日本人は自らも給料を上げられない要因を作っているのかもしれない(写真:bee/PIXTA)

先日、国税庁が民間給与の実態を発表した。令和2(2020年)年の平均給与は433万円となった。内訳は四捨五入の関係で一桁目がずれるが、給料369万円+賞与65万円となっている。国税庁が発表した資料のグラフに、かつての発表数字を追加すると次のような推移となっている。

(外部配信先では図やグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


どこを起点にするかによるが、中長期的な推移でも日本人の給与は上がっていない。むしろ下がっているといえる。また、他国が成長するなかで日本人の給与がもし横ばいとしても相対的に貧乏になっているといえるだろう。先日の東京オリンピックの際、外国人メディアが日本の物価が安いと驚いていたのは印象的だった。

日本人の給与が伸びない理由

ところで、この日本人給与が伸びない理由については、さまざまな理由が論じられてきた。

・日本は円安政策だったために、日本企業は企業体質を改革せずとも利益を上げ続けられた。そのために給与も上がらなかった
・GDPの7割を占める中小零細企業は諸外国に比べてIT化が進んでいないため、日本人は生産性が低く、高い付加価値を生み出せていない。無駄な事務作業も多い
・中小零細企業は規模が小さく、淘汰や合併が進んでおらず、構造的に利益を上げられない
・中小零細企業は大企業から価格決定権を奪われており、買いたたかれるため高い給与を従業員に支払えない
・大企業も中小零細企業も、従業員に低スキルの労働を求めており、給与を上げるインセンティブがない
・金融・財政政策の失敗(あるいは不徹底)

おそらく、これらが経済学者や識者のあいだで論じられていた内容ではないだろうか。もちろん、これらを私が否定するものではないし、また学術的に否定する力量もない。ただ、ここでは現場のコンサルタントとして日本人の給与が上がらない現場の実感を述べる。

? 製造業ベースの考え方

IT分野であれば、1人の天才はほかの社員の100倍の価値があるかもしれない。一方で、製造業の組み立てラインを想像してもらえば100倍の差はつかない。個性よりも安定性が求められ、全員が一丸となって品質の高い製品を作り上げる必要がある。

日本は製造業を中心として高度成長期を経験してきた。人材は、その職場(会社)に継続して帰属しながら改善を繰り返し、全体の業務や社内人脈を駆使しながら仕事をこなすことを求められる。そのうえで、性能に安定感のある、高品質で低価格の商品を売り出すことに注力してきた。そして、取引先にも同様の安定性を求める。

値上げを嫌がる企業

私がコンサルタントとして企業の会議に出席しているとき、いつも思うのだが、つねに高品質と低価格の話ばかりになる。私が「価格を値上げしたらどうですか」というのだが、とくに企業相手の商売をやっている企業(BtoB)の反応はよろしくない。

私は価格を10倍とか100倍にしろといっているわけではなく、品質に見合った適正な価格で販売するのを勧めているだけなのだが、とにかく価格に転嫁しようとしない。むしろ価格を上げて売れなければ、過剰高品質なだけと思う。

ただ、取引先にも顧客にも、安定を求めたり求められたりして、ずっと価格が上がらない。これが日本人の給与水準が上がらないベースにある、自らの姿勢である実感を強くもっている。

? 人材流動性の低さ

経営者側の立場からすれば、同じくらいの業績の社員がいたとして、ずっと雇う必要がある社員と、雇う必要がない社員の扱いをどう考えるか。事業転換の必要があり、もしかすると特定の技能をもつ社員は不要になるかもしれない。これは社員側の責任ではなく、会社のビジネス方針の問題だ。

とはいえ、将来に何が起きるか不明だけれど雇い続けるなら、会社側として給与を低く抑えたい気持ちになるからだ。

なお、日本では解雇をすると会社側が裁判で負けるので解雇しにくい、とよくいわれる。この半分は間違っていて、会社側の責任もある。というのも、多くの会社では、加齢にしたがって給与をあげている。22歳の時のまま給与が変わらずに、50代になった人はおそらくいないだろう。会社は加齢とともに社員の給与を上げ、能力が向上したとみなしていることになる。だから会社が社員を能力不足だからと解雇しようとすると、裁判所からすると自己矛盾のように見えるのだ。

ただし、これは?で挙げた製造業中心史観から見ると仕方がない。会社側は、社員が加齢とともに職場や業務全体に詳しくなって仕事ができるようになると考えている。その前提である以上は、経験年数とともに社員の給与を上げる制度にするのは仕方がないともいえる。

クビにならない、クビにしない、という流動性の低い状態のため、代わりに給与の水準は下がる。逆にいえば、社員は安定性と給与の低さゆえに、安定した雇用を獲得している。

一度上げてしまったらなかなか下げにくい

? 日本人給与の上方硬直性

そして??に続いて、給与の上方硬直性がある。どのような仕事をしていても、成果をあげたら、その分を給与に反映すればいいと普通は思う。実際にフリーランスならば働いた成果分だけ収入になる。

しかし、会社員はあくまで会社で働いた年数をベースに給与が決まる(?)。もし、成果に連動しても給与を上げてしまうと、実際の問題としては、その後に、なかなか下げることができない。30万円の月給だった社員を、優秀な成績だからとして40万円に上げるとする。その後、芳しくない成績になったとして、30万円に戻すかというと、なかなか下げられない。

少なくとも経営者も労働者側も下げることに逡巡する。かといって解雇するのも難しい(?)。そこで選ばれる選択肢は、「急激には給与を上げないし、下げもしない」となる。

これを、上がる方向には進まない意味での、上方硬直性という。

また現実的には、これに付随した問題がある。よくビジネス書やビジネスサイトでは「ジョブ型」への移行が勧められている。これは、個々人の仕事=ジョブを明確化し、それに応じて仕事の遂行内容や成果を規定しようとする試みだ。

この理屈はわかるし、実現したらいいと私は思う。しかし、現場ではなかなか難しい。ジョブ型とは人に値段がつくのではなく、ジョブに値段がつく。だから製造業的な給与の決め方から方針転換が必要だ。ただ、もっと難しいのは社員評価だ。

ジョブ型では、社員の1人ひとりの能力を明らかにするだけではなく、「あなたは、この仕事をこなす能力がありませんから、別の仕事についてもらいます。その仕事の給与はいくらです」と伝えなければならない(もちろん言葉はこれほど直接的ではなかったとしても)。

文化や慣例以外にも給与上昇を妨げる要因がある

また採用の際にも、「あなたはこの能力が欠如しているので、応募の仕事には就けません」と説明せねばならない。逆に、他社員よりも圧倒的に若い応募者がいて、能力を満たしているのであれば、古参社員と給与が同じになるだろう(あくまでジョブに値段がつくからだ)。

これは多くの日本の職場で困難であろうと、私は思う。

あくまで現場の感覚で?〜?まで、日本人の給与が伸びない理由を書いてみた。これは日本の全職場にあてはまるわけではないし例外もあるだろう。それに生産性向上の重要性は無視できるものではない。ただ、文化や慣例の側面にも、無視できない給与上昇を妨げる理由があるように私には感じられるのだ。