ベッドの上に腰掛け、俯いた彼女がポツリ。女が唐突に漏らした、ありえない一言
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傷つくことを恐れ、女性と真剣に向き合おうとしない。そして、趣味や生きがいを何よりも大切にしてしまう。
結果、彼女たちは愛想をつかして離れていってしまうのだ。
「恋愛なんて面倒だし、ひとりでいるのがラク。だからもう誰とも付き合わないし、結婚もしない」
そう言って“一生独身でいること”を選択した、ひとりの男がいた。
これは、女と生きることを諦めた橘 泰平(35)の物語だ。
再会しヨリを戻すことになった泰平と麻里亜。二人は樹が企てた“ダブルデート”に誘われ、1泊2日で軽井沢に来ていた。
そんな楽しいはずの旅行で、麻里亜が不機嫌そうな態度を見せて…?
▶前回:1泊2日のダブルデートで、初めて恋人を男友達に紹介したら…?彼女が見せた、まさかの態度
「お。泰平さん、おはよう!」
軽井沢旅行の2日目。目が覚めて外に出てみると、スポーツウェア姿の灯がストレッチをしていた。
「おはよう。涼しいな」
昨夜はなんだかんだ明け方近くまで飲んだ。まだお酒が残っている僕と違って、灯はスッキリと健康そうな笑顔を向けてくる。
「走ってきたのよ。気持ちよかった〜。あれ、麻里亜さんは?」
「まだ寝てる」
灯はニコリと目を細め、タオルで汗を拭きながらコテージの中へ戻っていく。そんな彼女についていくと、冷蔵庫の中からペットボトルの水を2本取り出してくれた。
「どうぞ、1本は麻里亜さんに。結構酔ってたでしょ?持っていってあげたらいいと思うよ」
灯の配慮に感謝しながら水を受け取り、2階へと向かう。寝室のドアを開けると、麻里亜はもう目を覚ましていた。
「お、起きてたか。…これ飲みな。昨日結構飲んでただろ」
「気が利くのね。ありがとう」
ゴクゴクと水を飲む彼女を見て、僕は灯の計らいに感謝する。
「もうみんな起きてた?」
「ううん、樹はまだ寝てる。…灯は起きてたけど」
僕がそう言った瞬間。麻里亜は俯いてしばらく黙り込んだ後、衝撃的な一言を口にしたのだ。寝起きの麻里亜が放った、まさかの一言とは…?
「…灯さんとは、何もないのよね?」
ベッドに腰掛け、つま先を見つめたまま麻里亜はそう訊いてきた。
「えっ。…なんにも、ないよ」
以前に一瞬だけ、いい子だなと思ったことがあるのは事実だ。でも思っただけで、好意は灯には伝わっていないはず。
麻里亜は上目遣いで、無言のまま僕を見つめている。疑っているような様子だった。
「泰平さん、灯さんとすごく楽しそうに喋るわ。灯さんも、泰平さんといると楽しそう」
「…それは、話も合うし飲み友達だからね」
安心させたくて少し笑ってみると、麻里亜は僕の手首に触れながら寂しげに微笑む。
「ねえ。ひとつ、お願いしてもいいかな?」
「何?」
「今回の旅行が終わったらさ、もう灯さんと会ったりしないで?」
その言葉に僕は、機械的に頷いた。麻里亜のお願いなら何でも聞くと決めているのだ。
「私、不安になっちゃうの…」
あまりにも寂しそうな顔でうつむく彼女を、僕は包み込むようにギュッと抱きしめた。
◆
コテージを片付けてチェックアウトした後は、軽井沢の街を散策した。樹はいつも通りのハイテンションで、人気のベーカリーを案内したり、モカソフトを買ったりして場を盛り上げている。
楽しくて時間があっという間に過ぎていくが、僕は灯とあまり話さないよう意識していた。…それが少し、不自然だったようだ。
帰りの新幹線に乗る直前。樹がこちらにやって来て、耳元でこう囁いた。
「お前、灯となんかあったの?避けてるみたいですごく変なんだけど」
「え?いや、まあ…」
そうして今朝、麻里亜に頼まれたことをそのまま彼に話したのだ。
「不安にさせるわけにはいかなくてさ」
彼女の可憐な姿を思い浮かべて少し誇らしい気持ちになりながら言うと、樹は苦笑した。
「すげーな。溺愛って感じで」
「当たり前だろ。彼女だぞ」
すると樹は、僕の目をまっすぐ見つめてきた。
「親友歴20年の俺から言うと…。お前、そのうちしんどくなるぞ」
僕が黙っていると「まあ、今何言っても聞く耳持たないことも、わかってるけどね」とまた苦笑したのだった。
◆
そうして、東京に戻ってきてから1週間。僕は相変わらず、麻里亜と食事に行ったり、たまに部屋に泊めたりする日々を過ごしていた。
しかし…。
それまでは彼女と過ごす日々に夢見心地だった僕も、次第に“あること”に気づき始めていたのだ。泰平が気づいてしまった“あること”とは…?
