「結婚もしたいけど…」4,000万の中古マンションを買う、30代独身女の恋愛事情
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Vol.5 33歳の家探し
名前:サツキ(33)
職業:外資系化粧品会社 マネージャー
年収:1,100万円
女の消費行動は、外側から内側へとベクトルが向かうようだ。
今でも覚えているけど、社会人になって初めてもらった冬の賞与ではマックスマーラのコートを買った。次の賞与でセリーヌのラゲージ、お次にブシュロンはキャトルのネックレス。
しばらくジュエリーや時計を揃えていき、ある程度満足すると、「シルクのシンプルなカットソー」や「質がいいカシミアニット」に5万、7万と払う時代が到来し、同時にオーダーメイドのブラなどにも手を出す。
カードの請求額を見ると毎月「少し使い過ぎちゃったかなぁ…」と反省するけど、私の場合、質素倹約を心がけるより、ばんばん浪費したほうが、気持ちが上がって労働意欲も高まるのだ。
さて、最近私たちの間で「そろそろ買っちゃう?」と話題に出ているのが「家」だ。豪華なモデルルームで出会った男は…?
祐天寺・1LDK・5,400万円
「独身女性のマンション購入が増加?」というニュースの見出しを目にしたのは、学芸大学徒歩7分、家賃13万7,000円の自宅マンションで朝食をとっていたときのことだった。
首都圏新築マンション購入者のうち、独身女性の占める割合が前年比プラス2.1ポイントらしい。同じ東京に住む独身女性が家を買っていることに、心がざわついた。
― 家賃のかわりにローンを組むだけで、ここより広い家に住めるんだもんね。今は彼氏もいないけど、結婚したら貸すってのもアリだし。
たちまち、賃貸にお金を払って住み続けることがばかばかしく思えてくる。
― とりあえず、モデルルームに行ってみよう。
私は不動産サイトのアプリをダウンロードした。
3日後の週末、私は祐天寺の駅前に設けられたマンションのモデルルームにいた。
建設中のマンションはここから徒歩5分ほどで、来春竣工予定だという。1LDK、5,400万円。
不動産サイトで検索して、善は急げ、まずは住み慣れた我が街学芸大学から近い物件を見てみようと思ったのだ。
「いらっしゃいませ」
受付の女性に予約した名前を告げると、奥に案内された。
何の変哲もないビルの1フロアを一時的に改装した造りだったが、一歩足を踏み入れると、別世界だった。
やや暗めの照明に、ホテルのようなシックな色合いのカーペットが敷き詰められている。小さなボリュームでクラシックが流れていて、自然と気持ちが浮き立った。
― 気合いを入れて、プラダのワンピースを着てきてよかったー。
わくわくしながら受付スタッフの後をついていくと、男性の営業スタッフが待っていた。名刺を渡され、ブースに置かれた机に向かい合わせに座るように促される。
まだ、部屋は見せてくれないらしい。
「こちらのアンケートをお書きください」
渡された紙はなかなかのボリュームだ。WEDGWOODのカップで出されたコーヒーを飲みながら、1つずつ欄を埋めていく。
「アンケート」と営業スタッフは言ったが、それは完全に個人情報の収集だった。勤務先、勤務年数、雇用形態、年収…。ローン審査にかけられるかを知るために必要な情報なのだろう。
何かに似ているなぁ、と書きながら思っていたが、ひらめいた。あれだ、お見合いパーティーのプロフィールシートに似ている。
もっとも、大きく違う点が1つある。
― お見合いパーティーとは逆ね。今回、私は「年収で値踏みされる側」だわ。
書き上げたアンケートを営業スタッフに渡す。さっと確認し始めた彼の目の動きがどこでとまるか、何となくドキドキする。
「では、簡単に物件の概要をご説明した後、お部屋を案内いたしますね」
営業スタッフがニコリと笑いながら言ってくれたので、ほっとした。私の年収は1,100万円。頭金として1,000万円出すにしても、ここは余裕で買える物件ではない。
ハイブランド店には慣れているが、ローンを組んだことも、数千万円の買い物をしたこともない。場違いな客だと思われたらどうしよう、と少し不安だった。
◆
「ご検討、よろしくお願いいたします」
彼はエレベーターの前で深々と頭を下げた。
― はあ…素敵だったなぁ。ここ、いいかも…。
モデルルームは3LDKタイプでオプションもてんこ盛りにしてあるため、かなり豪華だった。広々としたアイランドキッチン、ダブルシンクの洗面台…。
落ち着け、一生の買い物だぞ、と自分に言い聞かせてみるものの、あの空間で生活している自分を想像すると、にやけてしまう。
エレベーターの中でうっとりと反芻していると、何だか視線を感じた。振り返ったら、同じタイミングでモデルルームから出てきた男性客が話しかけてきた。
「お一人ですか?」
ええ、と答える。30代半ばだろうか。ラフな格好だが、目元は涼しげで悪くない。
「僕もです」
彼はそう言い、私たちは何となく微笑み合った。33歳独身OLが最後に選んだマンションは?
