デートに向かう途中、元カノに再会した男。彼女に迫られた男の、最低な裏切り
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愛だって女だって、お金さえあれば何でも手に入る。男の価値は、経済力一択。
外資系コンサルティング会社に入った瞬間、不遇の学生時代には想像もつかなかったくらいモテ始めた憲明、34歳。
豪華でキラキラしたモノを贈っておけば、女なんて楽勝。
そんな彼の価値観を、一人の女が、狂わせていくー。
◆これまでのあらすじ
麻子への想いを断ち切れずにいるものの、それを頑なに認めない憲明。前に進むため、はるかと関係を深めていくが…?
−これで完璧。喜ぶだろうなあ。
買い物を終えた憲明は、軽やかな足取りでChopardの銀座本店を後にした。
今日は、はるかの誕生日。サプライズプレゼントに、ハッピーダイヤモンドのネックレスを購入したのだ。
付き合ってもいない女性に贈るプレゼントとしては少し高価だが、彼女は近々、いや早ければ、今晩にも恋人になるのだから問題ない。
はるかがキャッキャと喜ぶ姿を想像するだけで、憲明の頰も自然と緩んだ。
ディナーに向かおうとタクシーを探すが、休日の銀座中央通りは歩行者天国だ。タクシーを拾うために外堀通りに移動する。細い道に入ると、憲明の胸が急にザワザワし始めた。
−そういえば…。
この辺りに麻子の職場があったことを思い出したのだ。
なんだか落ち着かなくて、一気に歩くスピードを上げる。万が一のことがあったら大変だ。
逃げるように外堀通りに到達したところで、目の前に一台のタクシーが止まった。
前に乗車していた人が降りたらそのまま乗り込もう。車内を覗いた憲明は固まった。
「な、なんで!?」
車内から颯爽と降りてきたのは、自分の元恋人・麻子だったのだ。まさかの遭遇に動揺する憲明。事態は最悪の方向に…?
運命のタイミング
「…えっ」
予想外の再会に麻子も言葉を失っていた。憲明の顔を見つめたまま、その場に立ち尽くす。
「あっ。ちょっとー!」
固まっていた間に、タクシーが発車してしまった。慌てて追いかけるが、車に勝てるわけがない。呆気なく憲明の前から立ち去った。
次のタクシーを拾おうと手を挙げるが、残念ながら、“満車”の赤い表示ばかりだ。
ディナーの待ち合わせ時間が迫ってくる。焦っている憲明を横目に、麻子はこう言って立ち去ろうとした。
「元気にしてるみたいね。それじゃ」
彼女の他人行儀な物言いに、憲明のこめかみがピクッと動く。同時に、怒りスイッチがONになってしまった。
−“元気”だと!?麻子のせいで、俺はどれだけ傷つけられたと思ってるんだ。
気づけばタクシーを拾う手を下げて、彼女のことを睨んで言い返していた。
「説明責任も果たさず、勝手に別れた自己中女がよく言うよ。
聞いたよ、吉野から。仕事が楽しいんだってな。そうですか、そうですか。俺には何一つ話してくれなかったくせに」
すると麻子は、全く納得していない様子で、こう言い返してきた。
「何度も説明しようとしたわ。聞こうとしなかったのは、憲明じゃない!」
感情が高ぶった2人は、想像以上に大きな声を発してしまったらしい。周囲の人が、一体何が始まったんだという目で、チラチラこちらを見てくる。
良い歳した男女の痴話喧嘩なんて、誰も見たくないだろう。
その厳しい視線には麻子も気づいていたらしく、どこか近くのカフェで話そうと提案してきた。
「じゃあ、これが本当に最後。私が思ってたこと、全部話すわ。
憲明も、言いたいことがあったら全部言って」
−やばい、待ち合わせ…。
腕時計に目をやった憲明の脳裏に、はるかの顔が思い浮かんだ。
今すぐにでも出ないと、彼女とのディナーに間に合わない。
だが、しかし。麻子の話を聞いておきたいのも本心だ。この機会を逃したら、自分は一生、麻子へのモヤモヤした気持ちを消化出来ないままで、しこりとして残ってしまうだろう。
元恋人と、恋人候補。どちらをとるか。この身を2つに引き裂きたいなどと、考えながら狼狽えていると、麻子が静かに尋ねた。
「どうするの?」
悩みに悩んだ憲明は、つい口走ってしまった。
「じゃあ、聞いてやるよ!これが、本当に、本当に最後だからな!」
元恋人同士の話し合いなんて、そんなに長くなるはずもない。はるかには申し訳ないが、少しだけ待ってもらおう。
憲明は、麻子の後を追って歩き始めた。まさかこの時の選択が、大惨事をもたらすとも気づかぬまま。一方のはるか。連絡が取れなくなった憲明のことを心配するが…?
