「人間って、刻一刻と変わっていく生き物なんですよ」奢らず弛まず、神谷浩史の現在地

漫画家・久米田康治の最新作『かくしごと』がTVアニメで放映中だ。主人公・後藤可久士役は神谷浩史。言うまでもなく、彼ほどの適任者はいない。

高校生の頃から久米田作品を愛読し、2007年から出演したアニメ『さよなら絶望先生』の糸色 望役は、「自分以外が演じている姿がイメージできない」と言葉にするほど思い入れがある。

だが今回のキャスティングは、『さよなら絶望先生』に出ていたからとか、CMで声を当てていたから、という安易な理由で選ばれたわけでは決してない。自ら参加を申し出たオーディションにて選ばれ、晴れてこの役を演じているのだ。

「『かくしごと』が新しい代表作になったらいいな」。奢らず弛まず、いい意味で少し肩の力が抜けた神谷の現在地に迫る。

撮影/増田 慶 取材・文/原 常樹 制作/アンファン
スタイリング/村田友哉(SMB International.) ヘアメイク/NOBU(HAPP'S.)

久米田康治の世界観を音として表現する回路に自信がある

まずは本作の第一印象をお聞かせください。
高校生ぐらいのときから久米田康治先生のマンガ『行け!!南国アイスホッケー部』を読ませていただいていましたし、『さよなら絶望先生』がアニメ化した際に関わらせていただいてからは、“どういったものが久米田作品か”ということを、今まで以上に認識しながら読むようになりました。

今回アニメ化する『かくしごと』を読ませていただいたときは、ある意味でこれまでの集大成みたいな作品だなと感じましたね。まぁ、こんなことを言うと、「集大成だなんて、それはもう書くなということか」と久米田先生が怒りそうですけど(笑)。
(笑)。でもそういった表現をしたくなるぐらい、久米田先生のキャリアが詰め込まれていると。
ええ。これまでの経験や培ってきたテクニックがすべて詰め込まれているなという印象を受けました。久米田先生がとくにすぐれているのは、物語のたたみ方。『さよなら絶望先生』のときも全30巻という長尺の物語にも関わらず、最初からあのオチを考えたうえで描かれていたとおっしゃっていて、最初にそれを聞いたときは「ウソだろ!?」と思ったんですけど(笑)。

『かくしごと』も第1巻の巻頭・巻末の描き下ろしを見たときに、おそらく先生のなかでそういった終わりのビジョンがしっかりとあるのだろうということは伝わってきました。

さらに後藤可久士の、“過去に下ネタマンガを描いていた漫画家だ”という事実を娘に隠しているキャラクターも、先生がいろいろなところからかき集めて作品に落とし込んでいるなぁと…。そういう意味でも、やっぱり先生にとっての集大成のような作品だなと思ったんです。
2016年に放送された、コミック『かくしごと』第1巻のテレビCMにも神谷さんは出演されていました。
あのときは、『さよなら絶望先生』の座組で作られたCMだったことから僕にもお声がかかったんです。

正直、僕のキャリアのなかでも『さよなら絶望先生』の糸色 望は、自分以外が演じている姿がイメージできない、譲りたくないと思う唯一の…いや、『しろくまカフェ』のペンギンさんもそうだから、“唯二の役”なんです(笑)。

久米田先生の世界観を音として表現する回路にも自信はありました。CM自体も『さよなら絶望先生』のセルフパロディに近い部分もありましたし、当時求められた後藤可久士を表現できた手ごたえはありました。
そこから何年か経ってアニメ化が決まったわけですね。
ただ、アニメは、CMとは制作会社もスタッフもまったく違うのだと。たしかに僕はCMで可久士を演じさせてもらいましたが、こうなると話は別。勝手が染みついているからこそ異分子になる可能性もありましたし、「なんとなく『さよなら絶望先生』に出ていたから」とか「なんとなくCMで声を当てていたから」という安易に受け止められかねない発想で選ばれてしまったら申し訳ないなという気持ちになったんです。