マンションを購入した女が、次に手に入れたいもの
―半年後―
「おめでとう!」
職場の先輩、ナミさん(37)はワインが入ったグラスを高々と上げた。
「もう、大げさですってば。結婚したわけでもないのに」
私は苦笑いをした。
「でも、女30代で一国一城の主なんて、かっこいいじゃん。私も欲しいなー」
まあ、私は浪費がたたって貯金があんまりないから無理か、とナミさんはペロリと舌を出す。可愛らしい先輩なのだ。
ここは学芸大学にある私の新居。築11年、1LDKの中古マンションだ。
ナミさんには家探しの進捗状況を折に触れて話していた。今日は引っ越し祝いと称して、ワインを提げてやってきてくれたのだ。
そう、結局私は、祐天寺で見たモデルルームを最後に、家探しの矛先を中古物件に向け、ここを買った。4,280万円の売値から200万も値引きできたのは、ラッキーだった。
「でもさ、モデルルームでナンパされたんでしょ?もしその男と付き合ってたら、結婚して一緒に家を買うという展開もあったんじゃない?」
アルコールに弱いナミさんは赤い顔をして、早々に突っ込んできた。
「私、同棲しかけた男とどこに住むかで大喧嘩して別れたことがあるよ。同じ物件が気になって見学するなんて、かなり相性がいいと思うんだよね」
たしかに、と私はうなずいた。
持ち家か賃貸か、都心か郊外か、広さか新しさか。限りある予算の中で、家探しは常に選択の連続だ。そこの相性の良さは、交際相手として重要かもしれない。
― でも…。
「そもそも、あれがナンパかどうか、わからないですよ。連絡先を交換して、一度ご飯を食べただけですから」
今となっては彼の名前も忘れてしまったが、食事に行ったとき、あの男性は「新築愛」について、しきりに語っていた。
『誰かが一度住んで手垢のついたような家には、住みたくないんですよね。ゼロから思い出を積み上げていきたいというか…』と熱っぽく訴えていた。
「それ聞いて、こういう人って女にも同じようなこと求めそうだなって、ちょっと引いちゃって…」
ナミさんは顔をしかめた。
「あ〜、何も知らない女の子を自分色に染めたい的な…」
それそれ、と私はうなずく。家探しは配偶者探しに例えられることが多いが、なるほど、言い得て妙だ。
そういえば、営業スタッフと向かい合って「アンケート」を書かされたとき、年収で値踏みされたような気分になった。婚活中の男性はいつもあんな気持ちなのかなぁ、と思ったものだ。
モデルルームで恋が始まらなかったことは多少残念だが、おかげで新築に対する執着は消え失せた。
そもそも、冷静に考えると、都心の新築は私には高すぎた。住み慣れた街で気に入った物件に出会えたんだから、結果オーライだ。
「安く買えた分、こだわってリノベーションできましたしね。前の住人に大切にされていたみたいで、状態もよかったし」
「そうよ、女も家もいろんな人の思い出が積み重なって、深みが増すのよ…」
酔っぱらったナミさんは激しくうなずき、「女の顔も一度や二度リノベーションして何が悪い…」などと、呂律もあやしく呟く。
そして、がばっと私の腕にしがみつき、言った。
「理想の家も手に入れたことだし、あとは婚活よね!一緒に頑張りましょ!」
そういえば、と私は思い出した。いつか見た「首都圏新築マンション購入者のうち女性が占める割合」についてのニュースである。
「あの購入者割合って、独身男性より独身女性のほうが意外と高いんですよね」
「へぇ、東京の女も偉くなったわねぇ」
ナミさんは感心した様子。
でも…と私は思ったのだ。それって実感に合わないというか、たしかに私たち女も頑張ってるけど、やっぱり周りにいる高収入の人って、女性より男性のほうが断然多い。
「だから、こうも思ったんですよ。首都圏で新築マンションを購入できるような経済力のある男って、独身じゃなくてとっくの昔に結婚…うわっ!何するんですか…!!」
私はびっくりしてのけぞった。
ナミさんが突然私の口をふさいだのだ。そしてゆっくりと首を振ってささやいた。
「お願い。それ以上言わないで」
本日のニュース:独身女性のマンション購入増加?
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