帰ります
−どうして連絡がつかないの…。
はるかは、不安で押しつぶされそうだった。つい2時間前まで連絡を取っていた憲明が消えたのだ。電話しても、メッセージを送っても反応はない。
待ち合わせ時間の17時55分から20分も経っている。ディナーの予約時間である18時も過ぎてしまっているのだ。
まさか事故にでも巻き込まれてしまったのだろうか。
ホテルのエントランスで待っているので、寒い思いはしなくて良いが、はるかはだんだんと心細くなっていく。
レストランに何か連絡が入っているか聞いてみようとも思ったが、どこのお店を予約しているのかまでは知らなかった。
未読のままのLINEを、じっと見つめる。
憲明とのディナーに浮かれて着飾ってきた自分がバカみたいだ。なんだかひどく惨めに思えて、涙が出てしまった。
−とっても良い人だな。
憲明がコンサルタントとして働いていた会社で、はるかはアシスタントを務めていた。
外資系コンサルティング会社で働く人間は、皆、とにかくスマートだ。そして、狡猾だ。足の引っ張り合いも、相手を貶めることもよくあること。
相手を見て態度を変えることなど日常茶飯事なのだが、アシスタントへの接し方は、人間の本性が現れるなと、はるかは思っている。
アシスタントを軽んじるコンサルタントも少なくない中、憲明は違った。
アシスタントに対しても偉ぶることもなく、どんな時でも丁寧だ。感謝の言葉も忘れないし、自分に非がある時には必ず謝罪する。
ちょっとこじらせているのが玉にキズだが、根は優しい、良い人なのだろう。スマートさには欠けるものの、彼の人間臭さに好感を持っていた。
彼がファームで働いていた数年前、はるかは、食事会にパーティーに夜の街を謳歌する煌びやかな生活を送っていた。その時には気づかなかったが、適齢期になった今、彼の良さに気づいた。
−だけど…。
待ち合わせから1時間以上経過しても、憲明が現れることはなかった。何度スマホを見ても、連絡もないままだ。
これ以上待っていても仕方ないと思ったはるかは、ホテルの前に停車しているタクシーに乗り込んだ。
◆
「憲明は、私が趣味程度には働いていると思ってたんでしょう?」
これまでの思いを吐き出した麻子は、最後にこう言った。
「…」
彼女の言葉に、憲明は黙ることしか出来ない。話を聞いた憲明は、自分がいかに彼女のことを理解しようとしていなかったかを思い知り、恥ずかしくなった。
付き合っていた当時のことを思い出してみるが、自分は麻子の仕事のことを全く理解しようとしていなかった。さらに、プロポーズを断られた翌日も、話をしようとする麻子を遮って、帰宅した。
彼女の言う通り、自分は“アート好きな麻子の趣味程度”にしか思っていなかったし、そもそもアート業界という特殊な世界が全く分からず、どんなキャリアがあるのか、何がゴールなのか、よく分からなかった。
一生懸命働く彼女を見て、給与も高くないのに、なぜそこまで頑張れるのだろうかと疑問を抱いていた。
「もっと伝える努力をするべきだったよね。ごめんなさい。
プロポーズされた時、どうしたら良いか分からなくて、頭が真っ白になって、あんな風に…」
憲明の胸がチクリと痛む。頭を下げて謝罪する麻子に、「顔上げて」と、言おうとした瞬間固まった。
彼女の後ろ側に見える時計は、19時15分を指している。
「ちょ、ちょっとごめん…」
お手洗いに行く振りをして、スマホを確認する。画面は、はるかからの着信とメッセージであふれていた。
“帰ります”
彼女から届いた最後のメッセージは、15分前。それを見た憲明は、急いで外に出た。
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今度は、麻子を置いて、はるかの元に走る憲明。どちらにも良い顔をしようとした結果…?-
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