■日本に研究開発拠点を設置すると発表

世界の半導体産業に重大な地殻変動が起きている。2020年春先以降、新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界的にデジタル・トランスフォーメーション(DX)の流れは加速し、半導体業界の趨勢は世界経済全体に大きな影響を与えている。回路線幅5ナノ(10億分の1)メートルの最先端から汎用型に至るまで半導体需要は拡大しており、世界的に需給はかなりタイトになっている。

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世界最大の半導体メーカー、TSMCの本社 - 写真=AFP/時事通信フォト

そうした状況下、半導体供給者としての存在感を発揮しているのが半導体受託製造企業(ファウンドリー)最大手の台湾積体電路製造(TSMC)だ。TSMCは台湾の株式インデックスである“台湾加権指数(TAIEX)”を構成する最大の企業である。同社はわが国の企業と連携して、茨城県つくば市に研究開発拠点を設立する方針を発表した。最先端の半導体製造技術を確立し、韓国サムスン電子や中国勢との競争をより有利に進めている。

その取り組みを米国も重視し始めた。バイデン政権は半導体に加え、レア・アース(希土類)、大容量バッテリー、医薬品の4品目を戦略物資に指定し、透明かつ安定した調達を目指す。今後、半導体のサプライチェーンを中心に日米台の連携は強化されるだろう。それは、わが国の企業がさらなる成長を目指すための追い風といえる。

■「設計・開発」と「生産」の分離が進む半導体産業

リーマンショック後の世界経済を支えた主な要因の一つは、米国のIT先端企業のイノベーションだ。大きかったのがアップルの“iPhone”のヒットだ。それは、スマートフォン需要を生み出し、アマゾンなどITプラットフォーマーの成長を勢いづけた。また、スマホの出現はSNSという新しいビジネスモデルの創出も支えた。需要の獲得と創出のためにデータの重要性が高まり、その保存と分析を支える半導体への需要は加速度的に高まった。それが、21世紀が“データの世紀”と呼ばれるゆえんだ。

アップルなどは自社製品のより良い機能の発揮を目指して、半導体の設計と開発に取り組んでいる。ファウンドリーであるTSMCはその生産を受託し、世界の半導体産業全体で設計・開発と生産の分離が勢いづいた。特に、TSMCは回路線幅の微細化を強力に推進し、米インテルや韓国サムスン電子との差は拡大しているように見える。

■「米中貿易戦争」のあおりで受注が殺到

コロナショックの発生によって、TSMCをはじめ台湾半導体産業が世界経済に与える影響の大きさは一段と鮮明だ。感染拡大によってテレワークが増え、巣ごもり需要のためのゲーム機やデジタル家電需要も高まった。一時生産が落ち込んだ自動車のペントアップディマンドも発現し、世界全体でより多くの半導体が必要とされている。世界の半導体生産がTSMCなどに集中し、需給は逼迫している。

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世界的な半導体の需給逼迫には、米国のトランプ前政権の政策も影響を与えた。トランプ政権は、半導体に関する米国のソフトウェアや製造技術が中国に渡らないようにするために、中国のファウンドリー大手である中芯国際集成電路製造(SMIC)に制裁を科した。その結果、TSMCにより多くの生産委託が舞い込んだ。

以上をまとめると、コロナショックの発生によって世界経済の成長に半導体が無視できない影響を与えることが、これまで以上に明確になった。その結果、世界経済への半導体の供給者としてのTSMCの重要性は一段と高まっている。

■TSMCが求める“メイドインジャパン”の部材

そうした変化はわが国の企業にとって重要だ。ポイントは、TSMCをはじめ世界の半導体産業にとって、わが国企業の技術が不可欠であることだ。

シリコンウエハー(半導体の基板)やフォトレジスト(感光剤)、エポキシ樹脂(半導体封止材)、コンデンサ、半導体製造装置、および生産設備の効率的な運営を支える動作制御装置や工作機械の分野で、わが国企業の競争力は高い。1990年代以降、メモリやロジック半導体に関して、わが国企業のシェアは低下した。