そんななか、オーディションがあるという話が飛び込んできて、「それはぜひ参加させてください!」と。不承不承選ばれるような状況だったら申し訳ありませんし、もし、スタッフさんたちが望む方向に僕が合致しているならば、胸を張って演じられるだろうという気持ちもあったんです。
オーディションでそれを示したかった。
そうですね。「もうちょっとこんな感じで〜」といったディレクションを受けながら可久士を演じさせてもらい、そのうえでスタッフのみなさんにご納得いただいてこの役柄をいただけたのは、本当にありがたいことです。
お芝居についてはどんなディレクションを?
相応の年齢感は求められた気がするので、僕のなかで感じる可久士の年齢感を出させてもらいました。

第1話のアフレコ現場には久米田先生もいらっしゃっていて、「こういうお芝居もできるんですね」と声をかけられたんですが、正直、『さよなら絶望先生』で糸色 望を演じたときと、楽器としての声の高さはそんなに変わっていないと思います(笑)。望のときも決して浮ついたお芝居をしていたつもりはなかったし、むしろ落ち着いてしゃべっているつもりだったんですけど。
『かくしごと』放送開始のカウントダウンキャンペーンでも糸色 望を演じられていました。神谷さんのなかではそこまで声に大きな変化をつけた感覚はなかった?
楽器としては…ですね。望の声は10年ぶりぐらいにやらせていただきましたけど、「そうそう、こうやって文語体でしゃべるよなぁ」って。可久士も文語体でしゃべる瞬間が出てくるので厄介なんですけど、基本的には口語体。演じるときの気持ちも全然違います。

それ以上に自分でそこまで差を感じないというのは、自分がニュートラルに感じている部分が10年前より落ち着いている方向にシフトしていった結果なのかなとは思いますね。
自分の中心からは相対的にはズレていないけど、絶対的には変化していると。
そうなんじゃないかなと。きっと以前の僕だったら後藤可久士は演じられなかっただろうし、同じように、久米田先生も以前だったら『かくしごと』という作品は描けなかったんじゃないでしょうか。10年間という時間の流れはそれだけ大きいものですし、そうやって歳を重ねてきた僕のできる表現の範囲のなかに可久士が入っていてくれたおかげで、今、この場にいられるのかなとも思います。

多面的でめんどくさい後藤可久士の芯は“責任感”

神谷さんからご覧になって、後藤可久士という人物の印象はいかがですか?
ひたすらにめんどくさい人ですよね(笑)。人間誰しも多面性があるとは思うんですけど、彼は自分のなかで明確にルールを決めている。それだけならいいんですけど、周りにもそれを押しつけるあたりがもう(笑)。
多面的な部分は魅力でもあるかと思いますが。
僕も…そう、神谷浩史もまさに今は一人称として“僕”を使っていますけど、しゃべっているなかで“俺”と言うときもあるし、そういうことって当たり前にあるものじゃないですか。神谷浩史に対して「僕とか俺とか統一できていないのは気持ち悪い」って勝手に感じる人がいてもおかしくないですけど、僕のなかではそれでも成立してしまっている。

同じように、可久士に関しても、芯の部分をちゃんと作っておけば、「表の顔と裏の顔が違って気持ち悪い」と言われても、決してそれがおかしいことにはならないと僕は思うんです。むしろ、そういう気持ち悪いものを表現するのが、僕らのお仕事じゃないかなと。
それぞれの側面を切り分けて考えているわけではない。
ええ。じゃあ、彼の芯とは何かといえば、“責任感”でしょうね。ちゃんと子どもを育てているということと、しっかり仕事をするということ。そこさえ守っていれば、多面的だからといって難しいことはありません。演じるうえであえて気をつけていることを挙げるとしたら、“(娘である)姫との距離感”ぐらいですかね。これに関しては、可久士が姫に気を遣っているからこそだと思います。
気を遣っている、ですか…。
可久士は姫を溺愛していると思うんですが、それも罪悪感からだという気はするんですよ。普段から母親がいて愛情を姫に与えられて、そこにプラスして父親からも愛情を与えられるのであれば、もしかしたら、ここまで能動的に各地を連れ回ったりはしなかったかもしれません。

