突然、うしろから肩を掴まれて…。渋谷のど真ん中で女が果たした、運命の出会い
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渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。
「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。
これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。
2018年10月
地上40階の眼下には、私の街が広がっている。
セルリアンタワーのホテル最上階にある『ベロビスト』。
そこから見える夜の渋谷には、開発途中の工事現場が広がっていた。その姿に、この街が未だ進化の過程であることを思い知らされる。
ここまで来ても、まだ足りない。渋谷は、私にそう思わせてくれる街。
彼の肩にもたれながら、外国人観光客のざわめきの中に流れるピアノの生演奏を聞く。すると自然と瞼が落ちて、まるで渋谷の夜空に浮かんでいるような感覚におちていく。
「眠い?部屋に行く?」
「大丈夫。もう少しこのままでいさせて」
彼にそうは言いつつも、いつの間にか夢想の中に私はいた。
…これは、いつの渋谷なのか。交差点に大きなビジョンはなく、東急ハンズの看板や赤い銀行があるから、かなり昔だろう。
私が最初にこの街を訪れた24年前、14歳の頃の景色だ。
そこにはベレー帽をかぶり、ボーダーシャツを着た少女が立っていた。なぜ女は、昔の渋谷を思い返していたのだろうか…?
1994年7月
「じゃあ梨奈。ハチ公前は混むし、17時にパンテオン前で。何かあったらベルで呼んで」
「ちょっと待ってよ、お姉ちゃん」
姉は山手線のホームに私を降ろし、そのまま原宿へ向かうため電車で行ってしまった。
「とりあえず、ハチ公口に行けばいいのかな…?」
おそるおそる“ハチ公口方面”と書かれた看板を頼りにホームを歩く。だけど足取りは軽い。だって、もうすぐ憧れのあの街に会えるのだから。
私の名前は竹脇梨奈。国道246号線の終点、静岡県沼津市に住む14歳の中学生。
今日は3歳年上のお姉ちゃんがラフォーレのグランバザールに行くというので、無理を言って初めて東京に連れてきてもらったのだ。
バーゲンにも惹かれたけど、私はとにかく渋谷へ行きたかった。…CDショップやレコード店巡りをしたくて。
お小遣いは少ないから買い物はあまりできないけど、そこに集まるオシャレな人の空気に触れてみたい。ワクワクで胸をいっぱいにさせて、私はオリーブの特集号を片手にセンター街を歩く。
想像していたオシャレさとは少し違うけど、地元じゃ見たことのない種類の人がたくさんいた。
ピチピチTシャツとスパイラルパーマのお姉さんに、大きな襟のシャツを着た男の子。
― 吉川ひなのちゃんみたいに足が長い女の子って、この世に実在するんだ。
マックも沼津の仲見世にあるけど、センター街のそれはまるで高級店みたいで、なんだか入りづらい。
「ここが同じ道路でつながっているなんて、信じられない…」
周囲を見渡しながら、人ごみをかき分け立ち止まることなく進む。
目的地はまず、文化村通り沿いのHMV渋谷。
レコメンドコーナーで最新の音楽情報をゲットして、クラブのフライヤーをいくつかもらう。行くことはないけど、部屋の壁に貼ったり、下敷きに挟んだりするのだ。
次に宇田川町のレコード屋で、地元には売っていないインディーズのCDを買う。タワレコ、CISCO、ZEST…。雑誌の中でしか見られなかった空間がそこにあった。
プレーヤーは持っていないけど、マンハッタンで1枚、おしゃれなジャケットのレコードを買った。…もちろん袋目当てだ。
― 体操着入れにすると、みんな羨ましがるんだよね。
そんなこんなで公園通り周辺をウロウロしていたら、腕も足もクタクタだ。時刻はもう16時半を過ぎている。
お姉ちゃんとの約束は17時。確か「パンテオン前」と言っていた。
― ん?パンテオンって何!?
私はそのとき初めて気がついた。まるで聞いたこともない不思議なその名前に。ポケベルで呼び出そうにも、肝心の公衆電話が見つからない。
「どうしよう…」
未知の世界へのときめきは、不安と紙一重であるのだ。
雑誌に描いてあるシンプルなデザインの地図は、全く役に立たない。一瞬にして周りがアマゾンのジャングルのように見えてくる。
そんなときだった。
「これ、忘れてない?」
ダボっとしたストリートファッションに、深めの黒いニット帽をかぶった男子が私の肩を掴んでいた。
どうやら私は、マンハッタンに袋ごとレコードをおいてきてしまったらしい。同じ客として来ていた彼が、追いかけてきてくれたようだ。
「あ!はい、すみません…」
長い前髪の、大きく鋭い目をしたその男の子。同年代くらいなのに雰囲気から洗練されていて、見るからに東京に住む人に見えた。
私はレコードを受け取り、去ろうとする彼の腕を掴んで思わず叫んだ。
「ねぇ君。パンテオンって、知ってる!?」梨奈が声をかけた、男の正体とは…?
