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私刑なんだから気分でやって当たり前!

コンプライアンスとポリティカルコレクトネスで浄化されていく世界に残った小さな腐海、それが大相撲。さまざまなご批判・ご意見を「伝統だから」で一蹴しつづけ、「ここだけ江戸時代」を標榜する異世界が、また中世っぽいことをやってくれました。

御嶽海の優勝に沸いた初場所後、「よーし、もう一般紙の記者は来ないな」とばかりに発表されたひとつの処分。昨年9月に埼玉県警に摘発されていたという幕内・英乃海と十両・紫電が違法賭博店に出入りしていた件について、日本相撲協会は「英乃海に出場停止1場所と減給20%、紫電にはけん責のみでお咎めナシ」という処分を下したのです(※両名は初場所を自主的に休場しており、三月場所から出場可能となる)。

これを伝え聞いた世間は紛糾。特に、昨年6月に不要不急の外出で6場所出場停止と50%減給6ヶ月という処分を受けた元大関・朝乃山への対応の厳しさとの整合性を問う声は数多くあがりました。かたや違法でも何でもない「いざキャバクラ」、かたや「そもそも犯罪」の賭博。ふたつの処分の重さは整合性を欠くものであるというのは、なるほどごもっともなご意見です。

↓朝日新聞でもおかしいと思うことがある!

朝乃山の朝に感じるシンパシー!

あ、そういうことで論陣張ってるわけではないですかね!



でまぁ、こういうことを言うと身もフタもありませんが、相撲のなかでは「整合性」は取れています。処分の重さを決めているのは「日本国の法律」とか「世間の常識」ではありません。「ムッ」です。処分を決める角界のなかの権力ある人たちがどれだけ「ムッ」としたかが基準です。それは大なり小なりどこの会社や組織も同じでしょうが、「ムッ」観点では整合性はバッチリ取れています。

上のツイートに写真が出ていますが、英乃海、知らんですよね?顔見ても誰だか分からないですよね?巨人とソフトバンクの2軍選手がロッカールームで窃盗してたみたいなもので、知らんヤツが何かをやっても「ふーん」と思うだけなのです。世間もそうですし、上層部もそう。今まさに「ふーん」と思っているのです。

極端な話、幕内の下のほうの力士と十両がひとりふたり欠けても特に何とも思わない、それが大相撲というもの。千秋楽の協会ご挨拶でも横綱と大関が休めば理事長が謝りますが、その下が休んでも取り立ててお詫びはありません。紫電がお咎めなしとなったいきさつについて「当時は関取ではなく付け人だったから」というコメントも出ていましたが、関取未満は犬みたいなもので、何かやっても「あー、芝犬が噛んじゃった」くらいの受け止め方なのです。

その点、朝乃山は大関でありましたので話が違う。ガイドライン違反という「ムッ」があり、大関としての「ムッ」があり、協会の聞き取りに対してウソつきやがったなという「ムッ」があり、直前に阿炎と竜電がやはりガイドライン違反をしていたことによるまたかよの「ムッ」があり、「朝潮もやってたんかーい」という師弟揃っての「ムッ」があり、コロナ禍への行き場のない「ムッ」があり、何重にも「ムッ」が重なって「ムムムムムムッ」(※川平慈英さんの声で)となったのです。

そこに日本国の法律や常識を持ち込んでも噛み合うはずがありません。いい悪いではなく、別の世界のことだと思って見ることから始めないと空転するだけ。まずは「ムッ」が基準の私刑なんだよ、というところは共通認識として持っておきたいところ。江戸時代にはお侍さまに無礼があったら殺されたんですよ、くらいの話だと認識するところがスタートラインです。そうでないと「法に反することでもないのに実質数千万円クラスの罰金になっている」ことに理解が追いつきませんからね。

↓すごくムッとした場合は重い処分になります!

こだわりの強いラーメン屋の究極の姿ってこんな感じなんでしょうね!

「何でそんなことで怒られるのかわかんないけどめっちゃ怒られる」的な!