でも、現実には自分が仕事をしているときに姫をひとりにしてしまうことが、どこかで引っかかっていて、どうしても過保護になってしまう。一緒にいるときは姫のために存在しよう、という責任感が強く感じられる父親像だと思います。
▲後藤可久士(声/神谷浩史)
可久士は自分のなかで明確にルールを決めているという話が出ましたが、神谷さんにはそういったルールはありますか?
うーん、なんでしょう…。とりあえず社会で定められたルールは守っていますが、それ以外ではムチャクチャに生きている気もします(笑)。ただ、僕自身はルール人間だと思いますし、細かいところでいえばいろいろと設けては自然とこなしているんじゃないかなと。

もしかしたら、可久士もそうやって自分の設けているルールに気づいていない可能性はありますね。彼にとってはあまりにも当たり前になりすぎて、他人に強要しているつもりもないのかなぁと…。
久米田先生の作品はそういうキャラクターが多い気がします(笑)。
言われてみればそんな気もしますね(笑)。まぁ、他人から見たら神谷浩史という人間も何らかのルールを強要してくるように見えているかもしれませんし、それは特別なことではないと思います。どんなルールを強要しているのかわかったら、強要しなくなるとは思うんですけど、それがわからないので(笑)。
可久士を演じるにあたって、スタッフから具体的に「こう演じてほしい」というディレクションはありましたか?
じつはオーディション以外では、村野(佑太)監督から特別なディレクションを受けたりはしていません。ただ、第1話で、18歳になった姫が鎌倉の家の扉を開けて、そこから10歳の姫とオーバーラップしていくシーンで「姫!」という第一声があるんですが、これに関しては僕のほうから、「どうしたらいいんですか?」とたずねさせてもらいました。

普通にあのシーンのつながりで言えばいいのか、それとも姫のイメージのなかで響いているものなのか。もし後者だったら、どういうイメージで響いているのが正解なのか。本当にわからなくて、監督に問いかけたところ、「可久士が背中を押すような声だといいと思います」とおっしゃってくださったんです。

物語を紐解いていくと、“鎌倉の家に入ることを実際の可久士はよしとはしていない”ものの、姫の心のなかに響いている音だと考えたら、たしかに納得いくんですよね。

そのシーン以外では、とくにわからないような部分もなく、非常にスムーズに演じられていると思います。
▲後藤 姫(声/高橋李依)
姫役の高橋李依さんのお芝居はいかがでしたか?
10歳の女の子のメンタリティを表現するにあたって、あんまりやりすぎてもあざとくなっちゃうし、素直にそう感じたからそう発言するという無垢な感じをどうやったら出せるのかと、李依ちゃんが模索しているのを隣の席からずっと見ていました。
姫もかなり難しい役ですよね。
基本的に姫の思考って、一生懸命考えたうえでそこにたどり着いたものなのに、それがズレていることをわかって演じたら、ただのズレている子になってしまう。なので、李依ちゃんには、「ズレた子をやろうと思っているんだとしたら、もしかしたら違うかもよ? 姫は考えてその答えに至っているんじゃないかな」とは伝えさせてもらいました。
我々から理解できないことでも、彼女の思考のなかでは成立している。
そりゃ、「足をバッテンにしているから司会者です」とか、僕から見ても理解が及ばない領域ですからね(笑)。それどころか、久米田先生だってそんなに深く考えていないでしょう(笑)。そこまでいったらいろんなメタ要素も入ってきてどうしようもないので、最終的には我々の解釈次第な部分もあると思うんですが、そこを李依ちゃんは繊細に考えているんだなというのは伝わってきました。

まぁ、僕自身としては、彼女からどんな音が来るのかは、じつはそんなに気にしていなくて、どんな音が来ても可久士として“いちばん大切な姫”を受け止めようという気持ちだったんですけど。

