ウクライナ東部の親ロシア分離独立派が宣言した「ドネツク人民共和国」の紋章。ドネツク市内で(2022年1月19日撮影)。(c)Alexander NEMENOV / AFP

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【AFP=時事】ウクライナのドネツク(Donetsk)市に住むルスラン・チェボタイエフ(Ruslan Chebotayev)さんは、分離独立を掲げる親ロシア派が同国東部を制圧した時、まだ10歳だった。

 ウクライナの10代の若者たちは、この時に始まった戦闘で希望や未来を奪われたと話す。

 工業都市ドネツク周辺では、毎日のように砲撃の音が鳴り響く。だが街中を走る戦車のごう音にも、夜間外出禁止令による不気味な静けさにも、若者たちは慣れっこになっている。

「子どもの頃からずっと戦闘の音が聞こえていました。砲撃とか、街を動き回る戦車とか」とチェボタイエフさんはAFPに語った。

「ずっと平和を願ってきました。戦いはうんざりです」。市中心部に立つロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin)の像の横で、17歳の学生は言い放った。戦乱で荒れ果てた故郷は今、雪で覆われている。

 平和への見通しは暗い。特にロシア軍が分離派の支配領域の端に集結していると欧米諸国が警告している今、希望はほぼない。そしてこれは2014年以降、1万3000人が命を落としている長期紛争の最新の一章にすぎないのだ。

 ドネツク住民の多くは友人や親族を失っている。ドネツクから出たいと言う医学生のダニール・チェボトク(Daniil Chebotok)さん(20)は「そのことについて話すのはつらいです」と述べる。

 しかし、「初めは怖かったけれど、いつのまにかそれが普通になった。もう爆発も銃声もいつものことで、むしろ慣れてしまいました」と続けた。

 親ロシア派は「ドネツク人民共和国」の建国を宣言し、ドネツク市を事実上の首都としている。だが、市内では銃撃による死者が絶えない。

■世界から切り離されて

 若者たちが身構えているのは、事態の深刻化を懸念するからだけではない。分離派地域の政治指導者が下した新しい布告に従い、最前線へ派遣される可能性があるからだ。

 分離派当局は昨年、18歳での6か月間の兵役義務を導入した。チェボタイエフさんは「心の準備はできている」ものの、大学進学により兵役が免除されることを望んでいると言う。

 ドネツクでは8年にわたって夜間外出禁止令が続いている。昨年、一時的に週末だけ解除されることがあったが、夜11時から朝5時まで屋外に出ることができない。

 ウクライナの他の地域の若者たちがナイトクラブで楽しんでいる間、ドネツクはゴーストタウンと化す。「僕は若い。夜は外に出かけたい。でもそれができません」とチェボタイエフさんは嘆く。「全く自由がないんです」

 分離派地域では、生活も一握りの企業によって支配されている。銀行も一つしかない。その銀行の口座がなければ、支払いはすべて現金だ。

 医学生のナスチャ・カルプシナ(Nastya Karpushina)さん(20)は「ロシアだって、銀行を選ぶことができるのに」と訴える。「オンラインでの買い物も、外国への注文もできません。暮らしが大変です」

 ウクライナ政府が統治している地域への移動はほぼ不可能なため、分離派地域の住民の多くは、ロシアを唯一の脱出経路とみている。とりわけ、ロシア政府がパスポート(旅券)の手続きを簡素化してからその考えは強まった。

「ここから出て行きたい」と医学生のチェボトクさん。ロシアのパスポートを申請し、アジアで医師として働きたいと言う。

「まだウクライナ(政府)側だった頃、もちろん私たちには未来への展望がありました。でも今は明らかに変わりました。残念でなりません」

【翻訳編集】AFPBB News

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