きっかけは東芝の不適切会計会見
―物語は、三田電機産業による巨額の〈不適切会計〉の会見から始まります。東芝問題を想起させますね。
「企業が特殊な金融商品を使って不良債権を飛ばす(負債を隠す)小説の構想を練っていた時、東芝の不適切会計の会見があった。不適切の表現は甘く、粉飾決算にしか見えなかった。これが着想のきっかけになった」
―負債隠しの裏にいる〈古賀〉は怪しげな金融コンサルタントですが、私には悪人に見えませんでした。
「記者時代、こうした金融商品を売る人を取材して、悪人はいなかった。『突然の損失問題から顧客を助けたい』や、『ライバルより先に提案して稼ぎたい』という、普通のビジネスマンだった。当時は取り締まる法律もなかった。古賀は時代の流れで足を踏み外したが、根っからの悪人ではリアリティーがない」
―金融商品を買う側どうでしょうか。
「“善意の悪人”がいたと思う。日本企業は、経理や営業、生産など短期間で多くの部署を経験したゼネラリストが経営にあたる。好調時はいいが、問題が起きると事なかれ主義になりやすい。私なら、短期のポストで、巨額損失を計上しようとは言えない。また、バブル崩壊直後、株価下落は一時的なものと信じられていた。数年間隠せば、元通りになると思っても無理はない」
損失隠しは今もある?
―どうすれば、道を踏み外さなかったんでしょうか。
「日本は犠牲者がなければ動かない、変われない国だ。飲酒運転が社会問題化したのも、事故が起こってからだった。東芝問題を機に変わることは多いが、犠牲者が必要な構造は変わらない」
―小説では企業買収を使った損失隠しも示唆しています。実際の社会にも、まだ損失隠しは残っていると思いますか。
「当時の資料は手元にあり、どこが損失をきれいにしたか見ることもある。取材がもとだが、小説はフィクション。どこまで本当か、考えて読んでくれるとうれしい」
【略歴】あいば・ひでお 新潟県出身、元経済記者。食品偽装問題を題材にした『震える牛』などの社会派ミステリーで人気を集める。