センスの塊“久米田節”を成立させるキャスト陣も強者揃い

本作には、ほかにも個性的なキャラクターが多数登場します。印象に残っているキャラクターはいますか?
うーん、誰だろう…。第1話のアフレコにいらした久米田先生は、マリオ(声/浪川大輔)を気に入っていらっしゃったんですよね。ただ、今だから言っちゃいますけど、浪川さんは「電話ボックスで着替えなさいよ、クラーク・ケント」というセリフをまったく理解していませんでしたからね!(笑) 『スーパーマン』を知っていれば皮肉だとわかるセリフなのに、平坦にしゃべっていましたし…。

先生も、「あんなにおもしろいんだったら、もっとマリオを出しておけばよかった」と言っていましたけど、そんな飛び道具よりも、「また神谷か…」と言われながらもがんばっているこちらのことも、もうちょっと見ていただきたい!(笑)

それはさておき、個人的におもしろいと感じるのは十丸院五月(声/花江夏樹)ですね。花江夏樹くんのお芝居も相まってか、悪意のない悪意がダイレクトにこちらに届いてイラッとします(笑)。
久米田先生の得意なキャラクター造形ですよね。
可久士は言われる側なので、僕としてはムカムカしますけど(笑)。アシスタントのなかでは、芥子(駆)くん(声/村瀬 歩)もいいキャラクターですね。『さよなら絶望先生』でいう臼井影郎的なポジションで、言っていることをみんなにガン無視されるという(笑)。それでもめげないところはキャラクターとして素敵だと思います。

演じている村瀬(歩)くんも、楽器としての才能もあるし、地頭がメチャクチャいい。考えすぎて深みにハマることもありますけど、それがかみ合ったときにとんでもないポテンシャルを発揮することを僕は知っているので。芥子に関しても最初は悩んでいましたけど、途中からはもうサーッとこなしていたので、「いいなぁ」と思いながら現場で眺めていました。
やはり久米田先生の作品は役者にとっても入り込むのが大変なんでしょうか?
うーん、そこはどうなんでしょう。あの場にいる時点でみなさん、センスの塊なのは間違いありません。ただ、久米田作品に独特な空気感があるのはたしかです。

それを読み解く文法があるとしたら、あらかじめ知っていたのは僕と、『じょしらく』に出演していた佐倉綾音ちゃん(筧 亜美役)だと思います。僕らがしゃべるとそこにラインができるというか、第1話のBパートのブティック前で会話をしているシーンなんかは、“これが久米田作品のベーシック”という感覚だったので、なんとなく現場のガイドラインを作っているような感覚にもなりました。

それに倣って…と言うと大げさかもしれませんが、ほかのキャストもそれを参考に自分たちの役に微調整を加えていくような感覚だったんじゃないかなと思います。
具体的に久米田作品の文脈とはどういったものなんでしょうか?
もともと久米田先生の書くセリフってものすごくセンスがよくて、それを音にするのに気を遣うんですよ。そのままストレートなところでも言えるんだけど、どこか引っかかりを感じてもらえるように表現したほうがおもしろくなるんです。

たとえば『さよなら絶望先生』でも、第1話の冒頭から、「きょうも中央線が止まりましたね」と会話を切り出すシーンがありますが、ここで、“ね”に重きを置いて表現をすることで、単なる事実の羅列以上に、“やたらと不穏なことを言っている”というニュアンスも滲ませることができる。アクセントの問題もありますし、書き文字ではなかなか説明できないんですけど、それぐらいセンスがいいんですよ。
このあたりは、音になって初めて伝わる部分かもしれませんね。
そうだと思います。じつは先日、バラエティ番組『水曜どうでしょう』の掛け合いをテキストにして、それを声優陣で再現するお仕事をさせてもらったんですが、そのときの原稿は、普通に読んだら単なる喧嘩にしかならないという難しいものでした(笑)。