麻里亜は離れていた3年のうちに“かなり束縛するタイプ”の人間になっていたのだ。
それを感じるのは、例えばこんなとき。
「泰平さん、お仕事が大変なのはわかるの。でも、もっと連絡が欲しいわ。ちょっとした隙間時間はあるでしょう?リモートワークなんだし」
僕は半日に1回連絡を返せば十分だと思っていたけれど、彼女は「2時間に1回は連絡して」と言う。
それから、会えない日も毎日電話したいと言うのだ。
「今日、22時から電話しようね。絶対ね?」
麻里亜と電話できるのはもちろん嬉しい。でも毎日となると、僕の大事なドキュメンタリー鑑賞の時間が取れなくなってしまう。
僕はソファに沈みこむように座りながら、考えた。
「…お前、そのうちしんどくなるぞ」
樹にかけられたその言葉は、確かに一理あるように思える。
でも、と僕は思った。
恋愛なんて、結局どちらかが歩み寄る必要があるのだ。お互いに何のストレスもなく成立する恋愛なんて、この世に存在するのだろうか。
歩み寄ることこそが愛なんじゃないか、と。
― でも、もしかして僕たち、合わない?
そんな考えが浮かんでは、それごと打ち消すように僕はキスラーを飲んだ。
麻里亜にフラれてから3年間、毎日のように後悔してきた。そんな彼女とまた、ヨリを戻せたのだ。これは神様から与えられたチャンスなのだと、自分に言い聞かせた。
彼女との関係に悩んでいるうちに、また1週間が終わってしまった。僕の自由で快適な生活は崩れ去ったが、しかし気づいたのだ。
麻里亜の今の状況を考えれば、不安で当然だ。婚約相手がいるのに僕を選んでくれたのだから、いつか裏切られたらと思うと怖いのだろう。
― そりゃそうだよな、配慮が足りなかったよなあ。
そう結論が出た頃、彼女が僕の家へ泊まりに来た。今こそ自分の真剣さを伝えたいと思い、こう切り出す。
「ご両親には、僕のこと話してくれた?そろそろ挨拶に行ったほうがいいよな?」
すると麻里亜は、読んでいる雑誌を閉じて苦々しい表情を見せたのだ。
「そうなんだけど…。でも今、父が忙しそうで。何も進んでいないわ」
「…え。まだ、僕のことも話してないの?」
彼女は困ったように微笑んで、何かを誤魔化そうとしている。
「色々とタイミングが難しいの。わかって、お願い」
麻里亜の目を見てしまうと、何でも許せてしまう。…でも僕とヨリを戻してくれた日から、もう1ヶ月が経とうとしているのだ。
まだ両親にすら話していないとは、どうなっているのだろう。彼女のペースに飲まれ過ぎて、モヤモヤが溜まり始めている。
― お互いのために、やっぱりよくないな。
「あのさ。麻里亜さ…」
だから僕は悲観的にならないよう慎重に、口を開いたのだった。
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態度が変わっていく麻里亜。泰平が見た、目を疑う光景とは?-
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