ロシアの侵攻に徹底抗戦するウクライナのゼレンスキー大統領(写真:ウクライナ大統領府HP)

日本を代表する一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。

たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれ、好評を博している。

その岡本氏が、全メソッドを初公開した『世界最高の話し方 1000人以上の社長・企業幹部の話し方を変えた!「伝説の家庭教師」が教える門外不出の50のルール』は15万部を突破するベストセラーになっている。

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「ウクライナ・ゼレンスキー大統領の世界を動かす超コミュ力」について解説する。

いま、有事のリーダーに求められる「コミュ力」とは?

「歴史にIfはない」といいますが、もし、ウクライナの大統領がウォロディミル・ゼレンスキー氏でなかったとしたら、世界の目はここまでこの国にくぎ付けになっていたでしょうか。


現在、44歳のゼレンスキー大統領は2019年5月に73%という高い得票率で、大統領に選ばれました。

元々コメディアンであったことが知られていますが、テレビ番組ではプロ並みのダンスを披露する多能ぶりを発揮しています。他のコメディアンと一緒に、男性器でピアノの鍵盤をたたく(と見せる)パフォーマンスなど、はじけた演技もいとわない根っからのエンターテイナーでした。

ロシアのプーチン大統領の蛮行が許しがたいものであるのは事実ですが、ヨーロッパ東部の一国の動向に世界中の人々が心奪われる背景には、ゼレンスキー大統領の巧みな「コミュニケーション戦略」が功を奏している側面はあるでしょう。

ソーシャルメディア時代のいま、「有事のリーダーに求められるコミュ力」とは何なのかを考察していきます。

彼は、高校教師が転じて​大統領になるというドラマの主人公を演じて話題となり、そのまま本物の大統領にまでなってしまったという、なんとも劇的な経歴の持ち主です。

そのドラマは、高校教師がスラング全開で政権への不満をぶちまける姿を動画に撮られ、ソーシャルメディアで拡散されたことで注目を集め、大統領になってしまうというストーリーでした。

卓越した「5つの『パフォーマンススタイル』」

実際の就任式では、ドラマの中の就任式より、ずっと堂々とふるまい、出席者にハイタッチをする余裕ぶり。就任後も、助手席にカメラマンを乗せ、自らテスラを運転しながら考えを語るビデオを公開したり、フードコートで、14時間ぶっ通しで記者の質問に答えつづける「マラソン記者会見」を実施したり、と話題に事欠くことがありませんでした。

自ら制作会社を立ち上げ、多くのコンテンツを制作してきたというゼレンスキー氏は、まさに「どうすれば、人の耳目が集められるのか」を知り尽くした、希代のタレントであり、プロデューサーであるということ。それが、彼の「コミュニケーション戦略」の根幹にあります。

そうした物珍しさもあって、高い人気を誇った大統領でしたが、この戦争勃発前は、約束した反汚職施策やコロナ対策などの遅れなどから批判を浴び、支持率も急速に低下していました。

しかし、国家存亡の危機に、彼の卓越した「パフォーマンス力」が再び高く評価されることとなったのです。ここで彼の「5つのパフォーマンススタイル」を紹介します。

スタイル? 徹底した「ソーシャルメディア活用」

大統領選のときから、「ソーシャルメディア」を徹底的に活用する戦略に長けてきたゼレンスキー氏。インスタグラム、YouTubeなど、あらゆるプラットフォームを活用し、そのメッセージを全世界に届けてきました。

彼のインスタグラムには、1364(3月8日時点)本もの動画がアップされており、1500万人以上のフォロワーに、日々情報を発信しています。直近では、アメリカの実業家、イーロン・マスク氏とのオンライン上での会話の様子などもアップされています。

彼本人がスマホで自撮りした動画も多数あり、戦時下のキエフの街角で撮影されたと思われる映像は緊迫感に満ち満ちています。そうした「生々しさ」「真剣さ」がウクライナ国民の士気を高め、世界の人々の共感を誘っているのです。

スタイル? 徹底した「アンチエスタブリッシュメント」

「私は政治家ではない。私はこの(腐敗した)システムを壊そうとする普通の人間だ」という言葉どおり、彼は徹底して既得権益に縛られない「アンチエスタブリッシュメント」であることを強調してきました。

冷淡で事務的、官僚的なエスタブリッシュメントではなく、庶民の気持ちがわかるごく普通の人間だ――。これはアメリカのトランプ前大統領がよく使ったレトリックですが、人は「自分の気持ちがわかってくれる」と感じさせてくれるリーダーに、否応もなくひかれるものです。

その姿勢を体現するように、彼は自身の政党を、高校教師を演じたドラマのタイトルと同じ「Servant of the People(国民のしもべ)」と名付けました。「大工に話すときは大工の言葉を使え」というソクラテスの言葉通り、平易でわかりやすい言葉を使い、徹底して「俺たちの大統領」と思わせる戦略を貫いています。

「私たちは私たちのために戦い、私たちに仕え、私たちのために犠牲を払うリーダーについていく」と、ペンシルバニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授はゼレンスキー大統領の言動をこうたたえていますが、まさに、その姿勢を全身全霊で体現する姿に、国民や世界の人々の支持が集まっているのでしょう。

歯切れよく「心に残るメッセージ」を発信

スタイル? 卓越した「言葉力」

ゼレンスキー大統領は、たぐいまれな言葉の力で世界中の人々の心をとらえています。

●「私はこれまで、ウクライナ国民を笑顔にすることに全力を注いできた。これからの5年間は、彼らが涙を流すことがないように、全力を尽くしたい」(就任演説でのスピーチ)