朝乃山 大関への軌跡正義全う [ 北日本新聞社 ]
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にしても、一方は犯罪だぞという声はあります。確かに犯罪はいけません。ただ、ここも整合性は取れているはずです。法律ではダメなことだと規定されていますが、大相撲のなかでは賭博はそんなに悪いことではないのでしょう。そもそも「懸賞金」をかけて「相撲で勝ったほうが取る」という行為を日常的にやっている人たちです。互いの金銭を直接やり取りしない構造になっているだけで日常が賭博みたいなものです。

かつておきた大相撲野球賭博問題の際には、野球賭博ではないものの、八角親方をはじめとして現在の理事職に就く面々も処分を受けていますので、賭けゴルフや花札程度は日常的なことであるのでしょう。違法賭博店への出入りについても「本格的だなぁ」「スタッフがスゴそうだね」「お店キレイなの?」と思いこそすれ、ことさらに「ムッ」とはならない、そういう温度感なのだと推察します。

もちろん度を越せば厳しい処分にはなるわけですが、大相撲野球賭博問題の際に解雇された元大関・琴光喜や元貴闘力(当時は大嶽親方)については、勝ち負けが数百万円の単位で、口止め料が350万円で、恐喝された額は億単位という桁違いのスケールでした。名の知れた人間がそのぐらい派手にやり、なおかつ協会の聞き取りに対して当初ウソをつくといった合わせ技があってようやく解雇のラインなのです。数回・少額の違法賭博程度では謹慎がいいところなのです。「法」の話は警察や検察がよしなにやるわけですし。

↓あのとき琴光喜の解雇に反対した人も「ムッ」で消されました!

日本最古のブラック企業なんじゃなかろうか?

ブラックのまま300年つづくとか逆にすごーい!



という理解のもとで、考えなければいけないのは、今まさに自分たちも同じことをしている滑稽さだろうと僕は思います。コロナ禍だからということで、自分の仕事を制限される人や、いろいろな機会を取り上げられる人がいます。本来は各自が法律のなかで判断すればよいものを「気分で」私刑のように制限が加えられている。かと思えば「この人は社会に必要なんで、隔離は5日間で勘弁な」といった整合性のない運用もされている。「公共の利益」とは何なのかよく定められもしないまま、何となくその場その場でやっている。

結局は誰も彼もが「気分で」やっている世のなかです。広報に向いていない芝田山広報部長の「ガイドライン違反とは大きく違う。違反者が感染して本場所に持ち込んでいたら力士の生命を脅かしたかもしれない。また本場所が中止になっていたかもしれない。(今回の)法律違反はもちろんだめだが、周囲への影響がないケースだということを含めてこういう形になった。反社会的勢力と関係がなかった。外出禁止期間ではなかった。賭け金も高くなく常習性がなかった」というコメントの滑稽さは、まさに鏡のように自分たちを映し出しています。「そこだけ江戸時代」だと思っていたら、外側にいる自分たちも大して変わらなかったのです。

許せることは許せるし、

許せないことは許せない。

その「気分で」やっているだけ。

まぁ大相撲のほうは、なかにいるのが基本的に相撲取りだけという点で、より極端に傾いているだろうことは否定できませんが、社会はそれを笑いながらハンマーで叩きにいけるほどご立派なご身分なのかなとためらうのです。朝乃山はかわいそうだと思います。態度や時期が悪かったことで無闇に厳しい処分を喰らっていると思います。「すんません」「いかんぞぉ」で終わらないといけない程度の話だったと思います。ただ、そういう振る舞いをした人が、すんませんでは終わらない世界が国技館の外にも同じように広がっていた。メタ的なギャグか何かのようです。

そういう意味では、大相撲に期待するのは「安心して叩けるくらい素っ頓狂なところまでいってくれ」のほうが心情的には近いかもしれません。「ガイドライン違反したら切腹」とか。「大相撲富くじ発売!優勝力士を当てたら賭け金山分け!八百長もあるよ」とか。「部屋から陽性者が出たら全員焼却」とか。さすがにここまでは我が身もヒドくないだろうと思えるくらいだと、安心して叩きにいけるのではないかなと思います。まぁ、なかにいる人はたまったもんじゃないでしょうが、なかにいる人から「おかしいよ」という声が上がらないなら、しょうがないですよね。
稀勢の里や白鵬が中心になる頃には「普通」の組織になるんですかね!