
施設の母に会うために、兄と実家近くの駅で待ち合わせました。兄に会うのは5年ぶりくらいかな?
18才で地元茨城を出た兄はその後数えるほどしか実家に寄り付かず、実家のことはほとんど私がワンオペで担って来ました。現在は九州在住。義姉の出身県におります。
それでも昨年あたりからは、兄が突然母の施設を訪ねて来ることがあり、それでいて施設からほど近い実家を見もせずトンボ帰り。私は、私達夫婦で片付けた実家をどうしても兄貴に見せたいので
「これからは事前に連絡してください。一緒に施設に行きましょう。」とメール(兄はLINEはやりません)でやんわり抗議。
そしてこの度、何とか待ち合わせることができました。
夫の運転で早めに駅のロータリーまで行き、時間を見計らって私が改札まで迎えに。すると途中で兄とばったり。
「あ、どーも。」お互い、同じ挨拶。
(兄貴、老けましたね〜。)
そういう自分も、兄からそう思われてるでしょうけどね(苦笑)
相変わらず、おしゃれだね。服のセンスがいいのは、義姉のおかげ。66歳には見えないかもよ。
そして3人で母の施設へ。車内では互いの近況を手短に報告。兄夫婦には子どもがいないので、話題はウチの家族の話が中心でした。義姉も元気だと聞いて私も安心。良かった!
施設に着いて、いつものように面会室に通されました。母親を待つ間、兄が重そうなキャスターバッグをガバっと開いてお土産を次々出すのですが、義姉が選んで詰めたそうで「これが、お前ん家のだな。これがお袋か?」と何やら怪しい分別。
そのうち思い出したらしく
「これがお袋で、これがお前。こっちは電器屋さん家(実家の前に住む心強いお宅!)だ!」
しっかりしてよね、兄貴。
父親の葬儀の時に、私の勤務校の校長が「喪主の弟さんですね?」って兄貴に挨拶したのが今でも忘れられない。まあ、当時の兄貴は茶髪だったから、若く見えたかもしれんけど。
それにしても美味しそうなお土産ばかり!
兄は子どもの頃から料理男子。私はオムレツの作り方は兄に教わりました。義姉もカフェを開いていた料理の腕前。あの夫婦が美味しいと思っているものはいつも「当たり」です。義姉からのLINEには「我が家で食べてるインスタント食品だけど、食べてね。」
お義姉さん、ありがとうございます。
当分、九州グルメを堪能したいと思いま〜す。
(そして…愚兄を今後ともよろしくお願い申し上げます。)