しかし、半導体の生産に必要な部材や機器に関して、わが国は世界から必要とされている。半導体需要の高まりに押され、旧型の半導体製造装置の生産を増やす本邦企業もある。微細さ、高純度、精緻なすり合わせに関する企業の製造技術は、わが国経済の宝だ。

TSMCが、わが国に3次元の集積回路に必要な材料の研究開発拠点を設けることを決定したのにはそうした技術を取り入れる狙いがある。TSMCは自社が生産したメモリや演算装置を3次元に積層することによって、より小型、より高性能、より省エネなプロセッサを生み出したい。そのために、わが国の部材メーカーとの連携が重視されている。

■日本企業との連携を重視する背景

それによってTSMCは半導体製造面での総合的な力を引き上げ、アップルをはじめとする顧客企業の要望により迅速かつ的確に対応する事業体制を整えたい。2022年にTSMCは回路線幅3ナノメートルの半導体の量産を開始する予定だ。それに加えて、TSMCは先端のパッケージング技術(パッケージとは複数のチップを接続した上で樹脂などで包み、外部との回路接続や放熱を実現すること)を強化するために、わが国企業の技術に注目している。

TSMCがわが国企業との連携を重視する背景には、中国半導体産業への危機感もある。中国政府は、産業補助金政策などを進めて半導体産業の育成に取り組んでいる。2030年には世界の半導体生産シェアで中国が台湾を追い抜くとの予測がある。すでに、韓国勢はメモリ半導体やディスプレイ分野で中国企業に追い上げられている。中国勢の追い上げに対応するために、TSMCはわが国企業との連携をより重視する可能性がある。

■脱中国で「日米台」の連携がより進む

米国では、バイデン政権が半導体をはじめとする4つの戦略物資に関して、透明かつ安定したサプライチェーンを整備し、中国への依存を減らそうとしている。2月24日にバイデン氏は大統領令を出し、経済成長と安全保障の観点から供給網の問題を洗い出し、その対応策をまとめるよう国家安全保障問題担当の大統領補佐官らに指示した。

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そうした取り組みを進めるにあたり、バイデン政権は台湾との関係を重視している。それによって米国は、安定した半導体の調達を実現したい。また、米国は、同盟国であるわが国との関係も重視している。つまり、世界の半導体産業において、日米台の連携は強化され、それを軸とする半導体のサプライチェーンが整備されようとしている。

他方で、バイデン政権は基本的には中国に対して強い姿勢で臨み、産業補助金や海外企業に対する技術の強制移転を止めるよう求めるだろう。その点に関して、トランプ前大統領が中国に課した制裁関税がどのように扱われていくかは重要だ。なぜなら、制裁関税は米国の対中強硬姿勢を象徴する政策だからだ。

■日本企業にとってはチャンスとなる

少し長めの目線で考えると、米国の企業は半導体の設計と開発への取り組みをより強化するだろう。TSMCなどの台湾企業は米国企業から生産を受託する体制を強化する。その中で、わが国企業はより高性能な半導体の開発や、効率的な半導体の生産を支える部材や製造装置(機械)の供給者としての存在感を発揮する可能性がある。

また、TSMCが注力する最先端の生産ラインを必要としない汎用型の半導体製造に関しては、わが国の企業が補完的な供給者としての役割を発揮する展開も想定される。

このように考えると、半導体に関する分野などで日米台の連携が強化されることは、わが国企業にとって大きな変化だ。わが国企業に求められるのは、半導体の部材や製造装置、さらには汎用型の半導体の生産に関する技術に磨きをかけることだ。それによって、わが国企業は米国からも台湾からも一段と必要とされる立場を目指すことができる。それは、わが国企業が中国から必要とされることにもつながるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)