4月3日、ダイワハウススタジアム八王子での春季東京都大会初戦・八王子対小平西。八王子が9対1とリードし、コールド勝ちが濃厚になった7回表、身長191センチの大型左腕がマウンドに上がった。
ノーワインドアップから始動し、上体は立ったまま横手に近い位置から腕が出てくる。球場にいた多くの人間がこう思ったに違いない。
── まるで、ランディ・ジョンソンみたいだ。
MLBで5度のサイ・ヤング賞に輝き、通算303勝を挙げた大投手。208センチの巨体から「ビッグユニット」の愛称で親しまれた大スターは、サイドスローに近い角度から剛速球を投げ込む投球スタイルだった。
羽田の長身と横からの角度は、まさにランディ・ジョンソンを彷彿とさせた。
打席に立った小平西の1番打者・渕元才太は驚きを隠せない様子だった。
「今までの人生で一番速いボールでした」
この日、先頭打者として立ち上がりにレフト線へ二塁打を放つなどバットが振れていた渕元だったが、羽田のストレートに対して明らかに振り遅れていた。それは渕元だけでなく、羽田と対戦した3選手とも共通して言えることだった。極端に言えば、捕手のミットに収まってからバットを振るようなシーンも見られた。
圧巻のストレートだけでなくチェンジアップも交え、試合は三者連続三振で締めくくられた。
小平西は8〜9メートルの距離から打撃投手が投げたり、約140キロのピッチングマシンで目慣らしをしたりと羽田対策を積んできた。だが、渕元はこう証言する。
「マシンのボールは少し手元で落ちるんですけど、羽田くんのボールは自分が思っている以上に伸びてきました。人が投げると違うなと思いました」
この日、羽田の最高球速は146キロだったという。だが、羽田のボールにはその数字以上の加速感と球威があった。もっと物騒な言葉を使えば、殺気すら感じた。
しかも、このボールは「7〜8割の力感」で投げられたものだった。
羽田にとってこの日のマウンドは、今年2イニング目の登板である。八王子の安藤徳明監督が明かす。
「去年の10月中旬に『ヒジが痛い』と言い始めてから、今年の2月までノースローでした。2週間くらい前にブルペンに入るようになって、3月31日に練習試合で1イニング投げただけです」
調整段階でのマウンド。ヒジへの負担の大きいスライダー系の球種はまだ実戦で封印している。安藤監督は「7〜8割くらいの力で体を使って、『これでも抑えられるんだ』と勉強してほしい」と起用を決めたという。
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ところが、試合中盤にブルペンに入った羽田は、久しぶりの公式戦ということもあって気分がたかぶり、豪快に左腕を振って全力投球を始めてしまった。安藤監督は慌てて「約束と違うから投げさせないぞ」と釘を刺している。
試合後、羽田に今日の自分のボールをどう評価するかと聞くと、淡々とした口調でこんな言葉が返ってきた。
「少し上体に力が入っていたんですけど、ボールの回転自体はよかったと思います。7〜8割の力感でも秋と同じくらいのスピードが出ていたし、キレもよくなっているなと」
メディアの大人たちを前にしても、上ずることもなく常にニュートラルな受け答えだった。
ノースローだった冬場は、体づくりに時間を割いたという。
「ランメニュー、ウエイトトレーニングをやって瞬発力を上げて、体幹も全体的に鍛えました」
身長は191センチで止まり、体重は昨秋までの80キロから今は86〜87キロまで増えている。
八王子は2016年夏に甲子園初出場を果たした際、「ありんこ軍団」というチームスローガンが話題になった。たとえ戦力は小粒でも、ありの如く連帯して巨大な敵を打ち破る。そんな意味合いがスローガンに込められている。
そのありんこ軍団に、今やとてつもないスケールの逸材がいるのだから不思議なものだ。安藤監督は「ここまでの才能を持っている子は初めて」と語る。
羽田について「高校生活のなかで仕上げきるのは難しいのでしょうか?」と報道陣から問われた安藤監督は「無理でしょうね」と笑い、こう続けた。
「あと3年はかかると思います」
「八王子のランディ・ジョンソン」羽田慎之介。無限の可能性を持った大器は、これからどんな進化の軌跡を描くのか。その歴史はまだ始まったばかりだ。