それを、「この人たち、楽しそうだな」と思ってもらえるように僕らが音に変換していかないと成立しません。そういうところは、久米田先生の作品も近い部分があるのかなと。この作品も、相手を褒め称えるようなニュアンスで「バカにしてます!」と宣言しないと成立しなかったりもしますからね(笑)。
本作の魅力もそういうところにあるのかもしれません。
そうですね。ハマる人にはハマるし、ハマらない人にはハマらないのが久米田作品の特徴かなと思うのですが、この『かくしごと』に関しては、人を選ばない魅力がある気もしていて。だからこそ、先ほど“集大成”という言葉を使わせてもらいました。

起承転結がほとんどなく、誰も悲惨な目に遭わない“日常モノ”の側面も持ちつつ、劇中劇では『風のタイツ』みたいな毒のある作品を入れ込んだり、さらにコミックスではおまけエッセイ『描く仕事の本当のところを書く仕事』でメッセージを打ち出したり、こんなにネタの宝庫みたいなコンテンツはなかなかないですよ。

『さよなら絶望先生』連載時に、「よくあんなものを週刊ペースで入れ込むなぁ」と思った羅列ネタはなくなりましたけど、全体的にブラッシュアップされて、とくに絵の部分はトコトン洗練されて。表紙なんかはムダな線がまったくなくて。おそらく、久米田先生は藤子・F・不二雄先生をリスペクトされているんでしょうけど、それを感じさせるような“究極の線”を目指しているんだなと感じます。

まぁ、あんまり褒めると気持ち悪いんで…僕からは「オシャレな線ですね」ぐらいにしておきましょうか(笑)。『かくしごと』はオシャレなマンガです(笑)。

キャリアを重ねても、考えすぎて頭がパンクしそうになる

神谷さんのなかで久米田先生自身の印象はいかがですか?
こちらもあんまり褒めてもしょうがないんですけど、やっぱり久米田先生ってスゴいんですよ。「週刊連載をずっと続けていて、しんどくないですか?」って聞いたら、事もなげに、「いや、別に…。やらなきゃいけないでしょ?」とおっしゃいましたからね。

「何でしんどくないの?」と聞くと、「期待していないから。妥協をすればいいでしょ」みたいなことを言っていて(笑)。目から鱗とまでは言いませんけど、それであのクオリティを提供し続けているわけですから、ベースが違うんだろうなと。

ここで“天才の所業”と言うと、また「バカにしているのか」と言われそうですけど、スゴい才能だと思いますよ!(笑) アシスタントさんや編集さんのサポートもあるとして、支えたいと思わせる力があることが、まずとんでもないこと。

『かくしごと』でもすごくキレイな線を引いているという話をしましたが、それは長年修練を積んだからであって、今となっては、ちょっとはみ出していたりグチャッとなってたら、おそらくアシスタントさんたちも即座に修正するぐらいの体制になっていると思うんです。それなのに「よくわからないです」みたいなことを言うから(笑)。
一般人には妥協のラインがわからないぐらい、チームが完成されていると。
漫画家さんが、ひとりですべての作品を構築していると信じたい方の夢を壊すことになってしまうかもしれないんですけど、ひとりで完成させるケースなんてほとんどありません。そこまでいくと、もはや何者にも縛られない、妥協のない芸術家の領域なので。

一方で、商業ベースで続けている方たちの周りでは、締め切りや、携わる方々の役割がしっかりと機能しているので、すごく高いレベルで妥協点がある…それが久米田先生たちなのかなと思います。
声優という職業にも、一般ではわからない妥協点があるんでしょうか?
そうなんだと思います。僕らも「今の音、ちょっと違うんじゃないかな」と思いながらやることっていっぱいあるんですよ。でも僕らは芸術家ではないので、誰かが必ずOKを出すという線引きをしなければいけないし、監督や音響監督がOKサインを出したら、僕らも納得しないと先に進むことができません。
可久士の芯にあるのは責任感という話も出ましたが、神谷さんにとっての責任は、そのOKサインが出るところまでしっかり仕事をするということでしょうか?
そうですね…。まぁ、正直、投げ出したくなることもいっぱいあります。「これは無理だよ」と思うことだってざらにありますけど、ギリギリでもOKサインを出してもらえる妥協点まではがんばらないといけない。

