リバーシ:出会って3分、IT社長に見初められた地味女。彼から与えられた「衝撃の仕事」
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誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。
誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。
でも考えてみよう。
どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?
やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。
欲にまみれた男の闇に、ご用心。
― これ、本当に私…?
銀座にある高級デパートの試着室。
秋帆は、三面に備え付けられた鏡をまじまじと見つめた。鏡の中には、上質な黒のワンピースに身を包んだ自分が映っている。
外から店員に呼びかけられ、恐る恐るカーテンを開ける。
「とってもお似合いです。お客様の清楚な雰囲気にぴったり!」
店員が大げさに褒めると、その隣で、黒川は満足そうにこう言った。
「とっても似合っているね。じゃあ、これも頼むよ。彼女に似合いそうなもの、もっと持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
ワンピースを脱ぐため試着室に引っ込んだ秋帆は、急に不安になった。
― どういうつもりなんだろう? 今日から働きだした新人に、洋服を買い与えるなんて…。
「最初の仕事に出かけよう」と、突如黒川に連れてこられたのが、この百貨店だった。
店に入るなり、「好きなものを買いなさい」と言われて、さっきから試着を繰り返している。
カーテンから顔を出した秋帆は、黒川におずおずと尋ねた。
「あの、本当に良いんでしょうか…?」
「良いんだ。僕のもとで働いてもらう以上、“きちんと”してもらわないと」
この時秋帆は、黒川が言っている意味をまったく理解していなかった。埼玉で平凡な生活を送っていた秋帆。どん底だった彼女の人生が動きだしたのは…?
突如動き出した人生
遡ること、1か月前。秋帆は、失意のどん底にいた。
― また今回もダメだったか…。
“選考結果のご連絡”というタイトルのメールを開いて、がっくりと肩を落とす。
“誠に残念ではございますが”
その文字を見ると同時に、メールを削除した。怖くて確認できないが、ごみ箱には不採用通知が大量にあふれている。
― そう上手くいかないよね。
前向きにと思いながらも、現実の厳しさを噛みしめる。
白田秋帆(しろた あきほ)、24歳。
埼玉県にある小さな不動産会社で、事務として働いている。
大学時代、周囲と同じように就職活動もしたのだが、結果は惨敗。特にやりたいこともなく、手当たり次第受けたのが原因だった。
卒業後、地元の埼玉を中心に就職活動を続けたところ、今の不動産会社に雇ってもらえたのは紛れもない幸運だろう。
実家に身を寄せてのんびり働いていた秋帆だが、状況は一変、勤務先の経営状態が悪化。このままではまずいと、さすがに焦った。
― もう一度就職活動をしよう。
そう決意し、チャンスの多い東京を中心に受けてみることにした。
しかし、現実はそう甘くない。
大したスキルもなく、職歴も1年程度。転職エージェントも、転職は難しいだろうと遠回しに伝えてくる。
企業に直接応募してみても、結果は芳しくない。焦りと不安で押しつぶされそうになっていた時だった。
03から始まる番号で、着信があったのは。
― どうか受かりますように。
秋帆は、小さく身体を震わせながらその時を待っていた。受験前のように、掌に「人」の文字を書いて、飲み込む。
今日は通過連絡をもらった会社の面接だ。
他の企業は書類選考で不合格ばかり。ここを逃すと、もう持ち駒がない。
ダメ元で受けた会社だが、ここまで来たからにはどうしても受かりたい。
ー 神様、仏様。私の味方になってくれる人。全員、お願いします。
祈り続けていると、2人の男が姿を現した。
ー あ、この人…!