●「私たちはここにいる。ほかの戦士もここにいる。この国の市民もここにいる」

●「私たちは武器を下ろさない。私たちは私たちの国を守る。なぜなら、私たちの武器は真実だからだ。真実とは、これは私たちの地であり、私たちの国であり、私たちの子どもたちだ。私たちはそれを守るのだ。ウクライナに栄光あれ」

●「冷戦も、熱い戦争も、ハイブリッド戦争もいらない」

●「私たちを攻撃するとき、あなた方が目にするのは、私たちの顔だ。(逃げる)私たちの背中ではなく、私たちの顔だ」

●「誰が、最も苦しむって? 人々だ。誰がそれ(戦争)を望まないか? 人々だ。誰がそれを止められるか。人々だ。そういった人々があなた方の中にいるか。私はそう思う」

「対比」「繰り返し」「韻を踏む」など「超一流のスピーチ術」を縦横無尽に駆使し、歯切れよく「心に残るメッセージ」を発信し続けています。

特に有名になったのが、「もし逃げるのであれば手助けをする」と言ったアメリカに対して、「戦いはここで起きている。私が必要なのは逃げる手段ではなく、実弾だ」と毅然と返した言葉でした。

ヤヌコビッチ元ウクライナ大統領はロシアへと逃亡し、アフガニスタンの大統領もタリバンの攻勢から亡命するなど、一国のリーダーが政権崩壊とともに国外脱出するのは当たり前だっただけに、その勇気が高く評価されました。

各国の通訳を泣かせる「情緒的なアピール」

スタイル? 感情を揺さぶる「演出力」

こうした力強い言葉を際立たせる「演出力」も秀逸です。当初は、すっきりとした濃紺のスーツに身を包んでいた大統領ですが、戦況の進行に伴ってオリーブ色の軍のTシャツに変わり、そのたたずまいや真剣な表情から、戦時の緊張感が伝わってきます。

例えば、こちらの動画は街頭からほかの閣僚メンバーと撮影したものですが、セピア色のもの悲しい雰囲気の街の風景を背景に、チームがまるで「アベンジャーズ」のように一致団結して、指揮にあたり、国民とともに戦う姿を印象付けています

そして、聞く人を圧倒するのが、その力強い語気や低く響く声、鬼気迫る話し方。EUの首脳たちの会議に参加した際は、熱のこもった弁舌で、「より強い経済制裁に躊躇していた彼らの気持ちを揺り動かした」と伝えられています。

「生きている私を見るのはこれが最後かもしれない」。そのあまりに情緒的なアピールに、涙を浮かべる人までいました。彼の言葉を翻訳する通訳が、そろってむせび泣くという逸話もあります。

スタイル? 世界の共感を誘う「物語性」

根っからのエンターテイナーであるゼレンスキー氏は、「物語」の力を誰よりもよく認識しています。人は「勧善懲悪のストーリー」に熱狂します。敵は、まるで地球を滅ぼす悪の帝国の総統にふさわしい風体と顔を持つ、ロシアの独裁者です。

「長いテーブルの端っこにたった一人で座るプーチン」「いつも苦虫をつぶしたような表情のプーチン」「平気で敵をなぶり殺す冷酷で血の通わないプーチン」

そんな権威主義的な独裁者に立ち向かうのは、親しみやすく、時に弱さを見せることもいとわない、血の通ったリーダー。「『強権型』vs『共感型』」というわかりやすい構図で、どちらに支持が集まるかは明快です。

世界的哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が、イギリスのガーディアン紙に寄稿した「プーチンは負けた――ウラジーミル・プーチンがすでにこの戦争に敗れた理由」という記事が話題になりましたが、彼はその中で、「突き詰めれば、国家はみな物語の上に築かれている」と述べています。

「ウクライナの人々が、この先の暗い日々だけではなく、今後何十年も何世代も語り続けることになる物語が、日を追って積み重なっている」。そうした「物語の力」はとてつもなく大きいということなのです。

この卓越した「伝える力」は、第2次世界大戦中のイギリスを率い勝利に導いたウィンストン・チャーチルをも彷彿とさせます。

「高いコミュニケーション力・言葉力」「前線に立ち続ける勇敢さ」「人とつながる力」「融和を拒否する妥協なき姿勢」「勝利を信じる力」「ユーモア」などは、まさにチャーチルと通底しています。

また、日経新聞の記事によれば、ロシアの侵攻を受けて、デジタル転換省を2日間でデジタル戦線の戦闘部隊に改組し、若い技術者らを中心に、徹底した「デジタル外交」を展開しているのだそうです。「SNS(交流サイト)や対話アプリ、ウェブサイト、プッシュ通知、バナー広告、動画広告などあらゆる手段を活用している」のだとか。

日本は、このままでいいのか

ウクライナはまさに国を挙げて「コミュ力」という武器で戦い、世界の共感を集めました。ひるがえって日本はどうでしょうか。


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一部に「軍事力の増強」「核の共有」などを訴える声もあるようですが、それよりも、この情報化時代の新しい「コミュニケーション(プロパガンダ)戦争」に勝ち抜く力量はあるのか。そちらのほうがよほど心配です。

有事に備え、「何をすべきか」という議論の中で、国際世論の支持を獲得するコミュニケーション、デジタル戦略を最優先で考えるべきときが来ているのではないでしょうか。

(岡本 純子 : コミュニケーション・ストラテジスト)