もちろん、個人には限界がありますし、ギリギリ及第点にたどり着けたとして、じゃあそこから底上げするのは誰かといったら、やっぱり周りにいる人たちだったりするんです。それこそがチームの強みであって、僕も助けられたり、助けたりしていることはあるはず。
神谷さんもこれだけキャリアを積まれてきて、助ける側に回ることのほうが多いのでは。
うーん、どうなんでしょう。『かくしごと』ではそれこそ、李依ちゃんにそれとないアドバイスを送ることができたりはしましたけど…。まぁ、僕も年齢的にはもう45歳だし、本来はそうあるべきなんだと思います。たしかに物事を俯瞰で眺めることも増えましたけど、それでも頭がパンクしちゃいそうになることが多くて…。
物事を俯瞰で眺めるというのはやはり難しいことなんでしょうか。
たとえば現場にいて、音響監督さんが別の役者さんにディレクションをしたときの伝え方に、「あれ? それで大丈夫かな?」と思うこともあったりするわけです。おそらく求められているのはこういう芝居だろうというのが僕はわかるんですけど、その伝え方だと、別の方向に行ってしまうんじゃないかなと…。

そして、案の定、その役者さんはそっちに行っちゃった挙句、OKサインも出てしまったりする。掛け合う役として、僕が欲しいお芝居とは違っても、現場が進む場合もあります。

もちろん、僕は納得するしかないんですけれど、それが何度も積み重なっていくと頭がおかしくなりそうで(笑)。「役者ができないから違うプランでもOKを出した」とは思いたくないので、「そういう解釈もあるんだな」と納得するしかないんですけど…。
難しいですね。
役者側ができることはいくらでもありますし、現場に呼ばれる役者は、要求に応えられるポテンシャルを秘めていると思います。まぁ、僕自身も役者として明確にアプローチを出せるのかといえば、棚に上げている部分はありますが(笑)。とはいえ、現実ではさまざまな理由から理想通りにはいきませんし、それでも妥協しないでやるとしたら、究極的にはすべてをひとりでこなすしか解決策はありません。
でも、アフレコはチームで積み上げていくもの…。
監督や音響監督は、作品全体を眺めながら、折れ線グラフを作って平均化したときに高い水準に妥協点がまとまるように現場を回しているんだと思います。そういう観点からいえば、“それぞれの役にとっての理想”は意味がないものかもしれないし、僕だけがそこにこだわってもしょうがありません。

ですから、“現場を俯瞰で観たときに考えすぎると頭がパンクしてしまうので、そうなる前に自分を横に置いておく”ということも覚えました(笑)。

たぶん、周りから「何でそこまでこだわるの?」と思われるようなことも、僕はあったと思うんです。けど、現場には僕なんかよりも俯瞰で物事を眺める才能がある人がいるはずですし、チームでモノを作っている以上は、相手を信用できなくてはやっていけない仕事だなと、最近になってようやく考えられるようになったんです。大きな変化ですね。

『かくしごと』が神谷浩史の新しい代表作になったらいいな

これまで神谷さんはさまざまな媒体で、「声優としての仕事がなくなるのが怖い」、「家の台本置き場が空になるのが怖い」とおっしゃっていました。今もそういう意識はありますか?
もちろん、怖い部分はありますね…。とはいえ、やはり以前の感覚とは違いますし、休みは休みでも、だらだらとひたすら休むのではなく、自分を向上させるために使うのであれば有意義なんじゃないかなと思うようになったんです。

久米田先生も『かくしごと』で、自分の経歴を否定するような、肯定するような、微妙な感じにしていますけど(笑)、やっぱり人間って、刻一刻と変わっていく生き物なんですよ。

