一般的に無線通信と言えば、電波による通信を想像する人が多い。
私たちが毎日利用しているスマートフォンやフィーチャーフォンも、電波を使った無線通信技術によって支えられている。
しかし「光子無線通信」技術は、その電波を使わない通信。
なぜ敢えて今「光(光子)」なのか?
そこには、何があるのか?
凸版印刷 生活・産業事業本部 環境デザイン事業部
新事業営業本部 課長 富山徹氏(51歳)
「新事業を立ち上げようとしてやったのが“これ”なんです。」
光子無線通信で用いる送受信装置
凸版印刷 富山徹氏は、少し説明しづらそうに笑いながら、光子無線通信の通信装置を指さした。
「本事業の経緯は少々複雑です。そもそも光子無線技術を開発したのはクオンタムドライブというベンチャー企業です。しかし同社には、理論はあってもそれを実際に製品として開発し、実証実験を行う手段もありませんでした。
それを電気興業が通信機器として開発・製造し、さらにソリューションとして用途開発して他社へ製品として販売する手段を担ったのが凸版印刷です。
昨年のCEATECに出展したかったのですが、まだ製品ができていませんでした。
(クオンタムドライブと)出会って2年経ち、ようやく形になりました」
CEATEC JAPAN 2018に三社で出展された光子無線通信のブース
凸版印刷では、以前からさまざまなベンチャー企業の支援や協業を行っており、今回も同じ流れで協業することになったという。
●用途は未知数! 「補完の通信技術」富山徹氏は、協業開始当時の本音を吐露する。
「今までになかった技術なので、まず用途が分かりませんでした。
クオンタムドライブ(の開発者)が技術や理論を分かりやすく説明してくれましたが、実際にそれが動くのか検証するのが大変でした。
検証作業は人手も多くかかり、ここまで持ってくるのに時間と労力が必要でした」
光子無線通信は、動作検証すらままならない未知の技術。
これに凸版印刷が敢えてチャレンジした背景は、
・電波による通信では全ての用途をカバーできない
・電波を利用できない状況で光子無線通信が活かせるのではないか
と考えたからだという。
電波による無線通信は、一見万能に見える。
しかし実際には、一般の方があまり知らない、多くの制限や不便さといったデメリットもある。
・基地局のない場所(電波の届かない場所)では通信ができない
・通信設備の追加や延長には法的制限が多い
・電波が混雑している場所では通信が不安定になる
また有線(光回線)による通信でも、ケーブルの敷設および撤去コストが大きく、作業に時間がかかってしまう。
光子無線通信であれば、そうした電波通信や有線通信の弱点を補完できるのではないかと考えたという。
もちろん光子無線通信には、電波のような広域をカバーするような性能はない。
しかし電波通信とは違う便利さ、メリットが存在する。
・光さえ届く場所ならどこでも通信が可能
・電波の混雑(輻輳)の影響を受けない
・設備の設置コストが小さく設置作業が簡単
・法的制限が非常に少ない
例えば工事中のトンネル内では、
電波は届かず中継基地局やアンテナ設備を設置することもできない。
しかし光子無線通信なら、電源さえあればどこにでも「置く」だけで通信を確保できる。
また期間限定のイベント会場の場合、
多数の人が集中し、通信トラフィックが上昇して通信が行えなくなる「輻輳」が発生する。
そういった場所でも、
光子無線通信なら、影響を受けることなく安定した高速通信が行えるという。
限定イベントなどの会場では、有線や無線通信設備を設置するため、
大きな設置コストや、設置の許可が必要になることもある。
さらに実際の設置においては、
・ケーブルをどこへ収納するのか
・どのように来場客の邪魔にならない位置へ敷設するのか
など、工夫も必要となり、手間やコスト増を避けられない。
光子無線通信の展開例(プレスリリースより引用)
光子無線通信では、現在、
・通信距離は600m程度
・最大実験値では750Mbps
での通信が可能だ。
凸版印刷による実証実験では、
現在450Mbps程度の安定した通信が可能となっている。
また日中の屋外や多少の雨でも、光さえ届けば通信は可能だという。
これだけの通信速度があれば、高精細な4K映像の送受信にも十分耐えられる。
さらに実証実験では、過酷な豪雨などを想定した実験もしている。
30mmや50mmといった、かなりの雨量の中でのテストも行われた。
「最初は何をやったら必要十分なのか全く分かりませんでした」
富山徹氏は、手探りでの実証実験であったと苦笑する。
プールに実験機を沈め、水中での通信テストなども行われた。
実験機同士の距離が15m程度なら問題なく通信可能だったという。
●凸版印刷が、敢えて「無線通信技術に挑む」その理由凸版印刷と言えば、当然「紙」を媒体とした印刷技術に卓越した大手企業だ。
そんな企業が、なぜ無線通信技術に乗り出したのか?
「そもそも印刷物は情報を伝えるための媒体なので、新しい情報伝達の手段としての光子無線通信というのも“アリ”なのかなぁと」
富山徹氏は気さくに笑ったが、その表情はとても真剣だった。
「情報を伝える媒体」への思いは熱く、自然と説明の際の身振りも大きくなっていく。
「CEATECへの出展から問い合わせが一気に増えました。
このことから、光子無線通信へのニーズが高いことを確信しました。」
光子無線通信は、用途が未知数な技術でもある。
富山徹氏は、その点も隠すことなく語る。その姿勢に確かな自信を感じた。
現在の光子無線通信は、工事現場やイベント会場などで導入実績を積んでいる段階だが、
導入環境での評価は概ね好評だという。
「ゼネコンなどの反応が良かった」
「西武新宿駅前などは(混雑から)Wi-Fiが使えないので有効だった」
など、同社としても手応えを感じていた。
このほかの展開例としては、
・神社仏閣
・世界遺産
などがあるという。
こうした施設は国や地方自治体が管理していることも多く、いたずら対策に監視カメラを設置したくても、簡単にはケーブルなどを敷設できないため、適しているという。
また2020年の東京オリンピックに向け、人気や注目が高まっているパラスポーツ。
こちらも、
・床面へのケーブル敷設が難しいスポーツ施設
・人が密集し電波環境の厳しいスタジアム
などへの導入に適しているという。
まだまだ新しい用途が開拓できると考えているようだ。
富山徹氏は、光子無線通信の特徴とメリットを見極めつつ需要の創出へ意欲を見せる。
「(光子無線通信が)通信やインフラの一部になれば嬉しいが、
Wi-Fiや5Gの代替になるとは思っていません。
それらが使えない場所での補完になれば、と考えています」
光子無線通信は新たな無線技術の一端となるか
今後はクオンタムドライブ、電気興業との協力関係をさらに強化し、来年には通信速度を実測値でも1Gbpsとなるよう研究開発を進めるという。
通信機材についてもレンズが交換できる現在のものから、レンズ内蔵型で防水防塵に対応した製品の開発にも取り組む。
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凸版印刷、LEDで大容量無線通信 | 凸版印刷秋吉 健