「女の価値は、顔でしょ?」

恵まれたルックスで、男もお金も思い通り、モテまくりの人生を送ってきた優里・29歳。

玉の輿なんて楽勝。あとは、私が本気になるだけ。

そう思っていた。

だが、30歳を前に、モテ女の人生は徐々に予想外の方向に向かっていく…。

転職エージェントの勝俣からのアドバイスを得ながら、転職活動に励む優里。果たして、転職はうまくいくのか…?




−ふぅ、緊張するなぁ…。

濃いネイビーのスーツに身を包んだ優里は、姿見で全身を念入りにチェックしながら大きく深呼吸する。

今日は、書類審査を通過した一般社団法人の面接。

理事長の秘書という仕事や、組織の規模、丸の内という立地など、優里の希望に合致するため、志望度はかなり高い。どうにかして内定をもらいたいのが本音だ。

薄めの化粧を心がけ、髪の色もかなり暗いブラウンに染め直した。

今日は、ネイルもナチュラルなピンクに塗り直し、髪もひとつ結びにして、“地味な女”に徹する。

正直、こんな地味な女が面接官の記憶に残るのか不安だが、これらは勝俣のアドバイスによるものだ。

彼女によれば、優里が受ける一般社団法人の理事長は元メガバンクの会長で、組織も銀行出身者が多いらしい。銀行業界は、いまだに服装のガイドラインが厳しく、一目でわかるブランド品や“派手なもの”が大嫌い。

“地味”や“無難”という言葉は、優里の大嫌いな単語だが、勝俣からしつこく服装について念を押されたため、しぶしぶ従った。

−そろそろ行こうかしら。

優里は、就活生のようなローヒールパンプスを履き、面接へと向かった。


なんとか内定をもらいたい優里。しかし彼女を待ち受けていたのは…?


消化試合のような面接


オフィスに到着すると、恰幅の良いニコニコした女性が優里を待っていた。

「すぐに事務局の者を呼んできますから、こちらでお待ちください」

「ありがとうございます」

応接室へ通された優里は、何度も深呼吸をして緊張をほぐす。

−私なら、大丈夫。私はイイ女。私は最高。

優里は、窓ガラスに映った自分の姿を見ながら、呪文のように唱える。そうでもしないと、この空気感に耐えられそうになかった。最近は、かつての自信をすっかり失っていたからだ。

そのとき、ガチャリとドアが開いた。

「事務局の北村です。どうぞよろしく」

「同じく事務局の三谷です。よろしくお願いします」

渡された名刺によると、北村が事務局長で三谷が課長ということらしい。

二人ともピシッとした七三分けに、虫眼鏡のようなメガネをかけており、子どもの頃音楽室の肖像画で見たような顔をしている。

おじさまの心を掴むことだったら、得意中の得意。さきほどまで弱気になりかけていたが、優里の胸の内にはメラメラと自信がみなぎってきた。

-よし…。口説きモード、スイッチオン!

そしていよいよ、面接が始まった。

まずは北村から、組織の簡単な紹介があった。この一般社団法人は、金融や不動産OBを中心に、資産管理の教育普及を目的として立ち上げられた組織で、企業と個人の会員から成り立っているという。

また、今回の募集は、様々な活動をしている理事長の秘書とのことだ。彼らは淡々と説明をしているが、優里はとびきりの笑顔で、じっと目を見つめながら話を聞く。

一通り説明を終えると、課長の三谷が、優里への質問を開始する。さすがに何度も練習してきたおかげで、自己紹介や志望動機は落ち着いて話すことが出来た。

その間も、男を落とす時と同じように熱いビームを送るが、北村も三谷も顔色ひとつ変えずに聞いている。かろうじて瞬きしているが、蝋人形かと思うほど表情が動かないのだ。話し終わる度、二人とも「そうですか」を繰り返すだけ。

−私に全く、興味持ってくれてない…!?

優里の中に、次第に焦りが芽生える。

−これってもしかして…単なる消化試合なんじゃないの?

ネガティブな妄想が、ふと浮かんだ。

すでに秘書は決まっていて、前もって予定していた面接はとりあえず流している。そんな印象を受けるほどに、全く手応えがないのだ。

そのまま淡々と面接が進み、最後に北村から「結果は一週間以内にご連絡します」という説明を受けて終了したのだった。




面接を終えた優里は、すぐに家に帰る気にはなれず、当てもなく丸の内をフラフラと歩いた。

−たぶん、不合格だよね。また次の準備しなくちゃ…。

つい先日、他にも受けた2社からも不合格通知を貰ったばかりだ。なんとか自分を奮い立たせようとするが、どういう訳か涙が出てきてしまう。

これまで、優里のウルっとした大きな瞳で見つめられれば、大抵の男はイチコロだった。しかし面接の場では、そんなものは全く通用しない。

勝俣の厳しいアドバイスによって、今まで自分がどれほど人生を甘く見ていたかを思い知らされた。

それを機に心を入れ替え、自己分析や志望企業の研究、面接の準備などを念入りに行ってきたが、いざ実践の場に出向いて、ふたたび現実を突きつけられていた。

大したスキルも経験もない自分のような人間は、社会では全く評価されないのだ。

優里は、生まれて初めて人格を否定されたような気がして、かなり落ち込んでいた。


転職活動に絶望する優里。次第に疲れが見え始めていたが、まさかの連絡が…?


