから。ただ、仮に今回、京太郎選手と対戦できなかったら、スーパーファイトでもいいので試合をしたいですね」
―― 一番強い相手と戦って自分の実力を試したいというのは、『ドラゴンボール』のサイヤ人的な発想ですね?
「そうですね(笑)。でも、自分が格闘家だったら、強い選手と戦ってみたくなると思いませんか? 『自分の力量はどんなもんだろう』と。ライターさんという職業で考えたら、例えば明日、マニー・パッキャオの取材ができるとなったらどうします?」
――すべての予定をキャンセルして、どうやってでも行きますね(笑)。
「それと同じ感じですよ。強い選手がいて、戦えるチャンスがあるならやりたい。シンプルです」
――なるほど。強さを図ることができるトーナメントに向け、具体的に強化しているところはありますか?
「いろいろありますが、特に瞬発力やスピードを上げること、キレを出すことですね。モーションをつけずに打つとか、手数を増やすこととか。ロシアのボクシングジムに行って、ボクシングだけをずっとやっていました。1月の上旬くらいから約1カ月間。ロシアが大変な状況になる前ですね」
――「ROAD TO京太郎」を果たして、トーナメントを優勝したいですね。
「はい。まずは一回戦、しっかり勝ちます!」
(後編:いきなりヒョードルから名指しで対戦。向き合い続けてきた過度の期待>>)
【プロフィール】
■石井慧(いしい・さとし)
1986年12月19日生まれ(35歳)、大阪府茨木市出身。柔道では2008年北京五輪の100kg超級で金メダルを獲得。五輪後にプロ格闘家に転向し、翌2009年の大晦日に吉田秀彦戦でプロデビュー。国内外のさまざまな大会でキャリアを積み、2017年からは練習拠点をクロアチアに移し、ミルコ・クロコップ率いるチーム・クロコップの一員として試合を続ける。2019年にクロアチア国籍を取得。2021年9月のK-1デビュー戦で判定勝ちを収めると、12月のK-1大阪大会でも勝利して2連勝中。