秋帆は、1人の男を見て息をのんだ。会社のホームページに載っていた、あの人…。この会社の社長ではないか。
黒光りするほどビシッと固めた髪に、射るように鋭い眼光。間違いない。
「怖い」というのが第一印象だった。
それにしても初回から社長が登場するなんて、予想もしていなかった。呼吸が荒くなり、手にじんわりと汗がにじむ。
すると彼は、 秋帆の前にドカッと腰を下ろしたあとで、ニコリと笑った。
「君、とってもいいね」
「え?あの…どのような意味でしょうか…?」
予想外のセリフに驚いて、つい聞き返す。
「“自由な服装”だからだよ」
その言葉に、秋帆は自分の解釈が間違っていなかったのだと嬉しくなった。
面接の連絡をもらった時、「自由な服装で来てください」と、何度も告げられた。
とはいえ、面接だ。スーツで行くべきか迷ったが、あれだけ念を押されたのだからと、カジュアルな装いで臨むことにしたのだ。
「いくら自由な服装でって言っても、皆スーツで来るんだよね。白田さん、君は素直さが出ていて、とても良いと思う」
「ありがとうございます」
頭を下げると、目の前の男は驚くべきことを口にした。
「個人的には、君を採用したい。自己紹介が遅れました。社長の黒川と申します」
― さ、採用…!?
秋帆は、驚きのあまり言葉を失った。
差し出された名刺を受け取ると、そこには確かにこう書いてあった。
“代表取締役社長 黒川 隆(くろかわ たかし)”黒川のもとで働くことになった秋帆。初出社すると、衝撃の展開が…?
最初の仕事
― こんな素敵なオフィスで仕事できるなんて夢みたい…。
面接から3週間。秋帆は再び黒川の会社に足を運んでいた。ビルの外に広がる爽やかな青空を眺めていると、喜びがこみ上げてくる。
入社前説明ということで、人事から呼び出されていたのだ。ワクワクしながら待っていると、ノックもなくドアが勢いよく開いた。
「白田さん、また会えて嬉しいよ!今日君が来ると聞いて、つい来てしまった」
入ってきたのは、社長の黒川だった。秋帆は、彼の存在感に圧倒されてしまう。
180cm以上ある身長とガッシリした体に、紺のストライプスーツ。時計はどこのブランドか分からないが、明らかに高級品と分かる。
後ろから金魚のフンのように付き従っている人事部長が、なんだか委縮しているように見えた。
「まずは、入社を決めてくれてありがとう」
ニコッと微笑んだ黒川が、右手を差し出した。
― 痛っ…。
黒川に手を握り締められた秋帆は、彼の握力に驚いた。軽い挨拶というよりは、逃がさないぞとでも言わんばかりの力強さだったからだ。じっと目を見つめられて、秋帆は反射的に息苦しくなる。
「では、そろそろ始めましょうか」
書類を並び終えた人事部長が声をかける。ようやく解いてもらえた手は、その後もジンと痛みが残った。
「白田さんは、事務職のご採用ということで…」
人事部長が書類をもとに説明を始めると、黒川が「違う」と、低い声で話を遮った。
― えっ…?
秋帆に緊張が走る。人事部長もまた、驚いた様子で黒川のことを見つめた。
「白田さん、君には僕の秘書をやってもらうことにするよ」
「…秘書?」
突然の出来事に、秋帆の頭は混乱する。自分が応募したのは、事務職だったはず。秘書経験などないし、話が違う。
「私では務まらないのでは…」
途中まで言いかけた秋帆だが、黒川の鋭い視線を感じ、口を閉じた。
「僕が見抜いた才能だから間違いない」
黒川は、瞬きひとつせず秋帆をじっと凝視する。その隣では、人事部長が何度も雇用契約書を確認していた。
「いいね?白田さん?」
「…」
ここで受け入れてしまって、後悔したらどうしよう。瞬間的に、秋帆の脳裏に不安が過ぎる。
昔ドラマで見た警察の取り調べのような圧迫感だ。
「いいよね?」
念を押された秋帆は、ここで抵抗しても意味がないと察し、「はい…」と、小さな声で発した。
「よし、決まり。悪いが雇用契約書を作成し直してくれ。よろしく」
鶴の一声とはこのことだろう。黒川の言葉を受けた人事部長は、「承知しました」と、猛ダッシュで会議室を出て行った。