僕自身も少しずつ変化はしていますし、去年取り上げていただいたドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』も今観たら、「そのときはそう思っていたけど、こいつの生き方はめんどくさいな」と思うぐらいですからね(笑)。「休みだって大切だよね〜」ぐらいの感覚のほうが、生き方としてラクだと…今はそう思うようにしています。
『かくしごと』では漫画家さんの生き様が描かれていますが、とくに驚いた場面はありましたか?
締め切りに追いつめられたときに、「よし、餃子を作ろう」と可久士たちが言い出したときは、「はぁ…」となりました(笑)。しかも餃子を作ったと思いきや、食べずに、「よし、そろそろ仕事をしよう」と言い出す(笑)。「餃子を作ってなかったらもっと早くできたじゃないですか」と言われても、「餃子を作ったから間に合ったんだろうが、ド素人が!」と言い返す、あのやりとり。

冷静に考えてもやっぱりどうかしているんですけど、心のどこかで「いいなぁ」と思う部分はあるんですよね。余裕がない状況で、さらに自分で自分を追いつめて、そこから仕事に向き合っていくというのは職業的にも納得できる部分があります。

僕も大量の台本を前に、「あしたはこれをすべて音にしなきゃいけないんだ…。まだ1ミリも目を通していないのに…」という状況で、とりあえず部屋を片付けて現実逃避をして、追いつめられてから本腰を入れたりもするので(笑)。
共感できる部分もあるわけですね。
「急がば回れ」ということわざもあるぐらいですし。まぁ、それをエンターテインメントとして描いた結果があの餃子ですし、さすがにあれはどうかしていると思いますけど(笑)。ほかにも共感できる場面はいっぱいありますし、みなさんにとってもそういうシーンがあるかもしれないので、ご自身の生き方と照らし合わせてみるとおもしろいかもしれません。

『かくしごと』は、事前に本編の映像チェックをしていたにもかかわらず、第1話の放送を、局を変えてリアルタイムで2回も観てしまいました(笑)。年齢を重ねたことで、トップクレジットに自分の名前がある作品も珍しくなってきましたし、やっぱり僕としても特別な作品なんですよ。

正直、『さよなら絶望先生』はアニメで最後まで放送できていないので、そこに悔いがないと言ったらウソになるのですが、『かくしごと』はテレビのオンエアと連載が同時に終わるということで素晴らしいなと…。(ここで編集さんが耳打ちをして)えっ、なに、ちょっと苦戦中!?(笑)ウソだろ……道理でアフレコ現場で歯切れが悪かったのか(笑)。
(笑)。
まぁ、スケジュールがどうなるかは久米田先生次第なんですけど、最後まで僕らがその役割を果たせるというのはうれしいです。

村野監督を始め、スタッフもみんなこの作品が大好きという気持ちを抱いて映像制作に関わっているのが伝わってきますし。もし、第1話をご覧になって、「なんかいい作品だな〜」とちょっとでも思ってくださる方がいたとしたら、それは間違っていません。アフレコもすべて終えて、ある意味で僕は役割を終えているわけですが、最終話までご覧になった方に「あぁ、いい作品だった」と思ってもらえる自信がこちらにはあります。

この『かくしごと』が神谷浩史の新しい代表作になったらいいなと、そんな願いも込めつつ、ひとりでも多くの方に楽しんでいただけたら幸いです。
神谷浩史(かみや・ひろし)
1975年1月28日生まれ。千葉県出身。A型。1994年に声優デビュー。主な出演作に『さよなら絶望先生』(糸色 望)、〈物語〉シリーズ(阿良々木 暦)、『黒子のバスケ』(赤司征十郎)、『進撃の巨人』(リヴァイ)、『おそ松さん』(チョロ松)、『クレヨンしんちゃん』(ぶりぶりざえもん)、『斉木楠雄のΨ難』(斉木楠雄)など。

    作品情報

    TVアニメ『かくしごと』
    TOKYO MX、サンテレビ、BS日テレ、AT-Xほかにて毎週木曜日に放送中!
    https://kakushigoto-anime.com/


    ©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

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    • 当選者発表日/5月11日(月)
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