1997年4月
初めての渋谷で出会ったその男の子は“恭一くん”という、同い年の子だった。
一見クールな感じ。でも話すと気さくで、親切にもパンテオンまで私を案内してくれた。パンテオン、それは駅前の映画館だったのだ。
私は彼みたいなストリート系より、いしだ壱成みたいなフェミ系の方が好みだったけど、とにかく都会の人と繋がりを持ちたかったから、住所を交換して文通することにした。
…だけど1往復しただけで、返信は途絶えてしまった。
― まあ、仕方ないよね。1回会っただけだし。
そして、それから3年が経った。
『恭一くん、久しぶり。お元気ですか?』
そんな書き出しとともに、手紙を再び出す気になったのは、銀行勤めの親の転勤があったからだ。
引っ越し先は、神奈川の相鉄線の奥にある郊外。渋谷まで1時間かかるけど、同じ関東地方には違いない。
『家が近くなるので、また会えたら嬉しいな♪』
持ち始めたPHSの番号の横に、何気なく本気の言葉を添えたものの、やはり連絡はなかった。
そして私は、家の近くの高校に転入。学校にも慣れてきた頃、クラスのある女子が毎日のように放課後、渋谷に行って遊んでいるという揶揄を耳に挟んだ。
その子は佳子といった。
あか抜けている子だったけど、進学校だったその高校での学力は下の方で、ちょっと浮いた存在のようだ。
「ねえ、佳子。今度一緒に渋谷へ連れて行ってよ」
いつも1人、教室の隅で鏡を見ている彼女には、話しかける隙がありすぎた。
「別に、いいけど…」
さらに心にも隙があったみたいで、仲良くなるのに時間はかからなかった。
学校が終わった後、乗換駅のトイレで私たちは変身する。
スカートを折ってメイクをし、プチサンボンを振る。そして指定の白い靴下から、ルーズソックスに履き替えるのだ。
センター街にいる佳子の仲間は、カルチャー系寄りの私にとって、趣味も性格もまったく違った。
だけど、構わずにすぐ受け入れてくれたのだ。
集まって何をするわけでもない。プリクラ撮って、カラオケで安室ちゃんを歌い、どうでもいい話をする。渋センマックも、気負わず入ることができるようになった。
大騒ぎしていると、ふと気づく。
― 私って今、渋谷の人かも!
ちょっと背伸びはしていたけれど、私の居場所がそこにあった。
◆
「ねぇ、キョウがNYから帰ってくるらしいよ」
「マジ!?超やばくね」
その情報を仲間から聞いたのは、私がセンター街の女子高生になって2ヶ月ほど経った頃だった。
“キョウ”というのは、どうやらこの辺のボス的存在らしい。生まれも育ちも渋谷で、和光学園に通いながら度々留学という名目で日本と海外を行き来している、スーパー男子高生だそうだ。
― ん?もしや…。
予感は的中した。
“キョウ”とは、私が3年前に出会った、あの恭一くんだったのだ。
実を言うと私の渋谷通いは「彼にもう一度会いたい」という理由もあった。
それから数日後。颯爽と仲間を引き連れ、マックに現れた彼。あの頃と同じ黒いニット帽に、A BATHING APEのネルシャツが妙にサマになっている。
「私、梨奈だよ。中学のとき会って、そのあと文通したよね♪」
紹介されるなり、得意げに私はそのことを口に出す。彼もきっと、思い出してくれると思っていた。
「…は?誰?」
私は凍った。
背を向けて、すぐ仲間と談笑しだした彼。絶対、あのレコードの男の子のはずなのに。
それからは、彼に対しても仲間に対しても気まずくて、センター街どころか渋谷に足を向けることはなくなった。
受験、という二文字を理由に…。
▶他にも:23区のオンナたち:年収560万、麻布十番在住。貯金残高が100万を切って直面した、リアルな危機
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2000年。大学に入学した梨奈は、再び渋谷の街の住人となり…?-
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