「では改めて。白田さんは、秘書の採用ということで…」
こうして秋帆は、黒川に“見初められて”、彼の秘書として働くことになる。
◆
「早速だけど、最初の仕事に行こうか。連れていきたい場所があるんだ」
迎えた、初出勤日。
秋帆がパソコンの設定やデスクの整理をしていると、黒川が声をかけてきた。
「はい!」
ジャケットを羽織った秋帆は、急いで外出の支度をする。取引先に同行するということだろうか。秘書としてうまく振舞えるか不安だったが、そんなことを言い出せるはずもない。
「僕が見抜いた才能だから間違いない」という黒川の言葉を胸の内で反芻した。
― 連れていきたい場所ってどこだろう…。
タクシーの中で、秋帆は黒川からの説明を待つ。彼の“秘書”として同行するのだ。失礼のないようにしたいから、取引先なのか、外注先なのか、最低限の情報を教えてほしい。
だが彼は、ipadを眺めていて口を開く気配がない。仕事中悪いなと思いつつ、秋帆は恐る恐る彼に尋ねた。
「社長、お邪魔して申し訳ありません。これから伺うところは…」
「着いたよ」
ちょうどタクシーが停まったのは、銀座のデパートの目の前だった。
― ここ…?
デパートに一体何の用事なのだろう。秋帆が「お取引先ですか?」と聞いてみても、黒川は首を横に振るだけだった。
「良いからついてきて」
そう言うと彼は、秋帆の腕をがっしりと掴んだ。そして、婦人服売り場に到着するなり、店員にこう言い放った。
「彼女に似合うもの、持って来てください。白田さん、何でも買いなさい。僕がプレゼントするから」
「はっ…?」
訳が分からず、秋帆は固まってしまった。
店員は、これは大口の良い客が来たと思ったのだろう。次から次へと洋服を運びこんでくる。最初は3人しかいなかったスタッフも、瞬く間に10人以上になっていた。
店員が運んでくる洋服をただただ試着し続けて、1時間。
レジカウンターの周りにズラリと並べられた紙袋は、全部「僕からのプレゼント」ということらしい。
― ど、どういうことなんだろう…?他の社員にもこんなことをしてるの?それとも私の服がダサくて遠回しにダメ出しされてるとか?
秋帆が固まっていると、黒川は「プレゼントはこれだけじゃないよ」と意味深に笑った。
「僕はここで失礼する。白田さん用にタクシーを頼んであるから。荷物を置いて会社に戻ってくれ」
それだけ言い残すと、彼は秋帆を置いて立ち去ってしまった。
◆
「行先は、恵比寿の、この場所ですね?」
タクシーの運転手が、秋帆の荷物を運んでくれている店員に確認している。
秋帆は、店員が告げている聞き覚えのないマンション名に首を傾げた。何の話をしているのだろう。
そのとき業務用に渡されたスマホが鳴った。
『黒川隆:社員寮も準備済み。店員さんに住所を書いたメモを渡しておきました』
当面は埼玉の自宅から通うつもりだったが、社員寮まで用意されているとは驚いた。頭をフル回転させるが、理解が追いつかない。
内定をもらえただけでも奇跡だったのに、大量の洋服をプレゼントされ、恵比寿の家まで与えられるなんて。やはり、訳が分からない。
「お客様、よろしいでしょうか?」
運転手の声で、秋帆はハッと我に返る。驚きのあまり、ぼんやりしてしまった。
「はい、大丈夫です…」
窓の外に目をやると、デパートの店員がゾロゾロと一列に並んでいた。皆、秋帆に向けて深々と頭を下げて見送っている。
「何が何だか分からないけど…。こんなにしてもらって、とにかく頑張るしかないよね」
戸惑いながらも、秋帆は誓う。
ここで引き返すべきであったと後悔することになるとは、露知らず。
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“社員寮”として用意された恵比寿のマンションで絶句した秋帆。一方、黒川の思惑とは…?-
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