運を引き寄せる努力


面接から5日後。

「あと2社…!?信じられない!」

優里は、面接予定が残り2つしかないことに、思わず声を出してしまった。

経理グループは考えられない。しかし、残り2社で決まらなければ、転職活動は振り出しに戻る。下手したら、職を失うことになるだろう。

彼氏もいない今、さすがにこれはマズイと実感する。すると、ティファールがパチッと鳴ったのが聞こえた。

大好きな『フォートナム&メイソン』の紅茶を入れようとキッチンに歩き出した時、スマホが激しく鳴った。

時間は、19時。荷物でも届く予定があったかしら?と思いながら画面を見ると、そこには勝俣の名前が表示されている。

「もしも…」

「受かりましたよ!」

勝俣が、優里の言葉を遮って興奮気味に話し始めた。

「え…?」

「一般社団法人の秘書ですよ。さっき、私のところに合格連絡がきたんです。良かった、本当に良かった。おめでとうございます!詳細についてお話したいので、明日の夜にでもお会い出来ませんか?」

「え、何かの間違いじゃないですか? だってあの面接官たち、私の笑顔に、ニコリともしなかったですよ!?」

優里は、勝俣の勘違いだろうと想像する。

「相変わらず、能天気なこと言ってますね。まあいいです。では、明日の18時にお待ちしてますね」

それだけ言うと、勝俣は電話を一方的に切った。

その夜は、最近の不眠が嘘のように、ぐっすり熟睡することが出来たのだった。




翌日、転職エージェントを訪れると、勝俣が満面の笑みで待っていてくれた。

「改めて、おめでとうございます」

そうは言われても、優里はいまだに信じられずにいた。

「ほら、見てください」

勝俣が見せてくれた先方からの確認メールで、ようやく、事実らしいということが分かってきた。

「本当なの…!?信じられない!!!」

優里は、興奮のあまり叫んでしまった。

「落ち着いてください」

勝俣はそう言ってなだめ、雇用条件や給与規定などの説明を始める。

「最後に、何か聞いておきたいことはありますか」

「あの…。私の…何が評価されたんでしょうか」

優里は、恐る恐る口を開く。自分の何が評価されたのか、あの二人の仏頂面からは想像出来なかったからだ。

すると勝俣が、ニコリと微笑んだ。

「現実的なことを言えば、先方が、秘書の後任を出来るだけ早く探したいと、急いでいたこともあると思います」

ーなーんだ…。別に私じゃなくても、よかったんじゃない…。

自分の魅力云々というより、相手のニーズによるものという事実にガックリと肩を落とす。

「でも…。運が良かったと言ってしまえばそれまでですが、運を引き寄せたのは間違いなく…あなたの努力です。努力もせず転職したいと言っていた頃はどうなるかと思いましたが。よく頑張りましたね」

その言葉に、目頭がジンと熱くなった。

「オファーは受けるということでよろしいですね?」

「はい」

小さく頷くと、勝俣はにっこり微笑んだ。

「私がお手伝い出来るのはここまで。今後、先方と就業スタートの時期や細かいことは打ち合わせお願いします」

今日で勝俣に会えなくなると思うと、寂しさで胸がいっぱいになる。

「本当に…お世話になりました」

勝俣に見送られ、優里は新たな一歩を踏み出した。

内定連絡をもらってから、1週間後。優里は、挨拶も兼ねて新たな勤務先を訪れていた。

就業スタートの時期など、細かい内容の打ち合わせをするためだ。

すでに今の勤務先には退職の旨を伝えていたため、契約満了となる1ヶ月後には就業開始出来ると報告すると、ではその日からということになった。

相変わらず蝋人形のような北村と三谷だが、唯一の救いは、優里の面談の時に応対してくれたマルマルとした庶務のオバさん(しかも名前は丸山)が、感じよく接してくれることだ。

「今日は理事長・大野がおりますので挨拶をしていただければ」

理事長室に連れて行かれ、部屋に入った途端、度肝を抜かれた。そこにはおびただしい数の書類が散乱し、謎の置物、サボテン、さらにたくさんの図鑑が置かれている。

それは一言で言えば…究極の汚部屋だったのだ。

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汚部屋に住む大野は、部屋だけでなく性格も超絶ヤバいじいさんだった…。