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情報過多がもたらす困惑と無駄な使命、および全く役に立たない趣味の話。

街中で偶然になんだか変なものに遭遇すると、速やかに安全な距離を確保しつつ様子をウォッチングする癖があります。

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そして今朝、またも通勤途中の路上で「なんか、変」に遭遇しました。

駅からオフィスに向かう一本道の大通り、ふと顔を上げると目の前に50代半ば(推定)の女性が歩いていました。

彼女の装いが、なんか、変。

とはいえアイテムの一つ一つは、量販店で売られている普通の洋服です。

それなのに「なんか、変」センサーが発動してしまう理由はどこにあるのでしょう。

考えろ…考えるんだ…

 

答えはわりとすぐに判明しました。「色の過多」です。

水色とピンクの小花柄のブラウス…

鮮やかな山吹色のプリーツスカート…

肩にはモスグリーンのハンドメイド風トートバッグ…

足元は黒い靴下に、キャメルのスニーカー…

 

それぞれのアイテムの「色のトーン」がちぐはぐなのと、水色やピンク、山吹色、モスグリーンなど強い印象を放つ「主役級の色」ばかりを組み合わせていることで、彼女の全身から「情報過多」な雰囲気が放たれています。

この「情報過多」が周囲の人々の一部に困惑をもたらし、「なんか、変」な印象をもたらす原因となっているのでした。

 

「色彩の過多」に起因する違和感については過去記事もご参照ください▽

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街中で遭遇する「なんか、変」な事象は、100人に聞けば100人が「変」と答えるような「ものすごく、変」な状態とは異なります。そこはかとなく漂う、ちぐはぐ感。多くの人は気づかずに通り過ぎてしまうような小さな違和感。それこそが「なんか、変」の妙味です。

 

そして、「なんか、変」の解像度を上げて言葉という「形」を与え、批評の俎上に載せるのが私の趣味であり使命だと考えています。全く世の中の役に立たない趣味であり生き馬の目を抜く資本主義社会においては全く無駄ともいえる使命です。だけど無駄こそが愉しさの源泉だと思うから胸を張って無駄なことして生きるよ。

野に咲く花のように無駄のない配色で視覚ストレスを減らして心穏やかに過ごしたいわけ。

明日も愉快な人生を〜




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